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不幸の天才、至福の凡人  作者: 沖津 奏
第1章 Green clover
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07 花吹雪

 天気の良い週末になるだろう。土曜日の朝、設楽はテレビ局に行くため、早起きして支度をしていた。レースのカーテンの隙間から、外が見える。東の空は、縁が薄黄色く染まっていく最中だ。雲は見当たらない。

 玄関のベルが鳴った。マネージャーの高橋さんだ。三十代半ばとまだ若いのに、面倒見のいい人で、細身の長身だ。グレーのスーツがよく似合う。最近目が悪くなったのか、眼鏡をかけていることもある。顔見知りのスタッフに、お若いのにもう老眼ですか、などと冷やかされている。

「おはようございます。」

「おはようございます、設楽君。もう車は下に停めてあるよ。ちょっと早いけど、行く?」

「うん、そうする。」

 いつものシルバーの乗用車に乗り、まだ起きていない街を走った。道中、スケジュールの確認をした。生放送を取り終えたら、午前中は雑誌用の写真を撮るだけだが、午後いっぱいはドラマの撮影が入っている。毎週放送の刑事ドラマだ。視聴率もそこそこで、メインキャストには、何度か共演したことのある人もいる。台本がきちんと頭に入っているか心配だ。そろそろ明るくなってきたのに、まだ灯りのともっている街灯が頭上を過ぎて行った。


「おはよう。早いね。」

 既に放送の始まっているスタジオの横で、設楽に後ろから青年が話しかけた。設楽よりも六つ年上で、今若者に大人気のロックバンドのギタリストだ。今回の映画で、主役を務めた。気さくな人で、撮影中にとても仲良くなった。

「おはようございます、豊田さんこそ早いじゃないですか。」

「いや、こういうバラエティに一人で出るのは初めてでね。いつになく早く目が覚めてしまって。優輝君は慣れてる?」

 設楽は本名には「基」という字があててあるが、こちらでは「輝」という字を使っている。

「出る時は一人のことが多いですけれど、そもそもバラエティにそんな出ないので。僕も今、割と緊張してますよ。」

 二人が笑いながら話していると、後ろからスタッフが声をかけた。

「もうすぐCМ入るんで、その間にセットに入って下さい。」

 了承の返事を返したところで、もうそのコマーシャルは始まっているようだった。二人はバラエティのメンバーに挨拶をすると、新しく用意された椅子に座った。時間が短く感じられる。

 合図があって、画面が再び切り変わる。

「さあ、本日はこちらにゲストの二人をお迎えしています!」

 アナウンサーだという女性の、朝にも関わらずよく通る声。カメラに合わせてスタッフが動く。

「明日公開の映画、『しだれ桜』のメインキャストのお二人、主演の豊田マサキさん、」

 豊田が会釈した。

「そして設楽優輝さんのお二人です。」

 設楽も会釈した。おはようございます、と挨拶を交わす。なんだか首がぎこちなく動く気がしてならない。

「いよいよ明日公開、ということですが、どうですか。撮影を終えられて、今の心境は。」

「今でもたまに思うんですけど・・・僕みたいなのに主役が務まるのかなって。」

 豊田が笑顔で返す。設楽はそれを聞いてはいたが、頭を素通りしていくみたいだ。


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