第38章 『翡翠の園』と少女達の覚悟(1)
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〈軍立病院〉襲撃事件から、1週間が経過した。
警備兵も含め、大病院の広大なロビーの入口前は、当院スタッフから診察希望者、その関係者__
様々な人々が、慌ただしく広間を行き交っている。
そんな光景をすれ違い様に眺めながら__
少女リリーナ=フェルメールは、緋色のキャリーケースを右手に、中央玄関を目指して歩いていた。
退院を迎えた彼女は、久々に纏う銀色の学生用ブレザーで颯爽と歩き、上着のベントが優雅に靡く。
乱戦で負った傷は完治し、歩く感覚も体調も全て、普段通りのそれを取り戻したのだった。
しかし、身体の調子は戻ったが__
彼女の脳内には、未だ自身で納得できていない事柄が、こびりついて放れなかった。
それは、退院間近に起こた、自身の《覚醒瞳》についての不具合を相談した際のこと__
主治医エヴァンズ=ヴァスティーユより、検査結果は先日告げられていたが、リリーナはそれに対する不服と、一層の危機感を抱いていた。
【特定の《ギルソード》が見えないと言ったねぇ。
故に、もう一度脳の装置や《覚醒瞳》の性能検査を慎重に重ねた結果だが……!
__何も異常は無かったよ。
君の身体や《能力》の作動状況は、全て正常。
技術者として調べられるのは、これで精一杯だ!
君が抱く違和感の原因は、もう敵側にしかない。
君の《覚醒瞳》による位置解析を危険視して、掻い潜る策を連中が講じてきたんだろう!
気をつけないとねぇ。僕も軍の役人である故に、総本部の上層には報告と連携を取っておくよ__! 】
__そんなエヴァンズの言葉が、彼女の脳内で繰り返されては、焦りと不安が増大するばかりだった。
(どうしよう……! どうして連中に宿ってる《ギルソード》、なんで急に見えなくなったの……!?
私の脳や《瞳》の能力に故障はないと分かっても、そんなのは問題じゃない……!
アイツ等の足取りを追う唯一の手段が失われた!
狙われてるシェリー達を危険から守る、大切な手段だったのに! 今奇襲なんてされたら!?
この街は? みんなは……!? どうすれば……!?)
__そんなことを悶々と考えていると、聞き慣れた相棒の、男子の声が目の前から聞こえた。
「お〜いリリーナぁ? 退院早々どうしたよ? そんな暗い顔して黙って歩いてきて……!?」
「………ふぇ!?」
__つい放心して歩き続けてしまったようだ。
気がつけば、目の前には自身の親友にして相棒の少年、ユウキ=アラストルの姿があった。
目の前で、ずっと声をかけてくれていたようだ。
驚いた衝動で、思わず変な声が出てしまう__
「あっ、いや……ごめん……ちょっと考え事してて……」
恥ずかしく顔を赤らめたリリーナは、つい強がって、隠すように平然な素振りをして見せる。
だが、咄嗟に彼女はその行動に後悔を感じた。
悩みではなく、本来これは即刻共有すべき事項。
しかし、彼女はユウキに心労を掛けまいと、事態に対する責任と使命感から口火を切る機会を先延ばして、はぐらかしてしまった。
いや、この危機は伝えるべきである。
一呼吸をして、彼女は口を開こうとしたが__
その心情は、ユウキにばれたようだ。
彼は左手の人差し指で、肉質が薄いリリーナの頬をグリグリと突っついた。
「何がちょっと考え事だよ! お前の悩みはエヴァンズ先生から一通り聞いてるぞ!?
あのクソッタレ武装集団を《覚醒瞳》で追跡できなくなったんだろ!?
そんだけの事だろうが! 悩む必要性はねぇよ!
っとに! 独りで全部抱え込みやがって……!
お前……少しは人に甘えるってことを覚えろ!
