表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
谷崎有華のフォト・フォルダ(Taken For A Fool)  作者: 枕木悠
第一章 サイダ・ナイト・ワルツ
8/42

第一章⑥

 ミドリは黒須からメールをもらったのだという。そのメールの内容を詳らかに紹介すると、『うまくやってくれているんでしょうね? 写真は撮れた? アンタの姿、どこにも見あたらないけれど、ちゃんとついてきてる? とにかく、今から錦景女子に行くわ、夜のマチソワで私たち、踊るから、そのときの写真だけは絶対に押さえてよね』というものだった。

「あばばばばばばばあっ、」そんな風にへんてこりんに動揺を表現しながら、ミドリはユウカの手を引っ張って錦景市駅地下街から地上へ出る階段を駆け上がった。「ああ、もう、大変、大変、大変だよぉ」

「ね、ねぇ、ミドリ、」ユウカは強い力で引っ張られ、転ばないようにするのが精一杯。「あの、私、よく話が飲み込めないんだけど、マチソワで踊るって、つまり、どういうことなの?」

「ああ、そっか、ユウちゃんはまだ知らないんだね、」ミドリは進行方向を向いたまま言う。「喫茶マチウソワレのこと」

「喫茶マチウソワレ?」ユウカは首を傾げる。「知らない、分からない、聞いたことない、喫茶って、喫茶店のこと? お姉ちゃんからも聞いたことないなぁ」

「え、ユウちゃん、」ミドリはくるっと小鳥みたいに振り返った。「お姉ちゃんいるの?」

「え、何、その反応?」

「あっ、」ミドリは甲高い声を出す。「バスが出ちゃうよ!」

 ミドリに引っ張られて、ユウカもロータリーを走った。間一髪、というところで錦景女子に向かうバスに乗り込むことが出来た。バスは混んでいたから、吊革に掴まりながら、ユウカはミドリから喫茶マチウソワレについて聞いた。喫茶マチウソワレ。それは料理部が運営する錦景女子たちのための喫茶店のことだった。北校舎の四階、古い時代第二家庭科室と第二視聴覚室だった場所が今では、喫茶マチウソワレという喫茶店になっているのだという。マチソワの営業時間は放課後で、行き場のない錦景女子たちの溜まり場なのだという。そして土曜日の夜にはダンス・パーティが開かれるのだという。素敵だと思った。そんな素敵な場所が学校の中にあるなんて、ミドリは錦景女子になれてよかったって心から思ったりする。

 錦景女子に近づくにつれ車内は空いた。二人掛けの席にユウカとミドリは座った。そのタイミングでミドリが釈然としないという風に言った。「どうしてマンハッタンじゃなかったんだろう、それじゃあ、なんの映画を見たんだろう? わざと外したのか?」

「何をブツブツ言ってるの?」ユウカは些細なことに拘るミドリのことがおかしかった。「もしかしたら邦画で、ファンタジィの『ヴェルヴェット・ギャラクシィ・ブランケット』を見たのかもしれないよ」

「えー、ないよ、それは絶対ないよ、」ミドリは細かく首を横に振った。「ああいうの、会長、大っ嫌いだもん」

 しばらくしてバスは錦景女子高校前で停まった。二人はバスから降りて、南の正門を通って敷地内に入る。門に近い位置に立てられた詰め所の中にいる女性の警備員は机に突っ伏して居眠りをしていた。校舎の三階の高さの時計を見れば、錦景女子は午後五時。

「慌てて追いかけてきたけれど、考えてみれば、まだ早かったなぁ、」ミドリは自分の柔らかい髪の毛を触りながらユウカを見た。「宴は夜の七時からなんだよね、どうする?」

「どうするって、そうだ、」ユウカは笑顔をミドリに向ける。「ミドリの写真を撮りたい」

「……なぜ?」

「なぜって、なぜ、なんて、ミドリは私に写真を撮る、この行為の理由を聞くの?」ユウカは声色を変えてレンズ越しにミドリを見る。「理由なんていらないわ、情熱だけあればいいのよ、景色を切り取るこの作業に、合理的な説明なんて必要ない、非合理的な感情の発露こそ、」

「部室に行こう」ミドリはユウカから逃げるように、煉瓦道を先に歩き始めた。

「ああ、もぉ、」ユウカの声は早くも普通に戻る。「待ってよぉ」

 ミドリとユウカは写真部の部室に向かった。

 部室の扉の鍵は開いていた。ミドリはノブを回してからユウカを見る。「あれ、なんで?」

「ちゃんと戸締りしなきゃ駄目だよ、ミドリ」

「あれ、おっかしいなぁ?」ミドリは首を捻りながら扉を開けた。

 すると、いい匂いが薫った。

 紅茶の匂い。

「おおっ!」ミドリはオーバにのけぞった。「代理!?」

「代理?」

 写真部の部室に、ユウカの知らない女の子がいた。彼女はキャスタ付きの椅子に座って、どことなく優雅に薄い文庫本を読みながら、どことなく優雅に紅茶をすすっていた。「ああ、やっと来た、ミドリ、」彼女はどことなく優雅にウインクをする。「遅いぞっ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