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電気羊の異世界プロトコル  作者: みかぜー
第一章 軍神は二度目覚める
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第二話  『病室の眠り姫』



 僕達が病室に到着して告げられた言葉は予想を裏切るものだった。

 それは悪い意味で。


「まだ目が覚めないんですか?」

「そうなのよぉ。お医者様が言うにはMRI検査での異常も無ければ、脳波の異常も無いって言うし……もちろん外傷も」


 僕の言葉におばさん――りっちゃんのお母さんは、頬に手を当て困ったように首を傾げている。


 病室は清潔感溢れる白を基調としていたが、木目調に統一された多機能ベッドや棚などが配置され、無機質ではない温かみのある空間が実現されていた。ベッドの脇には、足の具合があまり良くないりっちゃんがいつも使っている杖が置かれていた。日帰り入院のはずだったのに、ハイグレードの個室を用意するとは、やっぱり綾瀬さんのお家はお金持ちだと思う。


 当のりっちゃんと言えば、病院着に包まれた身体をベッドに横たえてぐうぐうと寝ている。人工呼吸器のような大仰なものは着けておらず、ただ点滴のケーブルが腕から延びていた。

 ちなみに身体自体の線はとても細いのだが、腕だけはそんなに細くは無い。『足で出来ないことは手でできるようにすればいいの!』と小さい頃から豪語していたりっちゃんの超絶握力は、りんごなんぞ容易に握り潰す。


 濃い亜麻色のセミロングの髪。普段はお嬢様結び――りっちゃん曰くハーフアップという髪型らしい、は解かれている。普段は爛々と輝いているお嬢様らしくない瞳は、今は瞼の奥にあった。


 りっちゃんの寝顔を見るのは、EGFの中でのことを除けは本当に久しぶりだ。


「鈴子ってば、今回は一体何をそんなに頑張ったのかしらねぇ……」

「おばさんも知らないんすか?」


 まーくんの問いに、おばさんが頷く。


「私が昨日のお昼に出張から帰ってきたときはもうこの状態だったの。いつものことだから様子を見て、夕方に起こそうとしたんだけれど……」


 起きる様子が無いので、念のため病院に運び込んだとのことだ。いつものことなので、大きな心配はしていなさそうだったが、それでも少しだけ不安そうにベッドの上のりっちゃんに目をやる。


「りっちゃんとは、三日前の夜に少しだけVRチャットをしました。朝起きた時には、接続ステータスは『退席中』になってたので、少なくとも五十時間は眠り続けていることになりますね……」


 りっちゃんのVRデバイスはベッド脇のサイドチェストの上に置かれていた。昨日の夕方までステータスは『退席中』だったので、検査のため外されたのだろう。

 VRデバイスを通して僕の視界に表示された、りっちゃんの接続状態はもちろん『オフライン』。使用者がVRデバイスを装着していない、またはネットワーク接続していないことを示すステータスだ。


「五十時間って最長記録じゃないかしら。もうすぐ二十歳になるのに、本当にお寝坊さんねぇ」


 のほほんとおばさんが苦笑する。本当にりっちゃんとは正反対の人である。普段は外資系の化粧品会社でバリバリと営業をやっている御仁には到底見えない。


「お医者様も医学上では『昏睡』ではなく『睡眠』に極めて近いって仰るし、もう一日様子を見て起きないようだったら、別の手段を考えることにするわ」


 それが良いと思います、と僕とまーくんは頷いた。


「響ちゃん、まーくん。わざわざ、お見舞いに来てくれたのにごめんなさい。鈴子が起きたら、またお夕食ご馳走させてね」

「行く行く! 絶対に行くっす! たんぱく質、つまり肉多めでっ!!」

「まーくん、病院だからしーっ」


 綾瀬さん家の食事は美味しい。美味しいと言うか豪華だ。なんとか海老とかなんとか牛とかが、さもスーパーの特売日で買ったかのように惜しげもなく食卓に並ぶ。

 二十歳にもなって食べ盛りを公言するまーくんを僕は慌てて制した。


「やっぱり男の子は良いわね。主人も鈴子も小食だから、作り甲斐があるわぁ」

「りっちゃんが起きたら連絡ください。ケーキでも持ってお見舞いに来ますから。りっちゃん、起きるといつも甘いもの欲しがるし」


 そうおばさんに言い残して、僕はまーくんの背中を押して退室する。

 最新型のリニア式のドアは音も無く横にスライドすると、病院特有のどこか酸っぱい――消毒液の臭いがかすかに鼻を突いた。


 もう一度病室を振り返ると、にこにこと手を振るおばさんと、相変わらずベッドに身体を横たえて眠るりっちゃんの姿。

 りっちゃんの頬は相変わらず健康的な血色を示しており、何かの病気だとはまるで思えない。きっと一両日中には意識を取り戻して、またいつものように僕たちを引っ張りまわすのだろう。


 あと二週間もすれば長い長い夏休みだ。今回のことは、夏休み前の充電期間としてちょうど良いかも知れないな、と思いながら病室を後にした。






 ――その時僕は気付かなかった。


 サイドチェストに置かれていた、りっちゃんのVRマシンのLEDインジケータが点滅していたことに。


 そして、そのインジケータが『VRネットワーク接続中』を意味する発光パターンを示していたことに。





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