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電気羊の異世界プロトコル  作者: みかぜー
第二章 リィベルラントの窓辺
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第十三話 『建国しようよ!(野望編)



 武士団襲来騒動の翌日。

 南門の外側は多くの人でごった返していた。


 鬼人達のための天幕やら炊事場を設営するフェローや自警団の面々に加え、物見遊山で街の中から出てきた亜人達もいる。商人は商魂たくましく、鬼人達が持つ東方島嶼域由来の品物と物々交換するため、各所で交渉合戦が繰り広げられていた。


「えへへぇ……カフェインのきっついお茶とかありませんかねぇ……」


 ピーター商会が誇る敏腕バイヤー、シェリーさんも参戦済みである。完全に私情のようであるが。

 南門から延びる街道の脇には屋台も立っており、まるでお祭り状態だ。コンラッドさんもお供を引き連れ、風呂敷を広げただけの即席の露店を見て回っていた。


「今日の昼食はおにぎりと豚汁でーす! 全員分あるので慌てないで並んでくださいねーっ!」


 配給所の前でユネが朗らかな声を上げる。


「また白飯を喰える日が来るとはなぁ、長生きはするもんじゃて」

「味噌! 味噌かぁ! 懐かしいなぁ……」


 おかゆさんが寝ずに仕込んだ食事は概ね好評なようである。

 にこにこといつもの笑顔でユネが食事を配っている。人当たりの良い彼女にとっては適材適所な配置だろう。

 対して僕の方はあまりそうとは言えない。


「ヒビキさん、ずれてます。八ミリ右です」

「細かいよ……って言うか、何で僕がテント設営なんてやらなきゃならないのさ」


 重箱の隅をつつくようなまかろんの指摘に僕は抗議の声を上げた。

 設営した天幕は既に十は下らない。ぶうを垂れた隣のスペースでは、ユーゴさんが僕の倍のスピードで天幕を張っていた。意外と器用な男である。


「アルフさんによれば『鬼人族の逗留許可を出した手前、ご自分が陣頭に立って働くのは当然のこと』だそうです」

「くそう、アルフめ……」

「私はヒビキさんと一緒にいることができて嬉しいですが」


 まるで嬉しく無さそうな、凍り付くような瞳でまかろんがのたまった。


「いつものことだけどさ、嬉しいならそういう顔して欲しいな。ほら、『にー』って」

「にー」


 まかろんが両手の人差し指で口角を上げて笑顔を形作った。口元は笑顔だが黄金色の瞳はいつものように見開かれたまま。やたらと目力のある眼光は正直言って怖い。


「だめだね……表情筋が完全に死んでる」

「今朝はちゃんとマッサージしてきたのですが」

「自分でやると慣れちゃうからダメなのかなぁ……他の人がやれば効果あるかも?」

「ではお願いします」

「は?」


 そうまかろんは言うと、目を閉じて僕に向けて背伸びした。

 紫の染料を一滴落としたような銀髪がさらさらと揺れた。長い睫毛に彩られた瞳は瞼の奥。僅かに照った桜色の唇が目の前にあった。


 ふっくらとした小さな唇は実に柔らかそうで――。


「性欲を催されたのならキスでもいいですよ。むしろマッサージよりもそちらの方が私としても嬉しいです、かもん」

「性欲ってあのねぇ……僕にはユネがいるんだから、そういうのはしないの――ってこのやり取り何回目だ……」


 ジト目になった僕はまかろんの頬を引っ張った。

 肉付きの薄い頬は、ユネと比べるとあまりもちもち感が無い。


「いひゃいれふ、ひびきひゃん」


 欠片も痛そうじゃない平淡な声でまかろんが抗議の声を上げた。


「また失敗しましたか……でも諦めません」

「えぇ……もう止めてほしいんだけど……」


 引っ張られた頬をさすりながら再度の挑戦を誓うまかろん。

 そんな彼女は僕に向き直りわざとらしい咳払いをする。演劇のセンスはゼロのようだ。


「ところでヒビキさん、これからお時間ありますか。良ければ私の部屋でゆっくりと――」

「この流れでホイホイ付いて行く程、僕も馬鹿じゃないからね!?」


 貞操の危機を感じた僕が叫ぶ。

 以前、告白され断ったと言うのに、彼女からのドライな愛情が止むことは無い。むしろ日を増すごとに悪化している気がする。天才と言うのは、恋愛感情とか倫理とかそういうものまでぶっ飛んでいるものなのかと僕は頭を抱えた。


