第二章⑤
放課後、ユウカは写真部の部室にいた。ミドリもいて、彼女はキャスタ付きの椅子に背もたれを前にして座り、あっちに行ったり、こっちに行ったりして、ユウカの邪魔をする。ユウカは箒とちりとりを持って、掃除をしていた。ミドリの部屋の惨状から察するに、写真部の部室は宮藤アリス先輩の卒業以来、掃除されていないようだ。部屋の隅にまとまった埃が溜まっている。
「ユウちゃんはお掃除が好きなんだね、私の部屋も掃除してくれたし、将来はいいお嫁さんになるね」
「別に掃除が好きなわけじゃないわよ、」ユウカはちりとりでゴミを掬いながら言う。「ミドリが綺麗にしないから、私が綺麗にしなきゃでしょ」
「部長でもないのに?」ミドリは時計回りにゆっくり回転しながら言う。「ねぇ、早く、入部届け、出しちゃいなよぉ」
「ねぇ、この前の夜にも言ったけどさ、」ユウカは箒を肩に乗せて言う。「手伝おうって気はないの?」
「そんなことよりも、ユウちゃん、」ミドリは聞く。「本当にやるの?」
「やるよ、やるに決まってるでしょ、」ユウカは箒の柄をミドリに向けて言った。「盗撮だ、なんて言わないでよね」
「いや、盗撮じゃん、」ミドリは早口で言う。「ユウちゃんが企んでいることってきっと、誰に言わせたって盗撮だと思うよ、境界線ってどんなことにもあると思うんだ、越えちゃいけない境界線がさ、ユウちゃんはその境界線を越えちゃいそうな気がする」
「違うわよ、私がやろうとしていることには、きちんとした正義があるわ」
「ユウちゃん、戦争ってね、」ミドリは真顔で言う。「正義対正義の戦いなんだって、日本史の服部が今日の授業で言ってた」
「それは戦争の話でしょ、今は写真の話でしょ、一枚の写真を撮って私はきっと、一人の少女の運命を変えてみせる、」ユウカはモチコトとリリコの二人のキスを、勝手に、撮って、勝手に、昇降口前の掲示板に張ろうって企んでいた。「このままじゃいけないって思うでしょ? ミドリも!」
ミドリは大きく息を吐いた。「……もっちぃ、本気で怒ったら、すっごく怖いんだよ」
「それも被写体としてのもっちぃさんの魅力だわ」
「たくましいなぁ、」ミドリは頬杖付いて言う。「写真が絡むと人が変わるんだね」
「テンションが上がるだけよ」ユウカは掃除に戻る。
「……眼鏡の色も変わるの?」ミドリはじっとユウカの方を見ながら言う。「赤から、緑に」
「あ、気付いた、」ユウカは緑の眼鏡を触って言う。「昨日、新しく買ったんだ、」色を緑に変えたのは、ミドリへの控えめなアピールだった。「どうかな、似合うかな?」
「ユウちゃんはどんな眼鏡でも似合うよね、いいなぁ、」ミドリは前髪を触る。まだミドリの前髪は短いけれど、土曜日みたいに恥ずかしがってはいない。「私、眼鏡掛けたらフクロウみたいになるんだよね」
控えめなアピールゆえに、ミドリにはユウカの控えめの気持ちは伝わらなかったみたい。「可愛いじゃん、フクロウ」
「あいつら獰猛なんだぜ、」ミドリは口調を変えて言った。「何でも食べちゃうんだぞぉ」
そのとき。
写真部の扉がノックされた。
誰だろう?
ユウカとミドリは顔を見合わせる。
ミドリは椅子に座ったままキャスタを転がして、扉を開けた。
「あ、ごめんなさい、あのぉ、あ、先ほどは宿題の件でお世話になりました、」扉を開けたら、リリコがいた。その口調は彼女らしくなく、とってもおしとやかだった。「あ、話は変わるんですけれど、こちらにうちのモチコトは、お邪魔してはいませんか?」
「え、もっちぃ?」ミドリは首を横に振る。「ううん、来てないけど」
「あー、そうですかぁ、」リリコは自分の額をペンペンと手の平で叩いて、その仕草の意味は不明だが、「うーん、」と困った顔で唸った。「どこ行ったのかなぁ」
「どこ行ったのかなぁって、」ユウカは聞く。「もっちぃさんに何かあったんですか?」
「いやぁ、」とリリコは腕を組む。「別に何もなかったんだけどぉ、でもぉ、今まで私をおいて教室を出ていったことなんてなかったからぁ、ちょっと、パニックといいますかぁ、どうしたらいいかよく分からないって言うか、部室にもいないから、泣いちゃいそうっていうかぁ、電話しても出ないし、メールを送っても帰ってこないし、」リリコの目には涙の煌めきが見える。「あのぉ、そのぉ、二人も一緒にもっちぃを探してくれたらぁ、嬉しいなぁ」