30 クローバー
バラが咲いている。クラス替えもして、新学年が始まってひと月が経った。幸運なことに、今年もまたひとみと同じクラスだ。今は六年生は有志で体育祭の応援団を結成している。設楽やひとみ達吹奏楽部員は、体育祭の音楽係という仕事があるので、応援団は出来ない。
まだ半袖では少し涼しいが、夕日が暑い。グラウンドと校舎の間の土手にはクローバーが繁っていた。土曜日の部活練習を終え、設楽とひとみがそこでぼうっとしていた。そうしていながらも、今度の演奏会について、思い出したように話している。いきなりひとみがすっと手を伸ばした。
「どうしたの。」
ひとみの手にはクローバーがあった。
「四つ葉・・・。」
葉の枚数を数えるようにくるりと一回転させた。ふふ、いいことあるかもね、と笑う。設楽はそのクローバーを見ていたが、口を開いた。
「俺さ・・・思うんだけどね。大抵生えてるのは三つ葉だよね。いっぱいあるくせに―だからこそ、と言うべきかな―見向きもされない。ひきかえ四つ葉はちょっとしかない。大勢の三つ葉の中に紛れてるのに、見つかるとちぎられるんだよね。『幸せの象徴』とか言って。」
ひとみは黙って聞いている。
「でもさ、四つ葉にしてみれば・・・三つ葉の方が羨ましいんじゃないかな。」
「・・・どういうこと?」
ここで設楽は一呼吸おいた。
「四つ葉は『幸せの象徴』としてちぎられるより、もっと地に根をはって、泥だらけになっても、三つ葉みたいに生きたかったんじゃないかって・・・。そっちの方が、幸せだったんじゃないかな。」
ひとみはクローバーを見つめていたが、鞄を開けて読みかけの文庫本を取り出すと、その間に挟んだ。
「人間も一緒だと思うんだ。」
その声は、鞄のチャックを閉める音に重なった。ひとみは聞き返したが、設楽は笑って何でもない、と答えた。
ひとみに答えを教える代わりに、そっとキスした。