「残念です。またの機会にしましょう――あぁ、露天の方には魔石類も出てるんですね。行ってきます」


 そう言うとまかろんは僕の前からふらりと姿を消した。今のラブコメ展開は一体何だったのか。本当によく分からない娘である。


 溜息を吐く僕の下に、列を一通り捌き切ったユネがやってきた。


「マスター、お昼ごはんです! おにぎりですよー!」


 朝から身体を動かしていたためテンション高めである。


「ありがとう。食事の方、好評みたいで良かったね」

「はい! おかゆさんに、お礼を言わないといけませんね。一晩で千人分の食事を仕込むなんて、やっぱりすごいです」


 調理系の技能(アーツ)はEGF時代以上に有用だった。彼女の場合は技能(オート)手動(マニュアル)を併用して料理を作るスタイルなので負担はそれなりにあるだろうが。


「それで件のおかゆさんは? いきなり駆り出しちゃったんだから、お礼を言っておかないと……」

「『お店のランチタイムが始まっちゃいますぅぅぅ!』って泣きながら街に戻っていきました」

「シェリーさんと良い、このご時世で、戦闘系よりも文化系フェローの方が忙しいって……どうなってるんだろうねこのギルド」


 おかゆさんは、元々料理人系のフェローである。ではなぜ戦闘もできるのかと言うと、それには悲しい悲しいエピソードがあるのだ。


 EGF時代も今の食堂を経営していたおかゆさんと彼女のマスター。

 料理を客に出すには当然食材が必要である。しかし、彼女のマスターは職人気質を越え、殆どひきこもりのように厨房から出てこない。

 おかゆさん本人も料理がしたいが、彼女のマスターは厨房ひきこもり。食材が無いなら料理は作れぬ。マスターが是非試してみたいと目を輝かせて言う、異世界ならではのドラゴンのステーキや世界樹の葉のサラダなどもっての他である。

 そんなこんなで、心優しいおかゆさんは両手に長包丁を握りしめ、ひきこもりのマスターのために世界各地を巡る食材探しの旅に出たのである。第一部完。


「苦労人はどの世界に行っても苦労人なんだねぇ……」


 しみじみと頷く僕。ユネはにこにことしたいつもの笑顔のまま、頭にはてなマークを浮かべていた。


「それでそのぅ……そのおにぎりは私が握ったんですけど……おかゆさんじゃなく、私がですね……」


 ユネがおにぎりだと主張する物体(・・)。それを渡された僕の呼吸が思わず引っ込んだ。

 三角型ではなく真ん丸なのはご愛嬌と言ったところ。全体に海苔が巻かれたいわゆる『ばくだんおにぎり』というやつである。

 焼き海苔の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、実に美味しそう――そう美味しそうなのである。見た目は。


「あっはっは! これはまたでかいな! カザンの夜泣き石と良い勝負だ!」


 問題なのはその大きさ。両手で支えても、ずしりと指に食い込むその重量。豪快に笑うフウライさんの大きな頭と同じサイズである。


 味の調え方よりも先に、分量の測り方を教えた方が良かったのかもしれない。


「……半分食べます?」


「いやいや(おさ)殿よ、それは無粋というものだぞ? 『握り飯の大きさは愛情の大きさ』ということわざが某の故郷にもあるしなぁ。一息に食べてやるのが(おのこ)の甲斐性というものよ!」

「おにぎりの大きさが愛情の大きさなんですか?」


 ユネの問いにフウライさんが笑いながら頷いた。


「ああ、大きな握り飯をこしらえるのは女の愛情、それを全部食べ切るのが男の甲斐性とな! 某も、昔は領民の女子(おなご)達から喰いきれぬほどの握り飯を渡されたものよ。おかげでこんな大きな身体になり申した!」

「愛情の大きさ……も、もっと大きなの作ってきますねっ!」

「やめて! 気持ちは嬉しいけど、僕のお腹にそんな甲斐性(・・・)はないよ!?」


 ユネの愛情は物理的に重いようである。

 そんな僕達のやり取りを見てフウライさんが笑う。


「はっはっは! 昨日、刀を合わせた時は、氷のように冷たい剣士だと思っていたが、なかなかどうして、普通の女子ではないか」


 僕としては今のユネが通常状態であるのだが、初対面で剣を合わせたフウライさんに、彼女はまた違う印象を持たれたのだろう。


「えと……剣を取ると少し頭が切り替わると言いますか……頭の中がすごくクリアになって、色々なものがゆっくりと見えるようになるんです。最近はちょっと不調ですけど……」

「ほう……そなたも某と同様『神懸かり』か」

「かみがかり? 私にも神さまが宿ってるんですか?」


 ユネの言葉にフウライさんは首を横に振った。


「いやいや、ただの方便よ。普通(・・)の人間や亜人風情に、神など宿るものか。剣の神に愛されるが如く、戦場で特異な能力を発揮する者のことを、某の故郷では昔から『神懸かり』と呼んでいたそうだ。まぁ、某のは周りが勝手に読んでいるだけだがな!」