『付き添いの2人』も、同じ事思ってるぜ!? ほら試しに聞いてやんなよ!?」」
「痛っ! いへへっ……え? 他に2人……!?」
咄嗟にリリーナが疑問に思うや否や__
その『付き添い』の者は即座に現れては、背後から体当り際に抱きついた。
驚いて振り向けば、橙色のショートヘアに同じ銀色のブレザー服を羽織った少女。
同学年の友人、ヴィクトリア=スレイヤーの姿__
「リリーナぁ……!? 何を勝手に私達の知らないところで、また傷ついて入院長引かせてんのよォ……!?
ずっとストレスで気が狂いそうだったのよォ!
アンタが死にかけてたあのテロ事件以来ィ……!
重体で危篤常態だったアンタが……いつ心臓止まってもおかしくないって……! 私達はずっと祈ってばかりで、生きた心地しなかったんだからねぇ……!?」
そう訴えかけたヴィクトリアの目は、赤く腫れ上がって、大粒の涙が溢れ落ちている。
それを見たリリーナが真っ先に感じたのは、やはり心労をかけたという罪悪感だった。
「あっ……うん、本当に……ごめん。私……!」
慌てて謝罪の意を頭で考えるも、もう1人の同級生が左隣から唐突に現れて、その肩に右手を置く。
「……まず、退院おめでとう。とりあえずリリーナ?
言いたい事は山程あるけど、まず貴女は私達の監視下には、絶対に置かれるべきだと分かったわ__!」
「えっ? あぁ……ルフィール……!」
近距離から囁かれる低く暗い声、確実にお冠だと推測できるそれが、リリーナの肌に妙な緊張と与えた。
彼女の右隣に身体を寄せていたのは、同じく同僚のルフィール=フロンティア__
他の生徒より背は低く、肌が陶磁器のように白いが、黒い長髪と制服が目立つ特徴的な少女だ。
「……経緯は聞いてるから安心して? 全部把握したうえで、アンタと密着行動してあげる。
だから、もう部隊行動ありきで考えなさいな。
負担の負い過ぎは禁物!
私達はリリーナの手足になってあげるから、今まで頑張ってた分、遠慮なく甘えろってことよ!」
「そう! やる事は知ってる! まず第一目的は新しく会った友達と福祉支援施設『翡翠の園』の守護!
それと、あのクソ逃げ切ってる武装組織《革新の激戦地》の完全撃破! でしょ?
やってやろうじゃないの! 何なら私達が殲滅させて、アンタの仕事を奪ってやってもいいからね!
ほら! 決まったらさっさと福祉施設に行くわよ!」
眉間に皺が寄ったヴィクトリアがそう言い放つと、
ルフィールと一緒にリリーナの腕を引っ張り出しては、さっさと中央玄関へと駆け出していく。
「あぁ、ちょっ!? ねぇ分かったからっ! 言う事聞くからぁ……! 無理に引っ張らないでぇぇ〜!」
__世話焼きの仲間2人に連れられて、
恥ずかしさに顔を赤らめた困り顔で、彼女等とロビーへと小走りするリリーナ。
そんな彼女の後ろ姿を遠目に眺めながら、ユウキはかつて親しかった親友達を思う__
( __なぁ、天の上から見てるか? いつかの兄弟!
地下の隅で泣いていたリリーナは、今は自分のことを大切に思ってくれる、良い仲間達に出会えたよ!
エルシオ__! リステリア__!
俺達は大丈夫だから、もう心配すんなって__!)
