第一章④
土曜日の午後一時だから地下街に人は多かった。朱澄を先頭に、二人は人混みを上手く避けながら早足で地下街のメインストリートを改札から離れる方向へ進んでいく。ユウカとミドリは彼女たちの姿を見失わないようにするだけで精一杯だった。
メインストリートから地下の円形広場に出る。ここで六つの方向からの道が交差している。高い位置のガラス張りの天井からは太陽の光が注ぎ、空気が少しだけ温かい。円形広場の中心には女神の銅像が立つ。その横に黒須と朱澄は立ち止まり、何やら言葉を交わしている。黒須が西の方向を指さした。二人は二番ストリートに進んだ。
「どこに行くんだろう?」ユウカはミドリに聞く。
「計画性のない人だからなぁ、」ミドリはニコニコしている。「今、多分、必死で考えると思うなぁ」
ユウカとミドリも二番ストリートに進んだ。人の数が三割減った。二番ストリートの左右にはパステルカラーの量が多い店が並ぶ。ネイルサロン、ベイビィドールショップ、それから油取り紙屋さん。油取り紙屋さんの前で、黒須と朱澄は一度立ち止まった。店に入るつもりではなさそうだ。ユウカたちも立ち止まり、通路脇の柱に体を隠し、黒須たちの様子を窺う。何やら言葉を数回交わした後、なぜか二人は手を繋いで歩き始めた。
ユウカとミドリは顔を見合わせる。
ユウカは二人の背中のツーショットを一枚撮った。
「さすが、会長だね、」ユウカは笑顔で言う。「やることが早いっていうか」
「うーん、」ミドリは笑いながら唸る。「いや、何かの間違いだと思う」
「間違いって?」
「会長、そんなに素直な人じゃないから、だから」
「早く追わなきゃ、」二人の姿が人混みに紛れたから、慌ててユウカは歩き出す。「ああ、でも、この調子じゃ、正面からのツーショットって難しいな」
しばらく進み、二人は二番ストリートのドトール・コーヒーの先を右に折れた。その通路は飲食店やセレクト・ショップが入ったビルに繋がっていて、確か映画館もあったはずだ。通路の脇には映画のポスタが並んでいて、黒須と朱澄はポスタの前に立っている。これから映画を見るのだろうか。何やら話し合っている。
ユウカとミドリは自動ドア越しに、二人の様子を窺っていた。ユウカはカメラを構えていたが、土曜日だからカップルとかファミリィとか、映画のポスタの前を歩く人が多くて、なかなか二人だけの絵にならない。なったとしても一瞬で、そこを捉えるのは難しかった。なんだか、ちょっぴりいい雰囲気になっているなって感じるのに。「ああ、もうっ」
苛立ちが言葉に出てしまう。
「……あ、私、見たい映画があったんだ、」ミドリが急に言い出した。「ねぇ、ユウちゃん、せっかくだし、一緒に見ない?」
「え、でも、映画なんて見たら、あの二人、見失っちゃう」
「大丈夫、大丈夫、」ミドリはスマホを弄りながら言う。画面を見る。上映スケジュールを確認しているみたいだ。「あの二人が見る映画が終わる時間よりも早く出て、出口で待っていればいいんだって」
「何を見るか、知っているの?」ユウカは聞きながら視線を二人の方に戻す。声が出る。「あ、いない」
「え?」ミドリは慌てて言う。「あ、嘘、あ、ホントだ、いない、しまったぁ」
「もう、ミドリのせいだよっ」
ユウカは慌ててポスタの前を歩き、ビルの中に入ろうとした。
「待って、ユウちゃん、」ミドリはユウカの手首をぎゅっと掴んだ。「私が、見たい映画ってコレなんだけど」
「……劇場版魔法少女テスコ、ザ・トライアル」ミドリはポスタを見上げた。
「うん、」ミドリはニコニコしている。「私、テスコ、大好きなんだ、」言って、少し不安げな表情でユウカの表情を覗き込む。「あれ? もしかして、ユウちゃん、アニメとか、見ない人?」
ユウカは全力で首を横に振ってピースサインを作った。「実は、もう、二回見てる」
「あ、じゃあ、今日見れば、」ミドリは手の平を合わせて微笑んだ。「特典のフィルムがもらえるねっ」
というわけでユウカとミドリは『劇場版魔法少女テスコ、ザ・トライアル』を一緒に見た。ミドリの見立てだと、黒須が見る映画は『ブージィ・クレイジィ・マンハッタン・ストーリィ』ということだった。マンハッタンの若者の群像劇。黒須は邦画が嫌いで、アニメもそんなに見ないし、ホラーも、ファンタジィも好きではないらしい。消去法だが、ミドリは絶対だと言う。『ブージィ・クレイジィ・マンハッタン・ストーリィ』は二時間半の大作。対してテスコは二時間。だからユウカは集中して映画を見ることが出来た。ユウカは既に二回見ていたが、同じシーンで泣いてしまった。テスコの台詞。『コレは私が天使になるためのトライアル!』と人差し指を画面に向ける所で、泣いてしまった。ミドリは終始前のめりで見ていた。二人とも買った一つのポップコーンに手をつけなかった。
さて、映画が終り、ラウンジのソファで黒須と朱澄がマンハッタンから帰ってくるのを待っていた。ミドリが購入したパンフレットを二人で見ながらテスコについて話していたら、時間はすぐに流れた。『ブージィ・クレイジィ・マンハッタン・ストーリィ』の上映が終了。スクリーンがあるフロアから、まばらに人が出てくる。その人数から、あまり人気がない映画だと言うことが分かる。ユウカはカメラを両手に持ち、構えていた。二人が歩いてくるところを見逃さないように、息を殺して待った。
しかし。
おかしい。
いくら待っても。
二人の姿が見えない。
出口は一つしかないのに。
変だ。
「ねぇ、もしかして、ミドリ、」ユウカはカメラを膝の上に降ろして言う。「二人が見た映画、違うんじゃない?」
そのとき。
ロックンロールが鳴った。
ミドリのスマホからだ。メールみたい。ミドリは確認して、ユウカの顔を見て、ニコニコした。つられてユウカも、ニコニコする。
「どうしたの?」ユウカはニコニコしながら聞く。なんとなく、予測というものが立っていた。
「てへっ、」ミドリは舌を出して、拳を頭にコツンとやって、可愛い子ぶった。テスコがよくやるポースだ。「間違えちゃったっ」
「ああ、やっぱり、」ユウカはニコニコしながらカメラの電源を切って、溜息を付く。「ああ、やっぱりそうだと思ったよぉ」
「とにかく、さ、行こうか」ミドリは真顔に戻って立ち上がった。
「え、どこに?」
「学校」