第一章⑧
写真部の部室のキャスタ付きの椅子に座り、薄い文庫本を開き、どことなく優雅に紅茶を飲んでいた、どことなく優雅な人は、生徒会長代理の、要するに副会長的ポジション(錦景女子生徒会は役職、名称ともに年代で変わるのだと言う)の雪車ヶ野ヨシノ、という人だった。
「こんにちは、」雪車ヶ野はどことなく優雅に手を持ち上げて、ユウカの方を見た。彼女の瞳は煌めいていて綺麗だった。「あなたが部長の谷崎ユウカね、よろしくね、ユウカ」
「は、はい、よろしく、お願いします、」ユウカは雪車ケ野、という人のどことなく優雅な雰囲気に既に呑まれていることが自覚できた。「……あ、あの」
「何?」雪車ケ野はどことなく優雅な視線を向けてくる。「何かしら?」
「私、まだ、部長じゃないんです」
「そう、だったら、早く入部届けを出さなきゃね、」雪車ヶ野はどことなく優雅に微笑み、紅茶の入ったカップと薄い文庫本をデスクの上に置いた。「でも、そんなことは急がなくていいことよ、部長のあなたの気持ちだから、熱だから、全ては、そうよね、ね?」
「……は、はい、」ユウカは頷かされてしまった。慌てて首を横に振る。「あ、私、まだ写真部に入るって決めた訳じゃ、」
「それで、ミドリ、」雪車ヶ野は威圧的な声を出して、ユウカの台詞の続きを遮った。「それで、ミドリ、どうだったの?」
「え、どうだった?」ミドリは首を水平に傾ける。その仕草はどことなくわざとらしいというか、下手くそな演技だということが、雪車ケ野を前になんだか緊張しているユウカにも簡単に分かってしまった。「どうだったって、何のことですか?」
「とぼけないの、」雪車ヶ野はどことなく優雅に微笑み、ミドリに近づく。「あなたたちは一体全体、街まで何をしに行ったの? ああ、二人の私服姿、いいね、可愛いわぁ」
「……どうしよう、」ミドリは雪車ケ野から視線を逸らし、小さく声に出す。「弱ったなぁ」
「ああ、あくまでとぼける気なのね、無駄なのに、いいわ、それじゃあ、ピンクのフリルが似合うユウカに聞くからいいわ、」雪車ヶ野はどことなく優雅に自分の髪を指で梳いた。いい匂いがした気がする。「街まで何をしに行ったの?」
「えっと、それは、」ユウカは言いかけて黙った。
「ぬうううう」とミドリがユウカを睨むからだ。
しゃべるな、というサインだろうか。
しゃべっちゃいけない理由があるのだろう。
でも、ユウカはしゃべらなくちゃいけない気がした。雪車ヶ野がユウカを扉を背に追いつめ、どことなく優雅に、互いの顔がよく見える距離で見つめてくるからだ。見つけてくるだけだったら黙っていられたかもしれないんだけれど、雪車ヶ野はユウカの眼鏡の縁を触って揺らしてきた。眼鏡女子に対するその迷惑極まりない行為を、雪車ケ野はどことなく優雅に楽しんでいた。そんなことをされたら、もうミドリのさえずりは耳に入らない。ユウカの口は滑った。「はい、私たちは錦景市駅で、生徒会長の黒須ウタコさんと朱澄エイコさんのツーショットを狙っていました」
「ああ、もうっ、」ミドリの鳴き声が響く。「ユウちゃんてばぁ」
「いい写真が撮れた?」雪車ヶ野は距離、そのままに聞く。
「いいえ、」ユウカは従順に首を横に振る。「まだ、いい写真は撮れていません、その,難しくて」
「そう、」雪車ヶ野は優しくユウカの頬を撫でた。「二人の雰囲気はどうだった?」
「雰囲気?」
「色はピンク色だった?」
「ピンク色ではなかったと思います」
「悪かったってこと?」
「悪くはなかったと思います」
「そう、」雪車ケ野はユウカから離れ、腕を組み、小さく笑った。「相変わらず、みたいね」
「え?」
「ねぇ、ミドリ、別に私は邪魔をしようなんて考えてないんだよ、なんていうか、安心して欲しいな、」雪車ケ野はどことなく優雅に爪先で回って向こうを向いた。「今夜、行くんでしょう?」
「え、どこに?」ミドリはわざとらしく首を傾けた。
雪車ケ野はこちらに首だけ向けて人差し指を立て、片目を瞑る。「サイダを飲みによ」