共に手を取り合い、少し楽しげな3人の少女達__
その光景を見守っていたユウキは、心から安堵するように、ひっそりと微笑を浮かべていた。
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大病院のロビーを出るや否や、周辺の通りやロータリーは想像以上の緊迫感に包まれていた。
一帯は厳重なテロ警戒態勢が敷かれて、警察の緊急車両や特殊部隊の護送車、また武装車両が隊列をなして、あらゆる大通りやビル街の裏道を封鎖している。
「もう戦場の光景だよね。病院の目の前なのに、どうしてこんな……!」
重要な医療機関の目の前とは到底思いたくない、場違いにも程があるその光景__
それを目の当たりにしたリリーナは、この上ないやりきれなさに唇を噛み締める。
「ホントに! あの病院襲撃から1週間は経ったけど、随分とこの辺の風景も変わっちゃったわよね〜!
主犯の連中は行方知れず、厄介な事に下っ端チンピラの武装蜂起が頻発するし!
まだ一般市民は周辺に住んでたり、仕事やお店の営業もやってるけど、機動隊との乱戦がもう日常__!
最早ここ一帯、軍の警戒が集中する危険地帯よ!」
「それに、現時点で検挙してる襲撃犯達は、既存の機関銃や一般武装の奴等だったけど__!
もう敵側にも、私達と同じ《ギルソード使い》は存在する。襲ってくるのは時間の問題!
今は上層部も会議室でパニック常態かしらねぇ?
不穏分子やテロ集団と相手にして、敵側に《ギルソード使い》が現れる事態は、今までなかったでしょうに__!」
ヴィクトリアとルフィールが、リリーナの両腕を優しく掴みながら、その風景を横目に歩いていると__
聞き馴染みのある男子の声が、右横から聞こえる。
「奴等が現れるのも時間の問題だな! 今はこちらの様子を伺ってるのか__!
末端の雑魚兵隊しか襲撃して来ないが、ただの捨て駒だ。
奴等の背後には、必ずあの組織〈革新の激戦地〉の連中が必ず潜んでいる__!」
「あれ、キルト? ユウキ達と一緒に来ていたの?」
リリーナ達が横を向いた先には__
あの高貴な風格を持つ生徒会長兼理事長の男子生徒、キルト=グランヴェストの姿があった。
首筋まで伸ばしたやや長髪かつ癖のある髪、細く鋭い瞳は、爽やかな若緑の色彩。
格好は黄色いブレザー、純白のワイシャツ、黒のズボンと革靴を纒った格好を纏ったそれ。
「まぁ、距離が近いからな。それに俺達全員、お前の退院を正直を待ち侘びていたぞ!
あの福祉施設【翡翠の園】の治安の現状、それを早急に伝えたかったからな__!」
「……施設の治安の現状? シェリー達は無事なの!?
現状って! 一体どうなって……!!? 」
早々に焦りを早めるリリーナに対し、ユウキが彼女の背後から駆け寄って、その頭をそっと撫でた。
「落ち着けってリリーナ! 護衛には仲間達がいる!
誰もお前独りで施設を守れなんて言ってねぇだろ?
全員で対策整えてるから、焦ることはねぇよ!」
ユウキはそう言って、頭を撫でながら、それとは反対の手で、ビル街に囲われる大通りの方を指差した。
「……っ!?」
彼の指差す方をリリーナが見やると、そこには軍の囚人用護送車がずらりと順列駐車されていた。
まさに今、手錠を掛けられ、胴体を縄で芋蔓式に繋げられた15〜20人の襲撃犯らしき集団が、一斉に捕縛され、拘置所に連行されようとしている__
「……………!」
そんな光景と共に、ユウキに撫でられる安心感と重なって、リリーナは冷静さを取り戻す。
「なっ! 大丈夫だよ。お前が独りで悩まなくたって、世の中上手いこと回るんだよ。きっと!
お前は退院したばっかなんだ。無理しねぇで……」
ユウキがそう言って、リリーナを撫でる手を頭から放した、その刹那__
【バシュッ__!!!】
__と、ユウキ達の頭上を高熱の閃光が通過する。
瞬く間にそれ背後に停止するパトロール車両を直撃し、暴風轟音を散らして爆炎の火花を咲かす__
ユウキ達は即座に身を屈ませ、飛来物から身を守りつつ、周囲を警戒する。
「ぎゃっ!? また新手の軍団!? つーか今の攻撃!