 二人のやり取りの最中、ひたすらおにぎりを掘り進めていた僕。

 半分ほどを食べ終え、早くもギブアップ間近である。『やせの大食い』という言葉はあるが、僕の胃袋の容量はあくまで普通。ユネの愛情ならいくらでも受け止めてやるという気持ちはあるが、物理的に重いとなると話はまた別だ。


「なかなか頑張るな、長殿! まぁ、こんな賑やかな街の頭領を務めるのなら、それくらいの気概はないとなぁ!」


 大きな声で笑いながら僕の背中を叩くフウライさん。やめて、出ちゃう。


「流民達の街――どんな暗鬱とした場所か恐々としておったが、良い街だなここは。物が流れ、人が溢れ、皆が笑っていて――『正しい営み』が成された街だ。惜しむらくはその仲間に入れなかったことだが、もうそれは言うまいて」

「げぷ……見てくれは明るく楽しい街なのかもしれませんが、裏では結構ドロドロとしてるんですよ?」


 僕の返答にフウライさんが苦笑した。この街の裏で繰り広げられる陰鬱なやりとりに驚くかと思っていたが、意外とそうでもなく、そんなことは重々承知のようだった。


「そんなのは当たり前だ。街の規模など関係ない。人が集まればその分『どろどろ』が淀むのは当然のことよ。そんな健全な営みと、裏に通う不健全な営みとをひとからげ(・・・・・)にして、『正しい営み』と言っているのだ」


 フウライさんの言葉は正しいと思う。

 街という組織が全て『きれいなもの』だけで成立するわけではない。それを構成する人という存在そのものが、健全さと不健全さの二つの側面を併せ持つからだ。


「長殿よ……そなたは王にはならんのか?」

「……はぁ?」


 怪訝な表情でフウライさんを見つめる。


「いやなに、昨日の交渉の場で、長殿がまだ権力を掌握し切れていないと見て取れただけ。そなたが王なら、我等にもまた違う未来があったのかもしれない……そう思っただけどのことよ。忘れてくれ」


 王様なんて面倒ごと冗談じゃない。

 仮に国を作ったとしても王様はりっちゃんだ――まだ目覚めていないが。

 僕には権力欲なんて微塵も無いし、自宅でユネといちゃいちゃして過ごせるだけで充分幸せである。


 残されたおにぎりの最後のひとかけらを口に放り込み、僕は『それはないですね』とフウライさんに答えた。


 もうお腹いっぱいである。






 帰宅の道すがら、傍らにはクゥちゃんがいた。

 ユネは夕食の炊き出しのため門外に残り、鬼人族の傷病者の治療を終えたクゥちゃんと共に、僕は一足早く街の中に戻っていた。


 夕陽の光が届かない裏路地は薄暗い。街の賑わいはまだ盛りであるが、それは大通りに面した場所だけであり、狭いこの路地にその喧騒はあまり届いていなかった。


「クゥちゃん、重くない? 少し持とうか?」

「ん……だいじょぶ……ヒビキさまも疲れてるから、わたしが持つ……」


 銀髪の上に乗ったベレー帽がふらふらと揺れていた。体躯はユネよりも更に小柄。その腕力は彼女と異なり、見た目相応に頼りない。

 治療した戦傷者から聖女様と崇められ、顔を真っ赤にしていた姿はどこへやら、クゥちゃんはいつものジト目に戻っていた。


「みんな……よろこぶといいな……」


 ジト目だが可愛いことを言う。

 クゥちゃんが持つ紙袋の中には、たくさんの果物が詰められていた。彼女は日頃から街にある孤児院を手伝っている。紙袋の中身はそこへのお土産だった。


「孤児院か……行ったこと無かったけど不自由は無い?」

「うん……ユーゴさんも手伝ってくれるし……ピーターさまがたくさんお金を出してくれたから……みんなお腹いっぱいごはん食べれるよ……?」

「太らせて食べる気じゃないだろうね、あの人……」

「ひぇ……」


 慈善家という言葉がこの世で最も似合わない人間。それが神崎ピーターさんである。何かしらの見返りを期待しての寄付――この場合は投資と言うのだろうか――と見て間違いはない。


 路地を行き交う人の姿は無く、聞こえる音は僕達二人の足音とぽつりぽつりと交わされる会話のみ。

 そんな静寂の中、


「きゃぁぁぁぁぁっ!?」


 絹を引き裂くような少女の悲鳴が響き渡った。

 それが聞こえた瞬間、クゥちゃんが駆け出した。


「――っ!!」


 路地は迷路のように入り組んでおり、悲鳴の下に辿り着くには多少の時間を要する。こんな都市設計誰がした。


「大人しくしねぇか! 別に奴隷商に売り払うってわけじゃねえんだよ!! 」


 現場に到着すると、小さなエルフの少女と、彼女の腕を取って壁に押さえつける獣人男性の姿。彼が握ったナイフは少女の首元に突き立てられている。首筋から赤い線が一本垂れていた。


