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谷崎有華のフォト・フォルダ(Taken For A Fool)  作者: 枕木悠
第二章 アクセラレイト・ジャズ・タイム
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第二章②

 土曜日の夜、上七軒モチコトは喫茶マチウソワレで見つけていた。

 白水丸リリコとモチコトのキスを写真にした、彼女。

 彼女と、モチコトの肩はぶつかった。沢村ビートルズの『サイダ・ナイト・ワルツ』に踊り狂っていたらぶつかったのだ。

 そして彼女のことを見失わないように注意していたら、その隣にはミドリがいたから、モチコトは月曜日の昼休み、行動を起こした。

 ミドリが写真部の部室に出入りしていることは知っていた。彼女の両部屋のルームメイトは今年卒業した写真部の宮藤アリス先輩。おそらくそのことが理由で、ミドリは廃部になったはずの写真部の部室の鍵を持っているんだと思う。

 モチコトとリリコは昼休み、被服部の扉を僅かに開けて、ミドリが来るのを待った。待っていたら、ノコノコと、鼻歌なんて歌いながら、完全無防備でポケットから鍵を取り出した。

 そのときを狙った。

 ミドリを拉致るのは簡単だった。 

 モチコトは「正直に話さないとお弁王食べちゃうぞ」ってミドリを脅した。そしたら簡単に土曜日の夜に一緒にいた彼女のことを離してくれた。

 彼女は新入生だった。一年A組の谷崎ユウカ。趣味はもちろん、カメラだった。

「どうしてユウちゃんのこと、聞くの?」

「彼女、私とリリコの、その、写真を取ったのよ」

「写真?」ミドリは首を水平に傾けた。「二人の写真は、ユウちゃんのフォト・フォルダにはなかったと思うけど」

「嘘、それは絶対嘘だ、」モチコトは腕を組み、ミドリを睥睨しながら言う。「私たちのことについて、谷崎ユウカは、何か言ってなかった?」

「何かって、」ミドリの不機嫌は声色に出ている。「何よ?」

「その、なぁに、感想みたいな」

「ああ、それなら衝撃的だったって、ユウちゃん、言ってたよ」

「そ、そう、へぇ、衝撃的、ね」

 モチコトはミドリの表情を見ながら、考える。ユウカはミドリにキスのことを話したのだろうか。衝撃的だった、というのはキスのことについてだろうか。そう考えるのが自然だろう。でも、目の前のミドリの表情は、モチコトとリリコがそういうことをする関係にあることを知っているにしては、普通だった。おそらくミドリはモチコトとリリコの人間関係を知らないだろうと推測を立てる。「とにかくね、ミドリ、私は怒ってるの、谷崎ユウカが勝手に私とリリコの写真を撮ったから怒ってるの、その写真のデータを私たちに渡せってこと」

「いや、だから、ユウちゃん、二人の写真なんて撮ってないって」

 それからモチコトとリリコとミドリの三人でお昼ごはんを食べた。お昼ごはんへの脈絡の無さにミドリは文句を言いながらも、お弁当の蓋を開けて食べていた。「ユウちゃんと一緒に食べる約束してたんだけどな」って言いながら、お弁当を食べていた。食べながら、三人はおかずも交換したし、来週の学期始めの実力テストの話もしたし、今度発売のゲームの話もした。ミドリとはクラスは違うけれど、そういう親しい関係だ。

 さて。

 お昼休み終了を告げるチャイムとともに、モチコトたちはユウカが寂しくしているはずの写真部の部室に向かった。

 ユウカを被服部の部室に拉致ることも簡単に成功した。ちょろい二人。きっとちょろいから気が合うのだろう。

 モチコトはユウカの腕を掴んで引き寄せて、椅子の前に立たせた。ユウカは抵抗することもなく、モチコトが両肩に手をおいて少しの重さを乗せただけでストンと座った。ユウカの目の前の折り畳み式の長机の上にはミシンがあって、その対面には白水丸リリコがいて、ユウカを見て、ニヤケていた。「うへへへ、可愛そうにぃ、簡単に捕まっちゃったんだねぇ」

