第二章④
ミドリのおかげで高津の英語の授業で怒られることなく、放課後を迎えたモチコトだった。怒られることはなくてよかったんだけれど、でも、なんだか、体が怠くて、頭が重かった。血流が滞っているような感じ。クラスメイト全員に自分の秘密だったことを知られているって考えたら、教室にいる事自体がもう、ストレスだった。
「大丈夫?」席が隣のバレー部のエース、古町コウがモチコトの顔を覗き込んで言う。「顔色が青いよ」
「……そ、そう?」モチコトは口元だけで笑って返答する。「ほら、私、色が白いから、雪見大福みたいに白いでしょ、だから血管の調子がいいときは、青いんだよ、きっと」
モチコトは意味不明なことを言って、息を吐いた。意味不明なことを言ったことも、気分が優れないことも自覚しているが、意味不明なことを言ってしまう精神状態だった。
モチコトは古町の無垢な顔を見る。
彼女も、モチコトとリリコの関係を知っているのだろうか。
知っていたとして。
モチコトとリリコのことをどう思っているんだろう?
やっぱり変だって、思っているのかな。
「無理しない方がいいよ、」古町は優しく言って鞄を肩に掛け、顔の横で手を僅かに動かしてモチコトに言う。「それじゃあ、またね、バイバイ」
「ありがとう、」モチコトは無理に笑顔を作って、手を振った。「バイバイ、また、明日ね」
彼女の背中を見送り、モチコトは振り返った。リリコの席は黒板から一番遠い席で、窓際という最高のポジションだった。そちらの方に視線を向ければ、リリコはクラスメイトに囲まれ、楽しそうにおしゃべりをしていた。リリコはそのイノセントな性格ゆえ、クラスの人気者だった。いつも傍には誰かいて、笑顔でしゃべってる。モチコトはリリコの傍に誰かがいて、例えばリリコの頭を撫でても「ふーん」くらいにしか思わない、……というのは、嘘。ちょっと気になるけれど、でも、それに関してはヒステリックな気持ちには、不思議とならなかった。これは本当のことだ。きっと、付き合っているからだと思う。リリコは自分のものだってモチコトは確信しているから、余裕がある、のかな。多分。モチコトが、あまりクラスでリリコとしゃべらないのも、余裕の現れなのだろう。リリコとはいつだって、二人きりでおしゃべりが出来て、キスも出来る。リリコは自分以外の誰かのところにいかないって、モチコトは信じてる。
ふと、リリコと目が合う。
リリコの表情が明るくなる。
モチコトは鞄を持ち、席を立ち、そのままリリコのところへ行こうとした。
そして、いつもなら、クラスメイトたちとの会話に混ざって、ゆるやかに、フェイドアウト、そして二人で写真部の部室に向かうのだが。
今はちょっと。
皆が秘密を知っている。
そのことがちょっと。
ちょっとどころじゃない。
凄く気になって。
リリコの席の周囲に立つ三人のクラスメイトが、モチコトとリリコの人間関係の本当のことを知っているって思ったら。
そっちには、いけないよ。
モチコトはリリコから目を逸らして、一人で教室を出た。
後ろ手で扉を閉めて。
なんだか凄く、自分の感情のことなんだけれど、よく分からないんだけれど凄く、情けなかった。
部室に行く気にも、なれなくて。
「……たまには図書室にでも、行こうかな」
モチコトはゆっくりと廊下を歩きだした。