08 蒼櫻の幻影
「設楽さんは、いかがですか?」
喋るのが苦手だ。台本をくれれば、一言一句違わず言える自身があるのに。
「そうですね、僕は・・・今までこんなに大きく前へ出ることがほとんどなかったので、正直いろいろと不安で仕方なかったですが・・・豊田さんと、回りの方のおかげで、本当に良い作品に仕上がったと思います。NGも大分出しちゃいましたけど、とっても楽しかったですね。」
バラエティのレギュラーメンバー達が、商売用の笑顔でそれを聞いている。女性アナウンサーが何か言っている。だが、今日の枠は長くて十五分。あまり喋ることはないだろう。そもそも、メインが豊田さんなのだから、ほとんど彼に任せておけばよい。アナウンサーと豊田さんは、相変わらず何かで盛り上がっている。聞いているふりをして頷いたり、その場に合わせて笑ったりしているが、思考が完全にとまったみたいだ。しばらくした頃、いきなり話を振られた。
「設楽さんはどうですか?映画の・・・藤原時春中将と鶯姫のような身分差の恋愛って、出来ると思いますか?」
時春は主人公、鶯姫はヒロインだ。周囲からの非難の目から逃れつつ、燃えるような恋をし、最終的には鶯姫の身分が内親王であったことが判明し、目出度く結ばれる、というオチだ。
「さあ・・・現代に身分なんてありませんからねえ。でも本当にそんな二人がいるなら、出来る出来ないは別として、やっぱり結ばれてほしいですね。」
一番端に座っている白髪頭の男性が、同感ですね、と呟いた。
「ところで設楽さんは、時春中将のように恋してる人っているんですか?」
女性アナウンサーの振りに、設楽は考えが回らなくなった。
「え、いないと言うと、嘘になりますけど・・・。」
口ごもる。目の前に、姿が浮かぶようだ。まずい、生放送中だぞ、今。
「ええーっ、いるんですか!?まさか、付き合っちゃってたりとか?」
なんという甲高い声だろう。スタッフが苦笑している。
「まさか・・・もう三八回フられてますよ。」
言ってしまってから、ああ言わない方が良かった、と思った。生放送はきっと事務所の社長も見ているだろうから、きっと後でお呼び出しか電話がかかるに違いない。
幸いそろそろ時間も押しているので、それ以上の追求はなかった。その女性が羨ましいですね、などと言った後、アナウンサーは宣伝に移るよう促した。その後は社交辞令的な宣伝をし、言うことは全て終わった。再びコマーシャルを挟む間に、セットから退場する。この間、記憶が無い。噛まずに宣伝出来たのだろうか。セットから降り、暗い舞台袖へ歩いて行った。
「お疲れ様。」
豊田の言葉にも、ぼうっとしたままの頭で返事した。適当に言葉を交わし、豊田はレギュラーで番組を持つラジオ局へ向かうため、早々に去って行った。
舞台袖でマネージャーが待っていた。
「設楽君、まずいんじゃないかな。」
「ですよね・・・。ああ、何で言っちゃったんだろ。」
手を組んで背筋を伸ばした。午前中はこの後写真の撮影しかないといっても、移動しなければならない。少々時間が掛かる。
「さっき社長から電話があったよ。すぐに事務所に来てほしいって。」
やはり、この距離なら呼び出しか。
「でもまあ、言っちゃったものは仕方ないよ。済んだことを考えたって仕方ないんだし、これからどうするか考えた方がいい。」
高橋さんの根っからのポジティブさには、いつも助けられている。確かにそうだ、と納得した。一度口をついて出た言葉は戻ってはこない。
「この後撮影まではちょっと時間ある予定だったけど、事務所に寄るからもう出た方がいいね。」
他にどうしようもないので、素直に従った。