 ユウカは理解不能意味不明という感じで、被服部の部室をせわしなく見回していて、抵抗の気配もあったが、しばらくして、なんが腹をくくったようなそういう態度に変化した。

 ミドリがユウカに対して申し訳無さそうな顔をしながら扉を後ろ手で閉めた。

 その折り、五時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。

「……あ、あの、なんなんですか?」ユウカは小さな声で言う。「次は世界史の授業なのに」

「そんな世界史の授業よりも、大切なことってあるの、さっきも言ったわよ、それは、今よ、さて、ユウちゃん、」言って、モチコトは長机の上で不規則に並んでいるツールたちを片づけて、長椅子に座った。「その命よりも大事なカメラを渡してくれる?」

 モチコトはユウカの一眼レフを指さした。SDカードのフォルダには、モチコトとリリコが情熱的なキスをしている刺激的な写真があるはず。でも、ユウカは簡単にはモチコトにカメラを渡さないだろう。カメラはユウカの、言わば、武器である。侍の刀と同じだ。彼女は抵抗するだろう。ええ、もちろん、それは推測していることなので、暴れてしまったときの対策は考えていた。いたのだが。

「はい、どうぞ、」ユウカは意外にも簡単に、モチコトにカメラを渡してくれた。上目で睨みながらだけれど。「……壊さないでくださいよ」

「え、あ、うん、えっと、」少し拍子抜けしていたモチコトは咳払いをしてから、再度威圧的なオーラみたいな、とどのつまり、黒い魔女みたいな態度を作って低い声で言う。「あら、意外と素直じゃない、あなたにとってこれは命よりも大事なものでしょう?」

「え、命の方が大事に決まっているじゃないですが、」ユウカはまるで頭のおかしな女の子をみるような目でモチコトを見る。「え、ちょっと、何言ってるんですか?」

「ああっ?」モチコトは少しヒステリックになって虎みたいに唸った。「あんた、自分の立場、分かってんの!?」

「あうぅ、」ユウカは小さな悲鳴を漏らして、モチコトの方に両手を広げて身を遠ざける。「ごめんなさい、殺さないでぇ」

「誰が殺すかよっ、」モチコトは吠えて、息を吐き、そして気を取り直して、ユウカの一眼レフをいじって、件の写真を探そうとした。しかし、いまいち、操作の仕方が分からない。ボタンの数が、リリコの小さなデジカメに比べて多めだった。機械は苦手だ。「ねぇ、ユウちゃん、これ、どうやって写真を見るのぉ?」

「……あ、えっと、これはですね、」ユウカはなぜかキョトンとモチコトの顔を見て、それから丁寧に操作方法を教えてくれた。「はい、これで、見られますよ」

「おお、なるほど、」モチコトは微笑みながら言った。「ありがとっ」

 モチコトはボタンを操作して、写真を探した。新しく撮った写真から順に背面の小さな液晶ディスプレイに表示されていく。ほとんどが女の子の写真だった。正面から撮られたものはほとんどなくて、盗み撮りしたような構図の写真ばかりだった。女の子たちのスカートに対して際どいアングルのものもある。もしかして、とモチコトは思って、ユウカをじっと睨んだ。

 もしかして、アブなの?

「……あのぉ、」ユウカは前髪をいじりながら、口を開いた。「なんと言いましょうか、やっぱり、撮った写真を誰かに見られるのって、」ユウカは口元に手を当て、笑う。「恥ずかしいですね」

「いや、写真って、誰かに見せるものでしょ、」モチコトは即座に言って、息を吐いて、ユウカにカメラを返した。「……私たちの写真がないみたいだけど」

「え?」ユウカはレンズの向こう側の目を丸くした。予想外の質問だ、と言いたげな表情を作った。「いや、私のフォト・フォルダにはお二人の写真なんてありませんよ、だって、撮ってませんもの、シャッタを切らなきゃ、またとない一瞬は、データに残りません」

