05 黄色い灯り
ぼうっとしていると時間が経つのが早い。台本を眺めたまま、気づいたら時計の長針が大きく動いていた。それに合わせたように、ベルが再び鳴った。台本を元の場所に戻し、玄関へ向かった。
返事をしてドアを開く。驚いた。
「父さんも帰ってきたから、今からご飯よ。」
ひとみが立っていた。きっと、さとみが来るだろうと思っていたのに。思わず口角が上がるのを抑えながら、今行く、とだけ返事をした。一応外へ出るのだから、と靴を履いている間も、ひとみはドアの外で待っていた。
「別に待ってなくても行くよ。すぐ隣なんだし。」
笑いながら言うと、これくらいいいじゃん、と、素っ気ないが優しい返事が返ってきた。ドアを閉め、念のために鍵を掛けておく。ひとみは西川家のドアを開けて、設楽の動作を眺めていた。設楽はありがとう、と声をかけ、歩いて行った。
「お邪魔します。」
どうしてだろう、使われている照明は同じ色、同じ明るさなのに、西川家の方が明るく、暖かく感じられる。足元に目をやると、三人分の靴が並んでいた。
「優君、いらっしゃい。もう焼き始めてるからね。ひとみも、早く手を洗って来て。」
設楽は若干戸惑いながらも靴を脱ぎ、ありがとうございます、と返事をした。靴を揃えていると、後ろでひとみが待っているのに気付いた。いつもの何気ない視線の裏に、ぐずぐずしないでよ、という闇があるような気がしてならない。
洗面所からダイニングへ向かうと、西川一家がそろっていた。夫妻に軽く会釈する。ご主人は既にビールに酔っているようで、少し赤いにこやかな顔だった。その横でさとみが、先輩早く、と促している。
「いつもすみません。」
「いいのよ、優君はうちの息子みたいなもんじゃない。」
西川夫人が笑った。確かに西川家のダイニングの椅子は、家族の人数分よりも一つ多い。特別に頼んだわけではないが、皿や茶碗、箸やコップまで、きちんと用意してある。
「そうだぞ、会社ではいつも自慢の種さ。今度の映画―『しだれ桜』か。女子社員の騒ぐことといったら。」
西川夫妻には申し訳ないが、褒められるのは苦手だ。だから、こんなふうに言われると、いつも口ごもってしまう。
「ほらほら、焼けたとこから食べてって。」
夫人がせかす。口をそろえていただきますを言った後、とりあえずお茶を口にした設楽の横で、さとみが満面の笑みでホットプレートの上を狙っている。
その後は、他愛もない話ばかりだった。家族団欒、というのだろうか。本当に家族のような人達だ。
「ちょっと、それ、私が狙ってたのに!」
ひとみが箸先を開いたまま、冗談めかしてすねている風に言った。目は笑っている。
「なんだよ、そっちこそ、さっき俺が狙ってたのとっただろ!」
こんな時、どう呼びかければいいのか分からない。「ひとみ」では西川夫妻の目の前で失礼だし、「ひとみちゃん」では何だかもどかしい。かといって「西川さん」はよそよそしすぎるし、そもそもここにいる自分を除いた全員が西川さんなのだから、皆が振り返ってしまう。
「ああもう、まだあるんだから。」
西川夫人が笑いながら、呆れたように言った。ご主人は完全に酔いが回ったようで、さっきからキャベツばかり食べている。
明るい時間は、一瞬で去った。
「ごちそうさまでした、美味しかったです。」
西川一家は笑顔で見送ってくれた。三○三号室へ戻る途中、閉じたドアのカギをかける音が暗闇に響いた。設楽はそちらを振り向いて、しばし静寂に耳を澄ました。電車の走る音、クラクションの音。ズボンのポケットから鍵を出し、自宅へ入った。
西川家にいるのは楽しくて好きだが、あの場所にいると、一人になった時に、かえって静けさが堪える。設楽は電気の消えたまま、暗い室内を進んだ。窓まで行き、閉じきったカーテンを開けた。本当はそれだけのつもりだったが、今日はどうやら満月のようで、外がやたらと明るい。気がつけば窓を開け、ベランダに出ていた。




