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谷崎有華のフォト・フォルダ(Taken For A Fool)  作者: 枕木悠
第二章 アクセラレイト・ジャズ・タイム
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第二章③

「……マジかよ、」モチコトは顔を両手で覆って唸っていた。「嘘、え、まさかミドリは全部、知っていたわけ?」

「うん、」ミドリは屈託ない微笑みってやつで、頷いた。「この際だから言うけど、もっちぃとリリコが付き合ってることも知ってるよ」

「……マジかよ、」もっちぃは再び顔を両手で覆った。「なんで? どうして知ってんの?」

「どうしてって、」ミドリはククっと笑い声を漏らしながら言う。「どうしてなんて聞く? 二人の人間関係はずっと前から、バレバレだったていうのに? まぁ、なんとなく隠そうとしてるんだなっていう気配があったから、言わなかっただけで」

「え、ず、ずっと前からって、」モチコトは目を見開いてミドリに迫る、「いつから?」

「二人が付き合い初めたのと同時じゃない? 去年の錦景祭からだよね、二人が付き合い始めたのって」

「なぜ、」モチコトは武士みたいに低い声で聞く。「なぜ分かった?」

「なぜっていうか、」ミドリはニヤニヤしている。「分かるよ、だって二人の距離が近いんだもん、友達の距離じゃないもん、きっと錦景女子の半分は知ってると思う、アリス先輩も知ってたし」

「……それじゃあ、クラスの皆も、私たちのことを?」

「うん、知ってると思うよ、いや知っているというより、常識かもね」

「……いや、さすがにそれは、ないわよ、」モチコトは下を向いた。何か、心当たりがあるみたいだ。表情がいろいろ変わって、最終的にまた両手で顔を覆ってしまった。「……うー、最低だ、最低だ、最低だ」

「もぉ、もっちぃってば、」リリコがモチコトの肩を触りながら言って諌める。「最低だなんて三回も言わないのっ」

「最高だっ、なんて、」モチコトはお腹をさすりながら悲痛の表情を見せる。「言えないわよ、言えるわけがないわ、むしろ、言うもんか、……ああ、六時間目も、さぼっちゃおっかな」

 そのとき。

「あああああっ!」リリコが急に高い声を出した。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの絶叫。

 ユウカは耳を塞ぎながら、ああ、この悲鳴を、あのときに聞いたんだなって思った。

 ミドリが耳を塞ぎながら、ユウカに向かって下手なウインクをする。ほらね、という感じに。

「もう、うっさいな!」モチコトはヒステリックにがなった。「何よ、急に、なんなのよぉ、もぉ、やだぁ、やめてよぉ」

「たたたたたた、」リリコは口元の前で手の平をワイパみたいに動かしながら、何やら慌てている。「たいへーんだよぉ」

「だから、何なのよ!」モチコトは机をバンっと叩いた。

「六時間目の英語の宿題、やってなかったぁ、」リリコは額に手をやり、しかめっ面で言う。「しまったぁ、どうしよぉ、今からテキストの全文訳している時間なんてないよぉ」

 モチコトの方に視線をやれば、今度は彼女は両手で頭を抱えていた。「……すっかり忘れてた、やべぇ、怒られる、……怒られたくない、」モチコトは顔を上げ、ミドリに視線を送る。「ミドリ、お願い、手伝って」

「ええっ?」ミドリは凄く嫌そうな顔をした。「嫌だよ、自分でやりなよ、宿題ってそういうものでしょ」

「英語の高津のこと知ってるでしょ?」

「うん、理不尽な要求をしてくることで有名だね」

「確か、英語得意だったでしょ、」モチコトはミドリの腕を掴んで引っ張って、離さない。「ねぇ、お願い、今度、ミドリに似合う服を作ってあげるから、ね、お願いします、ほら、リリコも頼みなよ」

「お願いしまするっ、」リリコは両手を合わせて、ミドリを拝んでいる。「お願いしまするっ、この通りっ」

「……たっく、」ミドリは舌打ちしてパイプ椅子に座り、足を組んだ。くるぶしソックスのミドリの白くて細い足が組まれる。「しょーがねぇなぁ、それじゃ、テキスト、貸してみろ」

 ユウカは驚いていた。テキストを受け取ったミドリが、口頭で淀みなく英文を日本語に訳していったからだ。モチコトとリリコが訳を書くスピードよりもずっと早い。リリコは何度もミドリにブレーキを掛けた。「ご、ごめん、もう一回、羊がなんだって?」

「凄い、英語、出来るんだ、」ユウカは言う。「留学とかしてたの?」

 ミドリは首を横に振る。「ううん、一度も日本から出たことないよ、小さい頃から無理矢理勉強させられていたからね、普通の娘に比べれば、出来る方だと思うけど」

「終わったぁ、」二人の宿題が終わるのと同時に、五時間目終了のチャイムが鳴った。モチコトはノートを抱きしめながらも、その表情を複雑にして言った。「宿題は終わったけど、クラスに戻らないといけないと思うと、なんだか、溜息だわ」

