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電気羊の異世界プロトコル  作者: みかぜー
第二章 リィベルラントの窓辺
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第七話  『ピーター商会にて』



 昼食も終わり、大通りを館の方に向かって引き返す。

 通りには多くの人々が行き交っており、その人種も獣人、エルフ、鬼人等様々だ。

 かつて、獣人が大部分を占めていたフォルセニア大陸だったが、クォーツの侵攻により他大陸より逃れてきた他種族は数多い。

 そんな苦難を乗り越えて来たにしては、街は活気に溢れEGF時代のゴーストタウンっぷりからは想像ができない程の喧騒に満ちていた。


「この後はピーター商会さんに行くんでしたっけ?」

「うん、そうだよ。シェリーさんから呼ばれてる。あと、剣も修理しておかないと」


 先日のグリフォンとの戦闘でらしくもないガチタイマンなんてやったものだから、僕の『ファーレンハイトの炎剣』は、二本共にガタが来ていた。次同じことをやったら戦闘中にぽっきりと逝きそうなので早めに直しておきたい。


 街の中心にある大広場に面した超一等地の一角。そこに目指す建物があった。

 一階部分は石造り、二階から四階部分は木造の大きな商館だ。上からは鮮やかな色の(バナー)が垂らされている。

 広場の反対に建つ時計塔と並んで、この街の代表的な建物の一つである。

 入口の上には、商館の名前を示した看板。

 そこには、EGF時代と同じ『ピーター商会 風見鶏のとまりぎ支店』の表記ではなく、


「ピーター商会 リィベルラント(・・・・・・・)臨時総本店(・・・・・)?」


 と、書かれていた。


「亜人の方達は、この街のことをリィベルラントって呼んでるみたいです。りっちゃん様の街だから、リィベルラントだそうです。素敵なお名前ですよね」

「素敵と言うのには全く同意できないけど、『風見鶏のとまりぎのホーム』じゃ言い辛いし、良いんじゃないかな。『リィンベル』の『ン』はどこに行ったんだろう」


「口語での反復による訛りで消えたのだと思います」


 まかろんからの補足になるほどと頷いた。


「その後ろの臨時総本店って言うのは?」

「今回の戦乱でぇ、『帝国』にあった総本店が接収されたからですよぉ……」

「ぬあっ!?」


 扉の向こうから幽霊のように現れた女性が僕の問いに答えた。

 この世界では珍しいスーツに身を包んだ二十代前半の女性は、長い金髪をぼさぼさに乱し、フレームレスの眼鏡を身に着けた容姿。その眼の下に刻まれた深いくまと、ゾンビのような肌の色のせいで、残念な美人臭を振り撒いていた。

 ワーカーホリック気質はこの世界でも健在らしい。


「シェリーさん……相変わらず忙しいんですか?」

「えへへぇ……社長がいなくなってから三か月、もう笑うしかない程やばいです。現在臨時社員募集中……採用条件は『絶対に文句を言わないこと』だけ……ヒビキ様もいかがですかぁ……?」

「いえ、遠慮しておきます……」


 かつてEGFの経済界にて覇を唱えた『ピーター商会』の創設者『神崎ピーター』さん――我がギルドの一員でもある。そんな彼のフェローが、この『神崎シェリー』さんである。

 ピーターさんが散魂状態で死の淵をさまよっている現在、シェリーさんが商会の実質のトップとして、商会業務を全体的に取り仕切っている。

 出会った当初は髪を綺麗に結い上げ、キリっとしていてまさにデキる美人という感じだったのにどうしてこうなった。

 それもこれも『天秤の支配者』、『銭悪魔』、『妖怪・身ぐるみ剥がし(物理)』等、数々の悪名をEGF中に轟かせていた彼女のマスターのせいである。


「ユネ、君のマスターは優しい僕で良かったね」

「へぁ? はい、良かった……です?」


 僕達のやり取りを見ていたシェリーさんが、疲れた顔でにたぁ(・・・)と微笑んだ。


「本日はご足労いただきありがとうございますぅ……早速ですが、上の社長室にお願いできますかぁ……?」

「お話の前に、剣の修理を頼みたいんですが、大丈夫です?」


 ピーター商会の業務は『金儲け全般』である。内容はアイテム販売、金貸し、賭け事のブックメーカー等々、もちろん装備修理もその範疇に含まれる。装備を修理する際は、僕もユネもずっとピーター商会を利用していた。