あれ《ビーム》よねぇ__!!
もう現れちゃったわけ!? 《アレ》を使う敵!!」
「そうね! 戦術もクソもない闇雲強襲だけど、あれを見ちゃったら、他に説明がつかないわね!?
武装警備隊じゃ無理よ!私達の仕事ってことね!」
「お前達、無駄口叩いてる場合か!? 行くぞ!!」
屈んで頭を抱えながら、ヴィクトリアとルフィールは漏れた本音を語り、注意を促すキルトだったが__
その間に、警備隊は次なる大勢と整えるべく動き出し、拡声器で指示を出し合っている。
「《ギルソード》による砲撃を受けている! 通常武装の兵は退避ぃ!! 我々では相手が悪い!
警備隊は護送車を守備っ!!
他は《ギルソード使い》の援護に回れぇェ!!」
その号令に応えるように、即刻に戦闘準備を整えたのは、ユウキとリリーナの2人だった。
己の身体に宿る化学兵器、《ギルソード》の原子形態とも言える《ナノマシン》__
それを《粒子体覇気》と化して体外に放出させて、ユウキは赤紫の光に、リリーナは紅色の光に包まれる。
リリーナの変化に至っては、眼球が通常の形状ではなく、紅色の虹彩、白く楕円に尖った眼孔__
その瞳は《粒子器発動の覚醒瞳》へと変化を遂げていた。
「何だよ? やる気に満ちてるのかァ? リリーナ__!
今は無理すんなって! 俺が全員瞬殺してやる!!」
「いいって気遣いは! 私がずっと休んでた間、みんなが頑張ってくれてたんでしょ?
その分私が戦って、恩返しをするだけだよ!
それに、病み上がりでどこまで持ち堪えられるか、自分のデータだって欲しいからね!」
覚悟が決まり、思考を闘争本能で固めた2人は、そのまま冷静沈着に、その目で一体の索敵を開始する。
◇◇◇
一方、周辺の警備隊からは死角となる、病院から真向かいの雑居ビル18階の空室フロアでは__
「こちら強襲A班、《ビーム砲》の試験射撃を実施!
軍用車両を一撃で破壊! カルヴァンの言う通り、この《簡易ギルソード》の性能は本物だ!」
漆黒の武装服を纏った覆面の狙撃兵が、窓の影からインカムを通して報告を告げる。
同フロアには、男の仲間達が6〜7人と固まっているが、他の近辺にも彼等は数十人と潜んでいるようで、一斉攻撃を仕掛ける算段である。
『ほう、では《革新の激戦地》と名乗るあのテロ集団は、まだ信用して良いと見た!
客員! まずは戦線で強襲を仕掛ける!!
戦いに勝とうとするな!?
我々はあくまで特攻部隊! 戦力を削ぐのが役目だ!
我が偉大なる聖地創世の実現のため、奴等の戦力に少しでも多く被害を拡大させよ!!』
「了解! では強襲A班! これより攻撃を続行する!」
『了解! 同時に現待機中の計7班を突撃させろ! 我等が理想郷の創設のために! 玉砕を誇りに思え!!』
厄災の合図が告げられた__
号令と共に、病院や福祉施設周辺に潜伏する『新たな武装集団』達は、一斉に大通りへと突撃する。
それも、一か所からだけではない。
下水道地下のマンホールから__
廃ビル群の路地裏から__
またそれ等の上階空室や屋上から__
大通りを中心に配置される軍の包囲網、それを掻い潜った歴戦の猛者達が、一斉に陣営へと躍り出た。
通常の武装ではない__
恐ろしく奇妙な形状と造形、奇怪な発光現象を放つ武具、それ等を手に宿して、その集団は突撃する。
若者達を討ち取り、蹂躙するために__