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不幸の天才、至福の凡人  作者: 沖津 奏
第4章 Nostalgic clover
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 未成年なのと明日も早くからロケがあるのを理由に、打ち上げをパスしてホテルに行った。するとそこには遅い夕食をとる西川一家の姿があった。終わるのが遅いし、どうせ夏休みだ。日帰りではつらいので、泊まることにしたのだろう。しかし、同じホテルだったのか。

「優君!」

 ご主人に抱きしめられた。続いて夫人に。心臓が熱くなる。

「・・・ありがとう。」

 二人は声を詰まらせ、それ以上何も喋れないようだ。

「いえ・・・来て下さってありがとうございます。・・・あれが僕の精一杯です。」

 全く、口下手なのが嫌になる。

 さとみと目が合った。ニコッと笑われ、曖昧に微笑んだ。さとみが後ろをちらりと見遣る。その視線を追った。レストランの奥の方に、笹井と小森、浜原、それに松田と山野、あと二人同級生の女子がいた。

「お前ら・・・。」

 七人中三人は設楽が招いた。

「びっくりした?」

 松田がにっと笑う。

「ああ・・・来てくれてたのか。」

「うん。『NONTITLE』、いい曲だろ?」

 ん?「だろ?」って。何で?

「あれ、俺らが作ったんだ。」

「え・・・。」

「正確には俺らがベース作って、OCEANSが手を加えた。」

 OCEANSが?

「お前が入院してる間さ、杉田さんが会いに来てくれて。いや、マジでビビったけど。お前のために曲が欲しい・・・設楽を一番よく知ってる俺らの力を借りたいって。いやー、プロってすげえな。いろいろ勉強になった。」

「あれ、歌詞は俺と笹井と浜原なんだ。」

 山野が自慢げに言う。笹井は照れたようにそっぽを向いた。そうか、あのデモテープの声は、松田。

 山野が呟いた。

「『NONTITLE』ね・・・。本当、お前らしいよ。」

 松田と山野には協力してくれたお礼として、OCEANSからチケットが送られてきたのだという。あとの女子二人は、たまたまチケットが当たったらしい。

「ホテルの部屋もみきちゃんと部屋一緒にできるから・・・。」

 ねー、と小森達は三人で笑っている。

 笹井が近づいてきて、素っ気なく言った。

「良かったよ。・・・お前で。」

 設楽は目を見開いた。

「うん・・・ありがとう。」

 涙は出ない。晴れやかだった。疲れもとんだ。

「いい友達だね。」

 設楽の後ろで高橋が微笑んだ。

「でしょう?俺の宝物です。」



 以前と同じ日常が戻った。雑誌に騒がれることもなくなり、仕事も忙しい。結局あの歌はコンサートのDVDからはカットされ、CD化もしないことになった。一度きりだった。けど、きっと届いた。満足だった。あの歌を歌ってから、気持ちに整理がついた。周りからは、何か男らしくなったね、とか、大人になったとか言われる。ちっともそんな気はしないのだけれども。

 ひとみのはめていた、サンギェから貰ったブレスレットは、かなり迷ったがさとみに渡した。さとみは笑顔で受け取ってくれた。

 ひとみとよく似ているのだけれど、どこか違う。短く切った髪のせいばかりではない。その笑顔に、設楽も笑顔で返した。


 人を愛するのが怖くなるかと思っていたけれど。

「ずっと・・・愛してる。君のことが、好きだ・・・。」

 虚空に向けて呟いた。空の青が眩しい。雨上がりの冷たい風が頬を撫でた。

 少し離れた場所に、撮影用のセットがある。やっと雨が上がった草地でスタッフが忙しく働いている。

 右手を頭上へ伸ばし、白い太陽ごと風を掴んだ。

 演じることは、得意だ。

 脱力して握った手を開くと、テーブルに放り出していた台本を掴み、戻っていった。



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