35 絶望再び
久しぶりに学校へ行くと、皆の安堵が感じられた。文化祭で学校がばれてしまったせいで、毎日のように大勢の人が来るらしい。担任は胃薬を持っていた。
「設楽、もう学校来て平気なのか?」
「設楽君、大丈夫?」
聞こえる声の中、人のいない席があった。涙がこぼれた。皆が沈黙に戸惑っている。
「うん、大丈夫だ。」
涙を跡形もなく拭い、笑顔で振り返った。皆は安心した様子だが、足が震えた。
一週間が経った。相変わらず雑誌に騒がれ、疲れてきた。休む場所がほしい。高橋は事故の後、対応に追われて疲労で体調を崩したらしい。今は風邪が治りかけだと言っていた。
教室を見回しても、姿がない。放課後になっても、空席のまま。窓の外に夕日が見えた。いつか一緒に見たのと同じ色。同じ風。なのに、ひとみがどこにもいない。視界がぼやけ、めまいがした。
「設楽、てめぇっ。」
笹井の声がして、突然殴られた。とっさのことに避けきれず、そのまま倒れ込んだ。周りが悲鳴を上げる。口を切ったか。鉄の味が広がる。
「いって・・・。何すんだ!」
「お前、いつまでそうやって悲劇の主人公気取ってるつもりだ!」
「俺が・・・気取ってるだとお?」
笹井は睨むような目をした。
「そうだ、西川がいなくなって悲しいのはお前だけじゃないんだよ!」
「・・・分かってる。」
設楽は少し目を逸らした。
「分かってない!お前一人の西川じゃねえぞ!なのにお前ときたらいつまでもうじうじ泣きやがって!俺だったら・・・俺だったら、ひとみを悲しませたりしなかった!」
告白に、全員が黙った。
「何・・・だと・・・。」
設楽が声を絞り出す。
「はは・・・誰も知らなかっただろうな・・・。そうだよ、俺はひとみのことがずっと好きだった。だけど、お前ら二人には特別幸せになってほしかった。だから俺は全然構わなかった。辛くも悲しくもなかった。むしろ嬉しかったんだ。なのに・・・なのに、ちくしょう!何だよ、お前は!こんなクズみてえな奴と付き合ってたのかよ、ひとみは!あーあ、これならさっさとひとみを俺のものにしとくんだった。俺なら・・・絶対にひとみを悲しませたりしなかった。」
設楽は手をきつく握った。お前なんかに――。
「お前なんかに、分かってたまるかあああっ。」
手応えがあった。笹井が口元を押さえて倒れている。
目を向け、こちらを睨んだ。ふらつきながらも立ち上がる。
「やっぱ設楽、てめぇじゃひとみに不釣り合いだ!」
拳を構えて殴り掛かってくる。
「うるせえ!」
設楽も狙いを定めた。その時。
「やめて!」
小森が二人の間に飛び込んで、笹井に抱きついた。驚いた設楽と笹井は、つんのめりそうになりながらも拳をおさめた。小森の涙声が聞こえた。
「私は知ってたよ、笹井君がひぃちゃんのこと好きだったって。でももうやめてよ。ひぃちゃんは二人にケンカしてほしいって言ったの?」
設楽と笹井は目を逸らした。
「もうやめて・・・。」
皆が驚きを隠せない。あのおとなしい少女が、こんな大胆なことをするなんて。
「小森・・・。」
笹井が小森の肩に手を回した。その瞬間、設楽は一気に頭が熱くなった。
ああ、そうだ。いつだってお前らは。
「お前らに何が分かんだよ・・・。」
皆が設楽を振り向いた。
「お前らはいつだってそうだ・・・。」
ゆっくりと息を吸って、震える声で怒鳴った。
「俺はいつまで演じ続ければいい!?」
涙を残して教室を飛び出た。俺が俺でいられたのは、あいつの隣でだけだった。ただ一人・・・。
「ちょっと俺、行ってくるわ。」
静まり返った中、そう言ったのは浜原だった。
「本当にやばくなったら、松田に電話するからさ。そしたら誰か来てよ。」
松田が頷くのを見ると、浜原は教室を出て行った。




