表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不幸の天才、至福の凡人  作者: 沖津 奏
第1章 Green clover
4/44

04 黒い砂時計

 午後六時に正門が閉まるので、それまでに下校しなければ先生達に捕まってしまい、そうなると、部活が出来なくなる、というペナルティがつく。冬と違い、六時でもまだ明るい。オレンジとも桃色ともつかない、この朱色の空が好きだ。

 自宅は、学校から自転車で十分もかからないマンションだ。荷物を肩にかけ、コンクリートの階段を上がっていく。エレベーターもあるのだが、止まった瞬間のふわっとする感じがどうも苦手で、必要でなければなるべく階段を使っている。

 三階の突き当たりから三番目のドア。三○三号室の鍵穴に、鍵を差し込む。確かな手ごたえで、鍵が開いたのが分かる。

 ドアを開け、入ってすぐの所にある電機のスイッチを押した。うす暗い室内が、一気に明るくなる。靴を脱いで、端に寄せた。無言のまま、手を洗い、部屋へ向かった。各部屋は引き戸で仕切られている。その引き戸を開け、静かに荷物を降ろした。部屋の電気を付け、背の低い棚の方へ歩み寄る。上には、写真立てが置いてあり、破れた写真が入っている。

「ただいま。」

 語りかけた写真には、笑顔で写っている髪の長い女性、がっしりとした体つきの男性、それから二つに髪を結った、三歳くらいの少女が並んでいる。一番左端は丁寧に破かれているが、あと一人分はありそうなスペースだ。

 家族は、いない。十二年前の事故で、生き残ったのは自分一人だった。それからは親戚のもとで過ごしたが、どうも折り合いが悪く、中学に進学した時、自分で稼ぐことを条件に家を出た。もともと雑誌などのモデルとして知られていたので、いくらかコネやツテはあった。加えて幸いにも、というのだろうか。この隣の三○二号室は、幼馴染の西川家だ。何かと面倒を見てもらっている。自分のマネージャーを呼んだっていいのだが、彼には彼の生活がある。それを奪ってまで誰かと居ようなどと思ったことはない。

 着替えてから、キッチンへ向かった。何を作ろうか、と考えながら手を洗う。その時、玄関のベルが鳴った。こんな時間に。誰だろう。

「はい・・・。」

 チェーンロックをしたまま、ドアを開いた。

「設楽先輩。」

「さとみちゃん。どうしたの?」

 ドアの前に立っていたのは、西川ひとみの妹だった。髪型は姉そっくりで、長い髪を二つに分けて結っている。性格は姉よりもおてんばだ。吹奏楽部の後輩でもある。

「夕食、まだでしたら御一緒しませんかって、母が。なんでも、スーパーでいいお肉が手に入ってたくさん買ったから、焼き肉にしようって。」

「ああ、助かる。今、夕飯何にしようか悩んでたんだ。お邪魔でなければ、是非。」

「良かった。じゃあ、父が帰って来た頃にまた呼びに来ますね。姉もその頃には塾から帰ってきますから。」

 言い返す間もなく、さとみは去って行った。

 ああ、ちょっと気まずいかも。いくら日常化しているとはいえ、今日またフられたばっかりなのに。どんな顔して行けばいいんだ。

 ぐだぐだと考えるのを諦め、さっさと弁当箱を洗った。ひとみの父親が返ってくるのは、いつも七時半頃だ。あと一時間程ある。学校では、各教科で特別に指示がなければ、基本的に宿題はない。どうも勉強する気は起こらず、次のドラマの台本を手にした。その下から、以前撮った映画の台本が出てきた。来週の日曜日に公開される時代劇で、平安時代が舞台だ。高貴な貴族の男が身分の低い姫君相手に恋をするという、ありがちなラブストーリーだ。その映画では、主人公の弟という設定で出演した。なかなかいい役どころで、ポスターのキャスト欄にも名前を入れてもらえた。そのせいか、近頃少し仕事が増えた。喜ばしいことだが、スケジュールはいっぱいだ。公開前日の朝には、テレビ局まで行って、生放送のバラエティで宣伝しなければならない。

 ドラマの台本の、最後の方をめくっていくが、頭に入ってこない。字が目の前を通り過ぎて行く。今まで主演を務めたことはないが、脇役でもセリフはなかなか量がある。今週末に撮影する分はもうほとんど覚えてしまったから、後はこの数ページなのだけれど、なぜか頭を素通りしていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