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不幸の天才、至福の凡人  作者: 沖津 奏
第3章 Dear my clover
32/44

32 暗転

 帰り道、ランドセルを背負ったまま、少年は駅にいた。懐かしい道を駆けていく。一軒の家の前に来た。少しくすんだベージュの壁があるはずだった。だが、まだ新しく白い壁に、大きな窓。紺色の瓦。窓には白いレースのカーテンが半分視界を遮り、そこから見えたのは見知らぬ人々だった。

 また場面が変わった。

 少年は暗い部屋にいた。一人ぼっちだ。

「母さん・・・?」

 静けさが耳に痛い。

「父さん・・・めい・・・。」

 半泣きの声で呼びかける。明るい方から大人の声がした。少しほっとしてそちらを覗く。

「そうよ・・・うちだって家族養うだけでも精一杯なのよ。」

 少年の顔がひきつる。

「あんな子、モデルでもやって稼いでもらわなきゃ、とっくに追い出してるわよ。」




「―――っ。」

 目を開けた。重力に従って涙がこぼれ落ちる。荒い呼吸を整えようとした。だが、息苦しい。自分が呼吸器をつけているのに気づいた。ベッドに寝かされている。枕元ではよく分からない機械が動いていた。それ以外は、白い部屋は静かだ。その時、ドアか開いた。白衣の男性が入って来た。

「あ・・・気づいたかい?」

「あの・・・何なんですか。」

 男性は近づいてきて、少し考えてから言った。

「君、事故に遭ったんだよ。」

「事故?」

「ちょうど警察の方もいらっしゃってるけど・・・会うかい?」 思考の働かない頭でこくんと頷いた。医者らしき男性はドアへ向かい、制服姿の警察官を二人招き入れた。

「君が・・・設楽君?」

「はい・・・あの、事故って一体、」

 言いかけた途中で目の端に、花瓶に飾ってあるアジサイが映った。スライドのように記憶が蘇る。暗い空、雨、突っ込んでくるトラック。アスファルトに落ちる傘。そして、ひとみ。

「ああああああっ。」

 一瞬びくんと痙攣し、叫んだ。警察官は慌てて立ち上がる。医者が慣れたようにそれを制し、設楽の肩に触れた。落ち着いて、と何度も言う。はあはあと獣のような自分の息遣いが響いた。

「すみません・・・もう、大丈夫です。」

 冷や汗が出た。

「あの、ひとみは・・・!」

 年配の警察官が目を閉じた。ゆっくりと口を動かす。最初、上手く聞き取れなかった。


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