第1章 人体兵器と闇黒の歴史(1)
《登場人物紹介》
・ユウキ=アラストル(16歳)……シチリアに降り立った謎の少年、身体には科学破壊兵器、《ギルソード》を宿している。
・通信相手(?歳)……現在のところは情報が無い。通信のやり取りは隠密に行われている。
・シチリアマフィア……シチリアに蔓延る闇社会の住人。当作の時代では、シチリア島のマフィアは強大な勢力を持つ。
南イタリア沿岸の天候は、清々しいほどの快晴だ__
暖かな海風は、地中海の水面を撫でるように吹き流れ、カモメの奏でる心地よい音色と共に、海上の豪華クルージング客船を優しく包み込む。
「どうだよキルト! 地中海のオーシャンブルーは最っ高に良い眺めだぜ!
空気が美味いし、遠くの島々が美しく見えてる。ホントに俺だけこんなバカンス楽しんでいいのかよ?」
少年、ユウキ=アラストルは、客船の展望デッキでパラソルとデッキチェアを広げ、優雅に涼んでいた。
『オイ! ふざけるなよユウキ! 誰の金でご立派な気分転換を堪能できてると思っている!?
それにお前の使命、分かってるだろうな!? なんとしてでも任務を遂行しろ!!』
隣のテーブルに置かれたノートパソコンのモニターからは、憤慨した怒声が騒いでいる。
低くも高圧的なその声は、半径3m内には間違えなく響く音量である。
その影響で周囲は、人を寄せ付けなかった。
「あァ!? っだぁーもう! お前頭硬ぇんだよ! そりゃ遊びに来たわけじゃねえのは重々承知だ。
だが目的地はまだ先だし、鋭気養わせろよ。ブラック企業の上司かお前はァ!?」
ユウキはパインジュースの入ったグラスを左手に持ちながら、そのモニターに向かって文句を浴びせる。
『そう言ってるが、もう後1時間半でシチリア島に着くぞ? 優雅な観光気分は終わりだ。早く支度しろ!』
「チッ!分かったよ! 分かったから時間ギリギリまで楽しませてくれよ! 頼むからよォ!」
『黙れ! 黙って観光グッズをさっさと仕舞え!』
モニター先の会話相手はなんて冷酷だ……と思わんばかりに舌打ちして、ユウキはビーチパラソルとデッキチェアを嫌々畳み始める。
片付けを強制される中、PCモニターからは、彼に諸注意を促す声が聞こえる。
『ユウキ、上陸の前に1つ言っておくぞ!? 都会に潜むマフィアだけには……くれぐれも気を付けろ!』
「マフィア……? そりゃそうだろ! 旅行の時でさえ言われてるからな。
アイツ等には気を付けろとか、怒らすなとか、目を合わせるなとか、古今東西の常識だろ?」
『古今東西……と言うか、今の時代では『得に』だよ!
今のシチリアマフィアは、恐怖凶悪度が世界上位の怖ろしい闇の集団だ!
その上、奴等はあの地方一帯の閣僚みたいな地位でな……! 勢力も権力も前時代とは次元が違う。
下手したら関わった国が転覆する! 過去にその事例があるらしい……!』
「やれやれ、暴力貴族が爆誕したワケだ!
だが、そんな奴等に俺達は、今世紀最大の喧嘩を吹っ掛けに行くんだよなァ!
目的は、ある品の『密輸』阻止だろ?」
ユウキは、身に纏った黄色のブレザーと黒いズボンを見て確かめ、全体的に服装を整えながら、自信ありげに笑って言った。
『あァ、そして事は最小限に片付けたいものだ。
そもそも連中に【アレ】が渡ったこと事態が大問題だからな、迅速かつ隠密に黒幕から取り返せ!』
「怖い仕事だよなオイ。けど任せなって! お望み通り、さっさと任務を完了させてやるよ♪
しかし、めんどくせーっての! 本来の敵は、そんなマフィアの影に隠れて悪さしてる〈国際テロ組織〉だってのになァ……!」
ユウキはそう言いながら、トランクから手鏡を取り出し、自分の顔をまじまじと見つめる。
「しっかし俺の髪の毛、これ目立っちまうかなぁ……?」
『なんだ、髪色のことか?』
「あぁ、あと瞳の色もな……!」
ユウキの外見は、周囲の人間とは違う特徴がある。
赤紫に染まった髪色と眼球の瞳__
目の前に広がる地中海の鮮やかな色彩とは対照的に、まるで猛毒や病魔に犯されたような、禍々しい輝きを放つそれ。
髪染め液やカラーコンタクト使用しているのかと、よく誤解されるのだが、実際は湯で洗ったり他の塗料液を使って上染めしても、毒々しい紫の色素は全く隠れることはない。
まるでそれ等を弾くように、僅か2日程で塗料は落としてしまうのだ。
『いい加減諦めろ。どうせ何をやっても変わらんぞ。お前の髪と瞳は、呪いみたいなものだな……!』
「……目立つだろ? いざ騒ぎになってこのチャームポイントが目印になったらヤバいじゃねぇか。
それに一応言っておくがな、これは病気なんだよ! 細胞の異常でこんな色してんだからな!」
ユウキは不機嫌そうに、手鏡をトランクにしまう。
すると彼は、ここで何かを待っていたかのように、今度は咄嗟に小型の双眼鏡を取り出し、展望デッキのフェンスにもたれかかって、それを即座に覗いた。
「そろそろ、『あれ』が見られる地点だな……!」
『なんだ、またバカンスの実況か? いい加減仕事でここまで来たことを自覚しろよ!』
「そうじゃねぇよ! まぁそれもあるんだけどよ!
