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谷崎有華のフォト・フォルダ(Taken For A Fool)  作者: 枕木悠
第一章 サイダ・ナイト・ワルツ
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第一章③

 ミドリのお願いというのは写真を撮ることだった。写真といっても、ミドリの写真じゃなくて、他の人の写真だった。ミドリが来るのを浮かれて待っている最中、浮かれに浮かれていたから気づかなかったんだけれど、トリケラトプスのフリルのせいで、事前にユウカが発見することは出来なかったんだけれど、ユウカと正反対の場所に、ユウカの服よりもずっとフリルの数が多くてピンク色の服を着た人がいたのだった。

 彼女を遠くから見ることが出来る位置に、ユウカとミドリは移動した。錦景市駅前の案内板の影に身を隠し、視線をトリケラトプスの方に向ける。

 その人、というのは生徒会長の黒須ウタコだった。入学式で黒須は壇上に上がり、立派な文言を述べていた。ユウカはそれを真面目に聞いていた。小さくて幼い顔立ちで、とっても可愛らしくて、写真に撮りたいな、ってずっと考えていたから、彼女のことはしっかり記憶にあった。

 ミドリのお願い、というのは黒須の写真を撮って欲しいということだった。正確には、黒須、その人だけではなくて、別の人とのツーショット。その人は今、ユウカたちの方に背中を向けて、黒須に向き合っている。土曜日の午後一時の錦景市駅南口なのに、彼女は錦景女子の制服を身に纏っていた。

 錦景市の午後一時の角度の太陽の光が、その人の髪の毛に反射して、赤い色を放つ。

 彼女の名前は朱澄エイコ。ユウカと同じく錦景女子の一年生。クラスは違う。彼女の名前まではまだ知らなかったけれど、ユウカは彼女のことを知っていた。入学式の終り、昇降口前の掲示板に貼られた写真部のビラを眺めていたら、彼女はいつの間にか隣に立っていて、ユウカと同じようにビラを眺めていた。彼女の視線の先には『生徒会の秘書、募集中!』という文句があって、ああ、この娘は生徒会に入ろうとしている特別な女の子なんだなって思って、ビラを眺めながらしばらく彼女の横顔を観察していた。綺麗な女の子。ああ、写真に撮りたい。そう思ったから、黒須同様、朱澄のこともユウカの記憶に鮮明だった。

 ……ああ、なんだ。

 古い自分の過去の行動を思い出せば、思い出すほど、自分は完全にアブの素質があったんだなって思う。いや、気付かなかっただけで、ずっとそうだったんだ。思えば、男の子にときめいたことは殆ど無い。好きになったとしても、その男の子の顔立ちは女性的だったりするから、もう産まれた時から完全に出来上がっていたのではないかって、ユウカは思う。

 よかったのかな?

 うん。

 高校生の早いうちに気づけてよかったと思う。おそらくそれがアイデンティティってやつだ。それにもし、ずっと気づかないままだったら、ユウカは知らず知らずのうちに六法全書が絡むような最低な思い出を作ることになったのかもしれない。それを含めても何もかも、ミドリの冗談混じりの短いキスには、感謝しなきゃって思う。

 そういえば。

 あのキスは。

 ただの冗談だったのかな?

 それとも……。

「あの、実はね、」ミドリは言う。「会長に、頼まれたの、ツーショット写真を撮るようにって」

「二人の関係って?」じっと、黒須と朱澄を見ながら、ユウカは聞く。なんだか、二人の雰囲気は妙だった。

「うーん、難しい質問」ミドリは腕を組んで、目を瞑り短く唸った。

「二人は付き合ってる?」

「おお、ストレートに言うなぁ、」ミドリはニコニコして、首を横に振る。「でも、まだみたい、二人の出会いは昨日の放課後で、とりあえず会長は土曜日に彼女をここに呼び出した、つまり、まだ始まってもいないみたい」

「もしかして、私たちは恋のキューピット?」

「は?」ミドリは訳が分からないという顔をした。「キューピット、なんで?」

「いや、写真を撮るだけじゃなくて、そういうこともするのかなって」

「いや、写真を撮るだけだから、頼まれているの、写真を撮ることだけだから」

「会長はどうしてミドリにそんなことを頼むの?」

「うーん、」ミドリは腕を組み直して、目を瞑り短く唸った。「腐れ縁ってやつ?」

「あ、幼馴染ってやつ?」

「そんな可愛いもんじゃないよ、」ミドリはなぜか不敵に微笑む。「腐れ縁だよ」

「ふーん、よく分かんないけど」

「とにかく、頼まれたんだ、思い出にって、昨日、私が写真部でもないのに、あそこにいたのは、写真が得意な女の子に出会う必要があったんだ、だから、いたの、昨日、私、写真部の部室に」

「え、でも、ミドリ、ビラも作っていたよね、それも会長に頼まれて」

「そうだけど」ミドリはユウカから視線を逸らす。歯切れが悪い。

「あ、」僅かに灯る嫉妬の炎。ユウカはミドリの顔を覗き込む。「本当は幼馴染なんでしょ?」

「どうしてそんなに幼馴染に拘る?」ミドリは可笑しそうに聞く。

「私、そういう娘、いないから、なんていうか、憧れるのかなぁ」

「ああ、」ミドリは首を捻って頷く。「そう、そうなんだ、へぇ」

「思い出かぁ、」ユウカはニッコリと微笑み、カメラの電源を入れて、バッテリの残量を確認した。問題ない。「いいね、思い出、このまたとない日の思い出を私は切り取るのにやぶさかではないよ」

「いいの?」ミドリは無邪気に微笑んだ。「土曜日の午後って女子高生にとっては一番大事な時間だと思うけど、いいの?」

「なんだか、楽しそうだし、……それに」

 ミドリも一緒だし。

「それに?」ミドリは首を傾けて聞く。

「ううん、」ユウカは首を横に振った。「なんでもない」

 まだ、そういう台詞を言うのは、時期尚早。

 言うのは主導権を完全に奪ってから。

「あ、動いた」ミドリが言う。

 二つのターゲットが動き始めた。

 二人は錦景市駅の地下街へ降りる階段に向かっている。 二人の後ろ姿をレンズ越しに見る。

 歩く二人の距離間は微妙。

 二人の人間関係はまだ、分かりやすい色がついていないみたいだ。

 色がつく前の二人。

 またとないこの時を。

 切り取ってやる。



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