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不幸の天才、至福の凡人  作者: 沖津 奏
第4章 Nostalgic clover
39/44

39 時計の針

 アップテンポの曲がかかる中、四人が鏡に向かってダンス練習をしている。FLAGのメンバーだ。四人とも汗びっしょりになっている。

「お疲れー、だいぶいいよ。あとちょっとしかないけど、皆頼んだよ。」

 杉田はとても嬉しそうだ。

「ああ、設楽君は残っといてね。」

 小平が設楽の傍に来た。

「練習?」

「ええ。」

 設楽は四人の中て一番年下だった。

「聴いてってもいいかな。」

「えっ、僕の歌ですか?」

「うん、だって、すごい上手いって聞いたし、本番多分なんやかんやでまともに聞けないし。DVDとかCD収録もないんでしょ?」

「そうだぞ、ヒロ顔負けだもんな。」

 杉田が笑う。ヒロがムッとして笑いながら杉田へ反論する。

「俺の方がプロだもんね。・・・でも、曲を知らない人に聴いてもらうのも大切だよ。本番は何千人もいるんだからな。」

 設楽達は防音室に行った。耳元でバイオリンソロが始まる。すっと息を吸い、歌い出した。とてもしっとりと優しい声。悲しげな影。小平は脈拍が上昇するのを感じた。何だこれ、やべえ。クーラーのせいではない。鳥肌がさあっとたった。歌っている設楽は見たことのない物憂げな表情だ。流し目でこちらを見た。どきっとした。


「お疲れー、休憩しようか。」

 杉田とヒロのスパルタ指導に、設楽がため息をついて小平の隣に座った。

「すごいね、設楽君。」

「いえ・・・ド素人ですから。」

 小平が静かに言った。

「雑誌でかなり騒がれてたよ。君に彼女がいたって。」

「そう・・・ですか。」

 入院していた間、高橋は本当に大変だと言っていた。

「その子のために歌うんでしょう?」

「ええ・・・でも、思い切れなくて。」

「思い切るって?」

「いつまでも悩んでても・・・ひとみはそんなの望む子じゃないし。」

 設楽は俯いた。

「さよならを言いたいの?」

 黙ったままだ。

「・・・無理にさ、さよならを言う必要はないと思うよ。」

「え?」

 小平は微笑んだ。

「俺は・・・兄貴を事故で亡くしてるんだ。」

 知らなかった。

「あの時俺まだ中二で・・・売れる前のことだった。俺ブラコンでさ・・・兄貴大好きだったんだ。本当に辛かった。けど、無理矢理振り切って前に進むしかないんだと思ってた。時間が経って分かったよ。忘れなくていい。ずっと囚われてても、それはそれでいい。ただ、時間は嫌でも進むんだ。なぜかそれが凄く悔しくてね。それでも兄貴のことを思って必死にしがみついて生きてた。そのうちいろんなことを知って・・・世の中にはもっと辛い奴がいっぱいいた。俺は人を失う辛さも怖さも知ってたから・・・何か助けになればいいと思った。そうやってきて・・・いろんな人に出会って・・・けど、俺は兄貴との思い出を捨てようとか忘れようとか思わない。むしろ、辛くなったら思い出してる。君にとって・・・この歌はレクイエムじゃないんだろう?」

 こくんと頷く。

「別れでもないよね。」

 再び頷く。

「ひとみに・・・聴かせたい。」

 心臓の鼓動が聞こえた気がした。歌いたい。

 マイクの前に立った。静かなメロディーに合わせ、歌い出す。杉田とヒロ、スタッフも驚いた。歌い終わってヒロが呟いた。

「スゲエ・・・今までで一番素敵だ。」

 皆賛同した。設楽は微笑んだ。

「ねえ、俺も歌いたい!」

 小平が元気よく手を挙げた。

「歌詞はさっきので覚えたからさー。」

「おおっ、さっすが名俳優!」


 ところが。


「うおああ、小平、やめろおお!」

「俺の繊細な耳がイカレたらどーする!?」

「機材イったんじゃねーの!」

「設楽、後で口直しに歌えよ!」

 小平はノリノリで歌い続けている。

「絶世の音痴だな・・・。」

 杉田がげっそりと呟いた。


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