……もうすぐ見られるのさ。
今の地中海の“地獄の一面”ってヤツがな!」
ユウキはそう言って、双眼鏡から目をじっと凝らす。
やがて、客船がシチリア島沿岸50km地点に差し掛かってまもなくのこと、目当てのそれは間近で見ることができた。
__つい先程まで望めていた青一色が澄み渡る絶景は、目を覆いたくなるような地獄の光景へと、みるみる侵食されていく。
視界に映るのは、鉄錆と原油に染められた黒い海__
水面には戦闘艦や水中魚雷のような兵器の残骸、錆と苔にまみれた薬莢などが無数に散らばって、
さらには人間の遺骨や遺品までもが、それらと共に浮かび上がっている。
まるでかつての『楽園』のようなオーシャンブルーの絶景とは程遠い、まさに『死の海洋』と例えるのに相応しい光景が、そこに広がっていた。
「こりゃすげぇな! これが第三・四次世界対戦……
いや、【西暦の終焉】と呼ばれた、人類最後の大戦争の『永久の爪痕』ってヤツか……!」
『そうだな、かつて人類は世界経済の悪化や資源の枯渇から、互いに殺戮し合って……!
結果的に自らを絶滅手前の危機に追った……! そこに転がってる残骸こそ、『歴史の大罪』の象徴。嘘と思いたかったが、本当に資料通りの景観とはな……!』
「えげつねぇ話だぜ! 実物を見ると胸が締められる。
核兵器を暴走させて、ミサイルの雨で都市という都市を血の海に変わり果てて……!
さらに新手の細菌兵器とかも開発されて、その時すでに人類全体の7割が死に追いやられいた……!
そして迎えたのが【西暦の終焉】、世界の総人口が1割を切った、時代と文明の崩壊ってヤツだな……!」
双眼鏡を片手に見つめながら、しばらくの間、ユウキは海に浮かぶ地獄絵図に釘付けにされていた。
「……浮かんでるガラクタ全部が兵器の機材じゃね? 愚かな生き物だな、俺達人間って奴は……!」
『そいつは同感だ! 三度の世界対戦を繰り返しておきながら、人間は何1つとして学ばなかったからな……!
人同士が殺し合うだけ殺し合って、結果手に入れたものは薄っぺらな平和条約……!
それで数十年経って同じ境遇や亀裂が始まったら戦争の再開だ。当時の資料を拝見するだけでも頭が痛くなる……!
どの道、一度滅びる運命にはあったのさ……!』
「……だが正確な歴史を語るとさァ? そんな醜い戦争の世界を最終的に崩壊させたのは、ある軍事科学者が発明した"史上最強の兵器"ってヤツだよな……!
ほら……《Guilsword》って兵器だよ!」
『ユウキ!! その単語は国家機密だぞ!!』
「悪かったよ! どうせ誰も聞いてねぇけど……!」
ユウキは双眼鏡をブレザーのポケットに放り込む。
「つーか、万一に聞かれたとしても危害はねぇだろ?