 ちなみに社訓は『財布の重みは心の重み、パーっと使わせ、みんなニコニコ』である。このあたり、ピーターさんのアレな人格が出ていると思う。


「ヒビキ様の剣は、伝説級武具のファーレンハイトの炎剣でしたよねぇ……他の武器はよろしいですか? ヒビキ様は何種類もの武器を使っていたと記憶していますが……」


 僕の外套の中にある不思議空間にはいくつもの武器が収納されているのだが、先日の戦闘で使ったのはメイン武器の一つであるファーレンハイトの炎剣を二本だけだ。


「承りましたぁ……ですが人選はこちらに任せていただけますかぁ……? 下手を打つと業務が滞って、私が本格的に死ぬのでぇ……」


 シェリーさんを過労死させるわけにもいかないので彼女の提案を承諾した。


「ではぁ、地下の三番工房に行ってください。担当の職人、先日指を叩き潰したようですがもう完治していると聞いています……話は通しておくので。終わったらちゃあんと来てくださいねぇ、逃げちゃだめですよぉ……」


 ふらふらとした足取りで店内へと消えて行くシェリーさんを見送って、僕達は店内に足を踏み入れた。






 ポーション等の消耗品売り場となっていた一階は、大口取引用の窓口へと改装され、一般の客と行商人でごった返していた。


 人ごみをかき分け地下へと降りると、鉄を打つ音に混じり、炎の魔石が熱を発する特有の臭いが鼻を突いた。

 煤が混じった空気を吸って、ユネがけほけほとせき込む。対するまかろんは全く動じていない。息をしているのかも怪しい。


「おぉ、お前さんがヒビキ坊かい。シェリー嬢ちゃんから話は聞いておるぞい」


 炉や金床が配置された地下空間の中、三番工房と書かれた区画の中から一人の職人が声をかけてきた。

 獣人の職人と比べて小さい身体。身長で言えばまかろんよりも小さいが、筋肉に包まれたずんぐりとした身体の体重は、彼女の倍以上はあるだろう。


「ドワーフの方だったんですね、てっきり獣人の職人だと思ってました」

「がっはっは、獣っ子と比べれば、数が少ないからのぉ! 元々は東アカーナ大陸の流砂地域にいたんじゃがな、例のクォーツ共にやられて逃げてきた所をピーター坊に拾ってもらったんじゃ」


 ザ・ドワーフと言った感じのそのままの見た目でドワーフのおじさんが笑う。


「あぁ、なるほど。アーレスト大陸でも無いのに何故ドワーフが、と思っていましたが、流砂地域にある『奈落の金床』のご出身でしたか。あそこの付与(エンチャント)技術には色々とお世話になりました」

「なんじゃいお前さん、ワシの故郷を知っているんかい。それならこっちも腕を振るわんといけないのぉ! ほれ、得物はどこじゃい?」


 手ぶらの僕におじさんが催促する。

 常日頃は剣を佩いておらず、全ての武器は外套の中の不思議空間に収納している。外套に手を差し入れ音も無く剣を取り出した僕の姿を見て、おじさんが目を丸くした。


「その外套も付与(エンチャント)物かい。『ここではないどこか』へ穴を通す秘儀は、故郷の偏屈ジジイ共にしか伝わっていない。ヤツらもくたばってとうに失われたはずじゃが……これまた珍しいものを持っておる」

「マスターの外套が持っている能力は、後から付与された付与(エンチャント)能力では無くて、最初から持っている固有(ユニーク)能力です。それにその外套は――もがっ!?」

「ユネ、ストップ」


 色々と必要無いことまで言いそうなユネの口を塞いだ。


「この外套のことは置いておいて、こちらが直してほしい剣です」


 黒鞘に納められた愛剣をおじさんに渡した。

 彼は鞘から深紅の剣を抜くと、青く光る魔石を押し当てた。マナが伝達された刀身の表面に揺らめく炎の紋様が浮かび上がる。


「……お前さん、この剣はどこで?」


 剣に揺らめく紋様を、剣呑な表情で眺めながらおじさんが聞いてきた。


「『彷徨う炎』と言う掲示板クエストで手に入れました」

「はぁ、クエスト? 何の事を言っているんじゃ? 『彷徨う炎』と言えば、アーレスト大陸の御伽噺に出て来る、伝説の術法剣士の異名じゃろうが」

「はい、その人の幽霊? 残留思念? から譲り受けた剣です」

「まったくドワーフをからかうのも大概にせい……まぁ、この剣の出自がどうあれ、仕事は完璧にこなしてやるがの」


 冗談じゃないのに。この後、二本目のファーレンハイトの炎剣を取り出したら、いつぞやのグリフォンよろしく『伝説の剣が何本もあってたまるか!』と怒られそうである。二本目は別の所で直してもらうとしよう。


