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不幸の天才、至福の凡人  作者: 沖津 奏
第4章 Nostalgic clover
42/44

42 a prayer

 ステージには、足元に白いドライアイスの雲があった。青白いスポットライトが当たる。割れるような歓声の中、息を整え、まずは適当に挨拶した。一呼吸おいて続けた。この間に、メンバーが配置につく。小平達は、自らバックダンサーに志願した。

「・・・皆知ってると思うけど・・・俺は、今年の六月に事故に遭いました。」

 今日の衣装も設楽の傷痕を隠すために長袖になった。

「その時一緒にいたのは、俺の一番大切な人でした。・・・守るって言ったし、事故に遭った時も大丈夫だって言いました。でも、俺は嘘をついた・・・。」

 そこから暫く言葉が出なかった。何度も練習したのに。客席にはただ静寂があった。何千人もいるホールが静まり返っている。異様な光景だ。

「今から俺は一人のために歌います。でも、皆にもちゃんと聴いててほしい。きっと、それぞれに意味のある歌になると思う・・・。だから、この歌は、『NONTITLE』。」

 設楽がそう言った瞬間、悲しげにバイオリンが泣き出した。弾いているのはヒロだ。聞いた話では、小さい頃に習っていたらしい。バイオリンは前奏と後奏だけなので、他の時はヒロはハモリを歌う。

 同時にスポットライトが消え、足元と頭上のライトがついた。飾り気も何もない白のライトに、九人の姿が浮かび上がる。


 とにかく必死に歌った。感謝と愛と、今の幸せを精一杯詰め込んだ。途中、「運命」という言葉がある。特別に心を込めてその四音を紡いだ。胸がキュッとした。

 設楽はただ歌っているだけだったが、体の限界を感じた。もう膝から折れそうだ。


 最後はほとんどアカペラ状態だ。ヒロがハモり、それにピアノが小さく重なる。サビで、泣いた。本気で泣いた。幸いにも声が裏返ったりはしなかった。ただ、乱れたブレスをマイクが拾い、少し喉が詰まった。

 後奏でヒロがバイオリンを奏でている間も泣いていた。左腕で涙を拭った。涙の跡がひんやりとした。

 静寂の中、バイオリンの音が余韻を残して途絶えた。暫くしんとしたまま、それからわっと割れるような拍手が起きた。

 その後は記憶が無い。ただ、出待ちのお客さんが何人か、泣きながら感動しました、と言ってくれた。たしかOCEANSのメンバーは笑いながら、全部持ってかれちゃったな、と言っていた。


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