その《例の物》が実際に何なのかも、一般人には分かんねーだろうし!」
『だから! 我が国特級の国家機密だ! さっきもそう言っただろ! いいか? 念には念だ! これは絶対だからな!!』
「ったく! 分かったよ! もう一時間足らずで着くみたいだし、通信切るぜ? ブラック上司さんよォ!」
ユウキがそう言ってノートパソコンを閉じようとしたその瞬間、【バンッ】という大きな音が下の甲板から響いた。
それが銃声であることは即座に判断がついた__
「あ? 何事だよ? シージャックにでも遭ったか?」
『ユウキ、念の為だ。そのまま通信は切るな! 繋いでおけ!』
「いや分かってるけど、段々と大事になってるぜ? これ……!」
甲板から響く銃声は二度・三度と鳴り止まず、客室からの悲鳴と共に、やがて客船全体を震撼させていく。
ユウキは通信の繋がったノートパソコンをテーブルに放置し、様子を把握するために甲板まで降りるべく、展望デッキから離れようとした。
だが、数十秒足らずでその試み失敗に終わった。
ロビーへと続く階段から、黒いスーツを纏った男達が、ベレッタ(イタリア製の拳銃)やシグ・ザウエル(ドイツ製の拳銃)・西洋式のマシンガン等を片手に、大人数でデッキへと押しかけて来る__
「コイツだなァ? 俺たちの殺す標的はァ?」
「間違いねぇ! 目と髪が赤紫のガキだぜ……!」
男達は早々に出会うなり、ユウキを目掛けてそれらの銃口を突きつける__
彼らの中には、上半身裸で刺青を露出する者や腕部などの古傷を目立たせる者が数人ほど見られる。
それ故に、彼らが政府の諜報機関や軍の暗躍部隊などではないということは確定的であった。
「何? 何すか? シージャックなら他の船でやって下さいよ!」
ユウキは拳銃を向けた男達を相手に、怖気ずく素振りなど見せずに食って掛かる。
すると、その中の一人である大柄の白人が、銃口をユウキの頭にねじ当ててこう答えた。
「シージャックじゃあねぇ! シチリアの支配階級マフィア様だクソガキ……!」
「マフィア? ……ってあのシチリア諸島の? 昔の映画でよく見る? あのマフィアさんっすか?」
ユウキは、恐れるどころか、真顔かつ茶化しながら男達を見続けて言う。
「舐めてんのかジャリぃ!? あァそうだ!
最近我々の神聖な貿易を邪魔するために、不届き物が嗅ぎ回っているガキがいるって聞いたんでねぇ!
だから俺達はブッ殺しに来たってわけさ。
悲しいよなァ? 裏社会に興味本位で足踏み入れたが最期、逝きつく先は皆こんな末路ってワケだ!」
白人の男やマフィアの連中は、まるでユウキを嘲笑うような表情で彼に迫った。
「……キルト? 一体どういう事よ? 何で俺が狙われてんの?」
『……恐らく俺達が行動する前に情報が漏れたな! 厄介な事だ全く……!』
「ハァお前!? 他人事みたく言うなよ!? 隠密行動しろって言われたんだろ!?
バレてんぞ? どう足掻いても無理だろ……!」
『そいつは諜報機関の失態か、裏で情報が盗まれたかのどっちかだろ! 今更俺が対処できることじゃねぇんだよ!!』
「あぁ出た! お役所仕事の管理者の如く、無駄に堂々と構えて責任逃れ……! だからお前ブラック社員とか鬼畜監督とか、学園のクラスメイトに好き勝手言われるんだよ!」
『お前帰ってきたら真っ先に会長室に来い……! お前との上下関係を関係を再教育してやる!!』
男に銃口を突き当てられ、その命が危険に晒されているにも関わらず、目の前の男達など眼中にない、とでも言わんばかりの態度で、ユウキはノートパソコンの通信相手と3分間揉め合っていた。
「いい加減にしろクソガキがァ!! ベラベラと勝手に話進めやがって! テメェが取り込んでるのはこっちだァ!!」
白人の男は激昂してベレッタを構え、ユウキの額を目掛けて数発の銃弾を炸裂させる__
しかし、それを放った先にユウキの姿は無い。男の目の前には、ただディスプレイを穴だらけにされたノートパソコンと、脚を折られたテーブルが散らかっているだけであった。
「い……ない……? どこだ………!?」
白人の男が我に返った時、ユウキはすでに彼の両腕を背中へねじ伏せて、身動き一つ取れない状態にさせていた。
「……やりやがったなアンタ! もうこうなりゃ最終手段だ! なぁキルト!?」
呆気にとられる男に対し、ユウキは邪悪な笑みを浮かべ、彼の肩間接を脱臼の音が聞こえるほどに絞っていく。
『おいユウキ! お前何する気だっ!?』
「何をするって……証拠隠滅に決まってんだろ……!? 隠密に行動しろなんて言ったのはお前なんだぜ!」
__刹那、ユウキはニヤリと、不気味な笑みを浮かべた。