32 暗転
帰り道、ランドセルを背負ったまま、少年は駅にいた。懐かしい道を駆けていく。一軒の家の前に来た。少しくすんだベージュの壁があるはずだった。だが、まだ新しく白い壁に、大きな窓。紺色の瓦。窓には白いレースのカーテンが半分視界を遮り、そこから見えたのは見知らぬ人々だった。
また場面が変わった。
少年は暗い部屋にいた。一人ぼっちだ。
「母さん・・・?」
静けさが耳に痛い。
「父さん・・・めい・・・。」
半泣きの声で呼びかける。明るい方から大人の声がした。少しほっとしてそちらを覗く。
「そうよ・・・うちだって家族養うだけでも精一杯なのよ。」
少年の顔がひきつる。
「あんな子、モデルでもやって稼いでもらわなきゃ、とっくに追い出してるわよ。」
「―――っ。」
目を開けた。重力に従って涙がこぼれ落ちる。荒い呼吸を整えようとした。だが、息苦しい。自分が呼吸器をつけているのに気づいた。ベッドに寝かされている。枕元ではよく分からない機械が動いていた。それ以外は、白い部屋は静かだ。その時、ドアか開いた。白衣の男性が入って来た。
「あ・・・気づいたかい?」
「あの・・・何なんですか。」
男性は近づいてきて、少し考えてから言った。
「君、事故に遭ったんだよ。」
「事故?」
「ちょうど警察の方もいらっしゃってるけど・・・会うかい?」 思考の働かない頭でこくんと頷いた。医者らしき男性はドアへ向かい、制服姿の警察官を二人招き入れた。
「君が・・・設楽君?」
「はい・・・あの、事故って一体、」
言いかけた途中で目の端に、花瓶に飾ってあるアジサイが映った。スライドのように記憶が蘇る。暗い空、雨、突っ込んでくるトラック。アスファルトに落ちる傘。そして、ひとみ。
「ああああああっ。」
一瞬びくんと痙攣し、叫んだ。警察官は慌てて立ち上がる。医者が慣れたようにそれを制し、設楽の肩に触れた。落ち着いて、と何度も言う。はあはあと獣のような自分の息遣いが響いた。
「すみません・・・もう、大丈夫です。」
冷や汗が出た。
「あの、ひとみは・・・!」
年配の警察官が目を閉じた。ゆっくりと口を動かす。最初、上手く聞き取れなかった。




