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谷崎有華のフォト・フォルダ(Taken For A Fool)  作者: 枕木悠
第三章 スーパ・ムーン・ロックンロール
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第三章⑨

 来るは錦景女子、春の球宴、前夜祭。

 前夜祭の始まりは六時間目が終わる、午後四時。誰の号令も待たずに、それぞれが勝手に、前夜祭のムードに身を包む。

 カメラを持ったユウカはミドリと並んで南校舎の中を歩いていた。二人の上半身はセーラ服じゃなくて、Tシャツとジャージだった。Tシャツのデザインは至ってシンプル。胸元にミドリが著作権を保有する、愛らしい猫のキャラクタがプリントされているだけだ。Tシャツの色はそれぞれ違っていて、ユウカはピンク、ミドリはグリーンだった。こんな風に二人がセーラ服を来ていないのは、モチコトに頼まれたからだった。二人のセーラ服を貸してって。

「あ、ユウちゃん、」一年A組の前を歩いていると、クラスメイトの広瀬ヒロミから声を掛けられる。広瀬は船場ナオミコの腕を掴んでいた。仲良し二人組の登場。船場の表情は無理矢理廊下に連れてこられた、という感じだけど、不愉快ではない、という感じ。「写真、撮ってくれない?」

「もちろん、」ユウカは笑顔で頷き、ユニフォーム姿の二人を柱の前に立たせ、レンズで狙ってシャッタを切る。「はい、ちーずっ!」

 二人はクラスの選抜メンバだった。クラスの三十人のうちの十五人が選抜メンバとなり、ベンチに入り、春の球宴で野球をする。船場は運動神経がよく、四番でピッチャ。一方の広瀬は運動神経はユウカと同じくらい、つまり、何もないところで転んでしまうという、希有なバランス感覚の持ち主なのだが、ベンチの盛り上げ役として抜擢された。

「ありがとね、ユウちゃん、」広瀬は笑顔で言って、ユウカに向かって手を振った。「じゃあ、これから練習だから」

「頑張ってね」ユウカは言う。

「ありがと、」船場は言ってから、ユウカの耳元に口を近づけて囁く。「あとで、データ頂戴ね」

 船場はなぜか、広瀬とのツーショットのデータをいつも欲しがる。理由は全く検討がつかないんだけれども、いつもデータをコピーしてあげているので、今もユウカは船場に頷いた。「うん、もちろん」

 船場はクラスでは決して見せない表情を一瞬だけユウカに見せて、広瀬の後を追いかけていく。

 二人の後ろ姿も撮った。

 この何気ない、前夜祭でのまたとない思い出を世界から切り取った。

 神に祈りたくほどの崇高な作業。

 写真とは、そういうものだ。

 そういうことに、今日のユウカの放課後は費やされていた。

 あらゆる女の子のあらゆる一瞬を切り取っても構わない。

 そんな認可は生徒会長の黒須から降りていた。

 表向きは、錦景女子の未来に予告して思い出のために。

 裏向きは、黒須と朱澄のツーショットのために。

 そうなのだ。

 まだこの時間においても、ユウカは生徒会長の黒須と生徒会秘書の朱澄のツーショットをデータにすることに成功していない。

 それはユウカがSDカードを被服部のノートパソコンに挿したままにして忘れたとか、カメラのバッテリィが切れたとか、レンズの蓋を付けっぱなしにしていたとか、ユウカのドジっ娘加減に関することではなくて、ユウカは自分がドジっ娘であることは決して認めないがとにかく、ツーショットが成功していないのには、ユウカのドジっ娘さ加減は関係のないものだった。

 では、誰か?

 敵は黒須のすぐ近くにいた。

 全ての要因は生徒会長代理である雪車ヶ野ヨシノ。

 彼女はなぜか、どことなく優雅に、二人きりの写真を撮らせなかった。「あ、生徒会の写真を撮るのね、待って、髪を束ねるから」

 ユウカとミドリと黒須の企みを知ってか、知らずか、雪車ヶ野はどことなく優雅に邪魔をするのだった。いや、雪車ヶ野が邪魔をする理由なんて思い浮かばないから、その邪魔はきっと偶然の産物なんだろうけれども、その偶然はお腹が減る時間まで続いたから、雪車ヶ野はわざと邪魔をしているのかもしれないなんて思ったりしたのだが、やはり、彼女が邪魔をする理由がこれっぽっちもユウカもミドリも思いつかないから、やっぱり偶然なのだろうって思った。とにかく写真は撮れないまま、お腹も減ったし、記念写真にしては多すぎる量を撮ったのにも関わらずずっと生徒会室で雪車ヶ野が部屋を出るのを待つのも不自然なので、水曜日の放課後は引き返したのだった。

 木曜日の放課後は、なんだか、生徒会室が騒がしくて、入ることの出来る雰囲気ではなかった。

 だから金曜日の放課後、錦景女子、春の球宴の前夜祭にユウカはカメラを持って歩いている。

 今日こそは撮りたい。

 今日は撮らねば。

 しかし。 

 黒須と朱澄。

 二人はそれぞれ、何やらやることがあるらしくて忙しそうにしてる。

 撮れるのだろうか。

 いや、絶対に撮ってやる。

 なんだか、段々、むきになっているなって気づく。

 様々な女の子たちの、様々なシーンに向かってシャッタを切りながら。

 もちろんそれぞれ素晴らしい一瞬なんだけれど。

 でも。

 考えているのは、黒須と朱澄のこと。

「あっ」

 ユウカはふと、大事な一つのことを思い出した。

「どうしたの、急に?」ミドリが立ち止まったユウカよりも三歩前に進んでから振り返って聞く。

「そういえば、もっちぃからドレスもらった?」

 ユウカは錦景女子の思い出として、ミドリの一枚は撮らねばならないものだと思う。



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