始まり
桜の花が青空にヒラヒラとまい、まるで自分を祝福するようにそよ風に優しく揺れている。
今は、儀式の時にしか見ない筆で書かれた立て看板があった。
「緑ヶ丘中学校入学式」と書いてある。
中学生になるということを改めて実感した。
目の前の校門が自動で静かに開く。
「おはよう」
先輩がにこやかに笑いかける。
「おはようごさいます」
僕は丁寧に頭を下げた。
校舎の中に入ると、小さな機械が10台ほど置いてあるのが目に付いた。
松原強の名前を入力するとすぐに「A組」と画面に出て、学校の地図が横に表示された。
データーを自分の小型情報記憶媒体。
通称、小型媒体に受信した。
それにしてもこの世の中も進歩したものだ。
昔は、紙を使っていたそうだが今はどこで売られているのか謎なほどだ。
小型媒体は優れもので何でも使える。
学校の授業では教科書兼ノートとして使っている。
ただし、全てにおいてデーターを受信するだけじゃなくノートとして使う時だけはタッチペンで記入する。
書かないと覚えないからという理由で教育研究班が決めたことだ。
電子化による欠点を少しでもなくしたいのだろう。
でも、タッチペンで書いても問題集が終わったときの達成感はあまりない。
ちなみに全ての組織に班が使われている。
他に、環境班、政治管理班、防衛対策班などがあるが詳しいことはよく知らない。
詳しくはこれから中学で習うはずだ。
登録された地図をもとに行こうと少し地図を眺めていると、後ろから人が来る気配がして振り向いた。
そこに立っていたのは驚くほどに透きとおるような肌をした女子だった。
綺麗なストレートの髪が高い位置で結ばれている。
それでも、髪は背中の真ん中あたりまである長髪だった。
その女子は僕に気づき、一瞬こちらを見て何か驚いたような顔をしたが何事もなかったかのように僕の横にある機械に行った。
そして、驚くような早さで名前を打っている。
同じA組のようだった。
画面を確認するように一瞬見ただけでデーターを受信せずに教室に行く道を歩いていく。
なぜか僕はその不思議なクラスメイトに自然に声をかけていた。
「君、この学校来たことあるのか?」
歩くのをとめると、音もなく振り向き、僕を見る。
その目はどこか僕を警戒しているようだ。
「なんで、そんなこと聞くの?」
感情がないような平坦な声に、悪寒がする。
「えっ…君があまりにも早く歩くから来たことあるのかとおもったんだ」
何故かこいつと話すと緊張する。
空気が凍てついて自分の体を刺す。
人と話すのにここまで緊張したのは初めてだと思った。
その女子は考え込むように数秒黙った。
「前に学校見学で来て、構造知 ってるから」
廊下の先を見ながらゆっくりと言った。
本当だろうか。
もし本当ならもう少し早く答えられるんじゃないだろうか。
考えて言ったようにもとれたが、嘘をつく理由もないだろうと思い、この時はそれ以上このことについてふれないことにした。
「私のこと知ってる?」
唐突に妙な質問を投げかけてくる。
「知るわけないだろ。今初めて会ったんだから」
「私、花園美麗…この名前に聞き覚えとか言った覚えとかある?」
変な質問をしてくるとは思ったが、真剣な顔で聞いて来るから真面目に答えるしかない。
「ないよ」
そう答えると、美麗は少し考え込むような曖昧な表情をした。
「そう」
静かな声でそれだけ言うと、そっけなくスタスタと廊下を歩いていってしまった。
ある日この曖昧な言い方の意味がわかるようになるのだが、この時はまだ知る由もなかった。
そして、これが花園美麗と僕の出会いだった。
この前をさっそうと歩く不思議な女子から自分の知られざる過去まで知らされることになるとはこの時は思いもしなかった。
僕は早歩きで行く美麗に追い付こうと長い廊下を走っていった。