「ふーむ、刀身は古いアダマンタイト製か。刃毀れの跡から中を見るに、元になった鉱石は第三層辺りの出かの」

「まかろん、第三層って?」

「『大空洞』にある地底鉱山の地層のことです。第三層はおよそ七百年前に採掘された層のことを指します」


 このあたりの細かい設定のことは流石に覚えていなかった。


「鍛造方式は『大空洞』の古式鍛造……アダマンタイトは竜鱗を貫くほど強靭な素材じゃがマナの浸透率は粗鉄以下……そんな素材をどうやって打てば、こんな炎の紋様が浮き出るようになるんじゃい!?」

「それはマスターが、剣本体の何十倍もお金をかけて強化したので――」


 基本ステータスが低い僕が装備できる武器は少ない。

 ファーレンハイトの炎剣は要求ステータスが低いため、僕でも装備できる都合の良い愛剣だ。その代わりに性能自体は低い。それを補うため、後付けて強化しまくったのがこの剣なのである。

 ちなみに、今も外套の中に収納されている他の武器も大体同じ感じである。


「直せそうですか?」

「『赤き鉄の打ち手』の種族たるドワーフを見くびるでないぞい。大きなからくりの製造技術は『大空洞』の奴らには敵わんが、こと鍛造技術に関して言えば、この世界でワシら『奈落』のドワーフの右に出る者はおらん」


 おじさんが自信に満ちた顔で笑った。

 神匠級の鍛冶師系フェローがいれば、その技能(アーツ)を駆使しものの十分で打ち直してくれるだろうが絶対的な数が少ない。そんな状況の中、間違いなく直せると豪語する彼の存在は心強かった。交渉は成立し、そのまま彼に剣のことを任せることにした。

 剣を表裏と何度もひっくり返し、傷の様子を確認している。彼のグリフォンとの一戦だけで酷く傷ついた刀身。そこに浮かぶ炎の紋様も所々が霞んでいる。


「それにしてもこの剣の痛み方……無数の刃毀れに、術式回路の断絶……ヒビキ坊お前さん……」


 剣を一通り確認した後、神妙な面持ちで僕に向き直った。

 深い彫りの中にある眼窩に埋め込まれた黒い瞳。鉄を打つことを生業とし、数多の槌を金床に打ち付けてその生を育んできた職人の眼だった。


 そんな武人とは違う、しかしどこか似通った達人の瞳が見開かれて――。


「剣の扱い下手じゃのー!?」


 盛大にディスられた。


「えぇ……」

「菜切り包丁を鬼人の馬鹿力で振り回してもこんな痛み方はせんぞい。そもそも剣の振り方を知らないと言うか、まるで力に任せて棒切れのようにぶん回したような、そんな毀れ方じゃ、これ」


 やばいわーと笑いながらおじさんが膝を叩く。


「そこの嬢ちゃんも剣を持って来るがそりゃあ綺麗もんよ。硬いクォーツ共を何千と斬ったと言うのに刃毀れひとつない。まぁ、使ってる鉄がワシの眼を以ってしても見当つかんヤツじゃから、そのせいもあるかもしれんがなぁ!」


 そりゃあ、僕の剣は伝説級で、彼女の剣はさらに高ランクの神話級だし。

 『三分間の福音』でカンストした馬鹿力で、思いっきり件のグリフォンに叩きつけたのだからちょっとの刃毀れくらいいいじゃないか、と自己弁護してみる。


「えへへ……あの、コツ教えましょうか?」

 すごい良い笑顔で僕の顔をユネが覗き込んで来た。

「……ユネの説明って『えいやー!』とか『そりゃー!』ばっかりだからいらない」


「あ、ちょっとふて腐れてる……」


 いつの間にか隣からいなくなったまかろんは、工房に置かれた金床ややっとこ(・・・・)をいじくり回し、別の職人に羽交い絞めにされていた。


「それじゃあ修理の方、お願いします。代金は言い値でシェリーさんにつけておいてください」

「おう、任された。硬いクォーツ共でもバターのように切り裂ける程、鋭く鍛え直してやるから期待して待っておれ」


 そう笑うおじさんに頭を下げ、僕達は地下工房を後にした。





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