第一章①
入学式の次の日の次の日の土曜日の正午過ぎ。
二年E組で被服部の部長の上七軒モチコトは、部室のミシンの前で頭を抱えて、眉の間に皺を作って唸っていた。「うー、どうすればいいんだろう」
「もっちぃってば、考え過ぎだよぉ、」鏡の前に立つ被服部のもう一人、白水丸リリコがモチコトと全く対照的な表情で言う。「それに、別にいいじゃん、私たちの人間関係のことがバレても、むふふふ、私はそっちの方がいいなぁ、いいと思うなぁ」
「何、バカなこと言ってるのよ、元はと言えば、リリコがおっきな声を出すから、あの娘、入ってきたんじゃない、」モチコトは声を荒げた。「私たちが付き合っているなんてこと、バレたら、バレたら、バレたら」
「バレたら?」リリコは出来上がったばかりの真っ赤なドレスを纏い、鏡の前でくるっと一回転した。ロングスカートが踊った。「バレたら、ねぇ、どうなるの?」
「……どうなるって、」モチコトは目を瞑って、考える。様々な悪い未来が浮かんだ。錦景女子には女の子同士のカップルが多い。いわゆるアブっていう女の子が、女子校ゆえに、多めだ。多めとはいえ、やはり女の子同士で付き合うなんてマイナなことだし、酷いことを言われなくても、皆に二人の関係が知られてしまうことは、やっぱり恥ずかしいことだと思うのだ。「どうなるって、そりゃ、やっぱり恥ずかしいでしょ、リリコは恥ずかしくないの?」
「どうして?」リリコはモチコトの隣の椅子を引いて座る。「皆、きっと私たちの恋を祝福してくれるって」
「そんな、祝福って、そんな、」モチコトはネガティブに思う。「ありえない」
「そうかなー、」リリコは大げさに体を傾けて、そして無邪気に笑う。「んふふ、とにかく、そんな悩むこと、ないと思うんだなぁ」
モチコトは無邪気なリリコを睨むように見た。
可愛い。
真っ赤なドレスは、黒いロングヘアのリリコによく似合う。
四月の終わりには、春の球宴が開催される。グラウンドで錦景女子たちが野球をする。それを中心にしてお祭りをする。前日の放課後から、模擬店が正門から昇降口までの煉瓦道の両脇に並ぶ。被服部も店を出す予定だ。
リリコが着ているのは、そのときのための新作だった。
リリコに新作を着てもらって、お客さんに魅力的だと思ってもらって、そして受注を受け付ける。
だから、新作の出来は大事。
でも、モチコトは、このドレスを気に入ってはいなかった。
リリコは可愛い。モチコトが好きになったのだから、可愛くて当たり前。モチコトが選んだモデルだから当たり前。どんな服を来たって可愛い。どんな服も似合う。そのせいで、たまに自分のセンスを過信してしまう。でも、リリコ以外の女の子が着たら、どうだろう。特別じゃない、普通の女の子が来て、特別になれるドレス。ずっと目指しているものだ。ずっと目指しているものだけど、正解の片隅もまだ、見えたことがない。
「……可愛いな、」モチコトはリリコの透き通るほどの白い頬を触る。「ねぇ、どうして、そんなに可愛いの?」
「ぐへへ、」リリコは照れているのか、変な風に笑う。「もっちぃだって、可愛いよぉ」
モチコトも照れる。
照れて、気付いたことが、一つある。
「……私たちのキスの写真、取り返さなきゃ、あるいは消去しなきゃ、駄目だよね」
「うーん、まぁ、確かに、」リリコは腕を組む。「写真をブログにアップされるとかは、ちょっと抵抗あるかなぁ」
「ね、リリコ、私、気付いたことが一つあるんだけど」
「何?」
「私とリリコが恋人同士だっていうことを、私、二人だけの秘密にしておきたかったみたい」
「あ、そういうのも好きかも、」リリコははしゃいだ。「ロマンチックなの、私、好き」
「そうでしょ?」モチコトは微笑む。
「うん、」リリコは大げさに首を縦に振って胸の前で五指を組んだ。「そういうのいいな、愛のしるし、みたいな? んふふっ」
「だから」
「うん、二人の秘密のために」
「取り返さなきゃっ」モチコトは拳をぎゅっと握る。
「んふふ、」リリコは愉快そうに笑う。「なんだか、面白くなってきたぞぉ」