「……アーシャちゃん!?」


 どうやら顔見知りらしい。

 クゥちゃんは駆け足そのまま。その勢いを利用して、背負った杖を思いっきり振りかぶり、男の顔面に叩きつけた。


「げぶっ!?」


 『ホーリースマイト』――『神聖術』と『棍術』スキルから成る二元技能(デュアルアーツ)である。

 威力は筋力(STR)精神力(MND)依存――貧弱な筋力(STR)のクゥちゃんであるが、暴漢を弾き飛ばす程度の威力はある。鼻血を垂らして蹲る暴漢。僕は彼を拘束(バインド)系の技能(アーツ)で縛った。


「んだよ、何しやがる!? ちょっと小銭が欲しかっただけじゃねえか!!」

「だからと言って、強盗は重罪だよ?」

「ここはレスタール王国じゃねえんだ! 縛る法なんか何もねえんだよ! 法がなければ罪は罪じゃねえ! 自警団の奴らにバレなきゃ、何やったっていいじゃねえか!!」


 なるほど、彼の言葉も一理ある。


 この街はどの国家にも属していない――本当に文字通りの『無法地帯』である。罪を取り締まる法律も無ければ、それを裁く規約すらも無い。

 人々の良識と道徳――それだけを寄る辺とした、きれいな無法地帯(・・・・・・・・)

 一応自治会管轄の自警団と言う自浄作用は働いてはいるが、罪に対して如何なる罰を与えるのか……下手をすれば自警団の行いすらもただの私刑(リンチ)となる可能性がある。


「なるほどね、君の言うことも一理ある。確かにこの街に法は無い」

「だ、だったら!!」

「――でもその論理が通るなら、ムカついたからって言う理由で君を殺めてしまっても問題ないよね?」


 手の中に火球を生み出すと、男の顔が青ざめる。もちろん僕も本気ではない。


「ひ、ひっ……!?」

「ヒビキさま、だめっ!!」


 クゥちゃんに後ろから抱き着かれ、火球と拘束がかき消された。

 解放された男性は、慌ててこの場から逃げて行った。


「アーシャちゃん……だいじょうぶ?」


 クゥちゃんが心底心配そうな様子で、エルフの少女を治療する。幸い薄皮一枚だけが切られたようで、大事には至らなかったようだ。


「うん……ありがとうクゥお姉ちゃん……でもお兄ちゃんへの誕生日プレゼントが……」


 アーシャちゃんが悲し気に、地面に落とされた紙袋へ視線を落とした。プレゼントだと言う焼き菓子は、暴漢との押し合いでぐちゃぐちゃに踏み荒らされていた。


「お誕生日には間に合わなかったけど……お手伝いたくさんしたのにな……」


 おっとりとした雰囲気のアーシャちゃんの目が潤んだ。


「これ……あげるから……元気だして?」


 クゥちゃんはそう言うと、自分の紙袋の中から大きなリンゴを数個取り出し、アーシャちゃんに渡した。


「アーシャちゃん……アップルパイ作るの上手だったよね……? このりんごで作ってあげたら、きっとお兄ちゃん――イーノくんも喜んでくれるよ……?」

「イーノ? イーノ……はてどこかで聞いたような……」

「うん……ありがとうお姉ちゃん……アップルパイ焼いたら、お姉ちゃんも食べてね?」


 アーシャちゃんはそう言うと、クゥちゃんと僕に何度も頭を下げて大通りの方に向かって行った。大通りまで行けばもう安全だろう。


「あの子も孤児院の子なの?」

「ううん……アーシャちゃんは西区にある診療所の子……たまに孤児院の仕事、手伝ってくれる……最近こういうの増えてるから……大怪我しなくて本当に良かった……」


 リィベルラントの人口は日に日に増え、街が抱える清濁の色もはっきりと浮き出るようになっていた。今回の強盗事件はその例の最たるものだろう。

 人々の善性と自浄作用に頼った街の運営はそろそろ限界かもしれない。

 自治会の方で上手くやってくれれば良いのだけれど、急速な勢いでその規模を肥大化させるこの街の現状に対応できるのか、コンラッドさんの手腕を疑っているわけではないが疑問に思えてくる。


 この街がこのまま進んだら(・・・・・・・・)どうなるのだろう。

 素晴らしい未来が待っているとは言い難い。


「王様、ねぇ……」


 なるわけないけど、と再び自分に言い聞かせるように僕は呟いた。





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