「あの、」ユウカは声を出した。「どうして秘密に、隠そうとするんですか?」

「……普通じゃないでしょ、女の子同士で付き合うなんてさ、」モチコトは自分の足元を見て言う。「アブノーマルだから、隠すのよ、それって普通のことでしょ?」

「好きな子が出来て、それが女の子だったっていう話ですよね? 何も特別な話じゃないと思います、女の子同士で付き合ったって、何も悪いことはしてませんし、それに、えっと、私は、私自身は、もっちぃさんとリリコさんのキスは、その、なんといいますか、被写体に相応しいって思いました」

 それはユウカが使う最上級の誉め言葉だった。

 被写体に相応しい。

 これ以上の誉め言葉ってないと思うんだけど。

 しかしモチコトにはピンと来ないみたいだ。「つまり何が言いたいの?」

「もっちぃさんの気持ちが最高になる方法を私、考えました」

「はあ? 最高になる方法? なんなの、急に」

「えー、何々?」リリコが反応して笑顔をこっちに向けた。「ユウちゃん、教えてー」

「はい、それはですね、」ユウカは眼鏡の位置を直して、軽く咳払いして言った。「二人のキスの写真を校内に張り出すんです、写真部の活動の一環として私はもっちぃさんとリリコさんのキスの写真を芸術として、校内にディスプレイします、そのことによって、もっちぃさんとリリコさんの芸術的な人間関係は錦景女子の常識になります、こちら側から常識にしてやるんです、つまり、それって、普通になるってことですよね、そうですよね? 普通になってしまえば、隠す必要もありません、悩む必要だってありません」

「いや、意味分かんないし、私が普通じゃないって言うのは、女の子同士の恋愛についてよ、そういうことじゃないわよ」

「二人の恋愛関係が錦景女子に普通であれば、もっちぃさんが秘密にして溜息を付くことはありません、最低だなんて思わなくていい」

「ペテンに掛けようとしてる?」モチコトは肩に掛かる髪を払った。「乗らないわよ」

「私、思うんです、秘密にしているから、それが息苦しくて、気分がきっと最低なんだって、だから二人の秘密をこちら側から明かしてしまえば、最高な気分になれると思うんです」

「思いません!」モチコトは机をバンっと叩いた。

「私は思うんです」

「ただ私たちの写真を撮りたいだけなんじゃないの?」モチコトはヒステリックに言う。「ユウちゃんのフォト・フォルダの中身は女の子の写真ばっかりだったけど」

「はい、」ユウカは素直に頷いた。「もちろん、それもありますけれど」

「やっぱりそうだ」

「私はもっちぃさんのために、出来る限りのことをしたいんです、もっちぃさんとリリコさんは被写体に最高に相応しい二人だと思うから、だから、出来る限りのことをしたいんです」

「それ、本気で言ってるの?」

「私には、写真を撮ることぐらいしか出来ることってないから、だから、」

「撮らなくていいわよ!」モチコトはユウカの言葉を遮ってがなる。「はっきり言って、迷惑なのっ!」

「……リリコはどう思うの?」ユウカとモチコトのやりとりを静観していたミドリがリリコに聞く。「秘密がいいか、秘密じゃない方がいいか」

「うーん、」リリコは腕を組んで大げさに首を傾ける。「そうだなぁ、二人だけの秘密もいいけれど、」リリコはきっと何かを妄想してニヤニヤと微笑んだ。「私たちのことを、皆が応援してくれたら、祝福してくれたら、素敵だよねぇ」

「リリコはこう言ってるけど」ミドリはモチコトを見た。

 モチコトは下唇を噛んで、ユウカとミドリをそれぞれ睨んだ。そして椅子から立ち上がり、リリコの腕を乱暴に引っ張って、被服部の部室から出て行った。「余計なことしないでよね!」

「……怒らせちゃったかなぁ」ユウカは少し凹んでいた。でも、ユウカは自分のアイデアは間違っていないって思うんだけど。

「ユウちゃん、」ミドリはニコニコしながら、ユウカの側に移動した。「ユウちゃん、ユウちゃん、ねぇ、どうして急に、あんなこと言い出したの?」

「もっちぃさんのために出来ることをしたいって思ったのは本当だよ、二人のキスの写真を撮りたいっていうのも本当だし、」ユウカはカメラを手に取り、レンズを覗きこんだ。「ディスプレイしたいのも本当だよ、私がこうやって一度見た世界は、知らない誰かにだって見て欲しいくらい、綺麗だったから」

「ふうん、そっか、」ミドリはずっとニコニコして、ユウカを見ている。「へぇ、そういう一面も、あるんだねぇ」

「え、何?」ユウカは微笑み返しながら首を傾げた。「ミドリ、何を考えてるの?」

「別に何も、少し」ミドリは細かく首を振った。「あ、ユウちゃん、六時間目が始まる時間だよ、急がなきゃ、」ミドリは小さく笑って、ユウカの手を触る。「ほら、行くよ」


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