「撮っただろ?」モチコトはユウカに顔を近づけて低く言う。「私たちの写真、撮ったでしょ、確かにシャッタを切ったでしょ?」

「あ、あの時は確かに、その、確かにレンズで狙いましたけど、」ユウカはモチコトから身を引きながら答える。「撮ってません」

「もうすでにデータをどこかに移したのか? だったら、その場所を言いなさい、言え、今すぐに言わないと」

「……い、言わないと?」ユウカは後ろに仰け反った姿勢が辛いのだろう、ぷるぷるしている。

「死刑だからねっ!」

 モチコトは腕を組み、言い放った。

 これでユウカは言うことを聞くはずだって思った。

 思ったんだけどでも、ユウカの反応は予測よりもずっと、ポカンとしている。

「……し、死刑?」

「もっちぃ、それは酷すぎると思う、」ミシンの向こうのリリコが冷静に諫めている。「私は酷すぎると思うんだなぁ、私だったら、泣いちゃうよぉ、しくしく」

「あははっ、」ミドリが小鳥みたいに小刻みに笑っている。「死刑だって、何それっ」

「何、笑ってんだよ、」モチコトはミドリを睨んで、舌打ちして、そしてユウカを再び睨む。ユウカも笑っていた。「なぁに、笑ってんだぁ」

「だ、だって、」ユウカはニコニコしていた。「もっちぃさん、可愛いんだもん」

「か、可愛い?」

 正直、モチコトは動揺してしまっていた。強烈な一撃を側頭部に喰らったようだった。「はあ? 私が可愛いだって?」可愛いなんて言われ慣れていなかった。まして、相手は年下。リリコが相手ならまだしも、ユウカのことはよく知らないから、だから、なんというか、めっちゃ恥ずかしい気分になった。「なんだそれは!?」

「なんだそれは、って」ユウカは依然としてニコニコしている。

「罠か? 何かの罠?」

「罠って、」ユウカはさらにニコニコしてしまった。「やっぱり、実は、もっちぃさんは可愛いんですね」

「もっちぃ、可愛いよ」リリコが便乗して騒がしく言う。

「もっちぃ、きゃわわ」悪い目をしたミドリが口元に手を当てて言う。

 モチコトは体が急激に熱っぽくなるのを感じて、こんなの自分らしくないって思って、大きな声で言う。「私が可愛い話はコレで終わり! それよりも、そう写真の話よ、写真はどこに隠したのよ、言えよ、話せよ、もう!」

 その瞬間。

 フラッシュが眩しかった。

 ユウカにモチコトの、いや、いつの間にかリリコが腕に絡み付いていたから正確にはツーショットだった、写真を撮られた。

 突然撮られてしまったから、モチコトの頭はぼうっとしてしまった。

「はい、今、撮れましたよ、」ユウカはメガネの位置を直し、どことなく、気障に言う。「もっちぃさんとリリコさんの写真、今、撮れましたよ」

「は?」

「え、写真が欲しかったんですよね?」ユウカは液晶画面を見せてくる。なんとも微妙な表情のモチコトと、絶妙なスマイルで決めたリリコの写真。「違うんですか? 私、もっちぃさんが私が二人のキスをしたところを見ちゃったから怒っているんだと思ってました、でも、ただ写真が欲しかっただけなんですよね? 違うんですか?」

「違うわよ!」モチコトは怒鳴った。

「わーい、」怒鳴るモチコトの横で、モチコトの気持ちも知らないで、リリコは写真を覗き込み、嬉しそうだった。「データ、このノートパソコンにコピーしてくれる?」

「はい、もちろんですよ」ユウカは頷いた。手際よく被服部のノートパソコンにSDカードを差し入れてフォルダにコピーして、ついでにA4サイズでフルカラープリントしてくれて、モチコトはそんなユウカを見ていて、少し熱っぽくなっていた自分がバカみたいだと思った。

「言ったでしょ?」ミドリはモチコトの耳元でさえずる。「ユウちゃんは二人のキスの写真は撮ってないんだよ」

 モチコトはミドリに微笑み、そしてミドリを睨んだ。「……ミドリ、あんた、どうしてそのことを知っているの?」

「それ?」ミドリは水平に首を傾けた。「それって?」

「どうして私とリリコがキスしたことを知っているの!?」



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