39 時計の針
アップテンポの曲がかかる中、四人が鏡に向かってダンス練習をしている。FLAGのメンバーだ。四人とも汗びっしょりになっている。
「お疲れー、だいぶいいよ。あとちょっとしかないけど、皆頼んだよ。」
杉田はとても嬉しそうだ。
「ああ、設楽君は残っといてね。」
小平が設楽の傍に来た。
「練習?」
「ええ。」
設楽は四人の中て一番年下だった。
「聴いてってもいいかな。」
「えっ、僕の歌ですか?」
「うん、だって、すごい上手いって聞いたし、本番多分なんやかんやでまともに聞けないし。DVDとかCD収録もないんでしょ?」
「そうだぞ、ヒロ顔負けだもんな。」
杉田が笑う。ヒロがムッとして笑いながら杉田へ反論する。
「俺の方がプロだもんね。・・・でも、曲を知らない人に聴いてもらうのも大切だよ。本番は何千人もいるんだからな。」
設楽達は防音室に行った。耳元でバイオリンソロが始まる。すっと息を吸い、歌い出した。とてもしっとりと優しい声。悲しげな影。小平は脈拍が上昇するのを感じた。何だこれ、やべえ。クーラーのせいではない。鳥肌がさあっとたった。歌っている設楽は見たことのない物憂げな表情だ。流し目でこちらを見た。どきっとした。
「お疲れー、休憩しようか。」
杉田とヒロのスパルタ指導に、設楽がため息をついて小平の隣に座った。
「すごいね、設楽君。」
「いえ・・・ド素人ですから。」
小平が静かに言った。
「雑誌でかなり騒がれてたよ。君に彼女がいたって。」
「そう・・・ですか。」
入院していた間、高橋は本当に大変だと言っていた。
「その子のために歌うんでしょう?」
「ええ・・・でも、思い切れなくて。」
「思い切るって?」
「いつまでも悩んでても・・・ひとみはそんなの望む子じゃないし。」
設楽は俯いた。
「さよならを言いたいの?」
黙ったままだ。
「・・・無理にさ、さよならを言う必要はないと思うよ。」
「え?」
小平は微笑んだ。
「俺は・・・兄貴を事故で亡くしてるんだ。」
知らなかった。
「あの時俺まだ中二で・・・売れる前のことだった。俺ブラコンでさ・・・兄貴大好きだったんだ。本当に辛かった。けど、無理矢理振り切って前に進むしかないんだと思ってた。時間が経って分かったよ。忘れなくていい。ずっと囚われてても、それはそれでいい。ただ、時間は嫌でも進むんだ。なぜかそれが凄く悔しくてね。それでも兄貴のことを思って必死にしがみついて生きてた。そのうちいろんなことを知って・・・世の中にはもっと辛い奴がいっぱいいた。俺は人を失う辛さも怖さも知ってたから・・・何か助けになればいいと思った。そうやってきて・・・いろんな人に出会って・・・けど、俺は兄貴との思い出を捨てようとか忘れようとか思わない。むしろ、辛くなったら思い出してる。君にとって・・・この歌はレクイエムじゃないんだろう?」
こくんと頷く。
「別れでもないよね。」
再び頷く。
「ひとみに・・・聴かせたい。」
心臓の鼓動が聞こえた気がした。歌いたい。
マイクの前に立った。静かなメロディーに合わせ、歌い出す。杉田とヒロ、スタッフも驚いた。歌い終わってヒロが呟いた。
「スゲエ・・・今までで一番素敵だ。」
皆賛同した。設楽は微笑んだ。
「ねえ、俺も歌いたい!」
小平が元気よく手を挙げた。
「歌詞はさっきので覚えたからさー。」
「おおっ、さっすが名俳優!」
ところが。
「うおああ、小平、やめろおお!」
「俺の繊細な耳がイカレたらどーする!?」
「機材イったんじゃねーの!」
「設楽、後で口直しに歌えよ!」
小平はノリノリで歌い続けている。
「絶世の音痴だな・・・。」
杉田がげっそりと呟いた。




