27 秋の北風
だんだんと冷え込む日が続く。朝、いつも通り学校へ行った。
「ひとみ?」
何かがいつもとは違う。気のせいか?ひとみは何も言わず、お喋りの輪から抜け、教室を出て行った。伏し目がちな表情が気になる。
「何かあったの?」
お喋りを続けている女子達に聞いた。笹井はさっきからこちらを睨むような目で見ている。女子達は顔を見合わせていたが、昨日発売の雑誌を一つ取り出し、パラパラとページをめくった。そして、気まずそうに設楽に渡した。
「これ・・・。」
見開きのページは、平井えみのインタビューだった。写真がたくさん載っている。
「・・・は?何だよ、これ。」
掲載されている中の一枚の写真。いつだったか、平井の相談事に付き合ってカフェに入った時の写真。鼓動が速くなる。所々飛ばしながら読んでいく。何なんだ、これ。『恋愛の方も好調で。』。何だと?頭の中が整理できない。立ち尽くす設楽に笹井が寄って来た。
「お前・・・どういうつもりなんだよ。」
笹井の声にはっとした。そうだ、ぼうっとしている場合じゃない。
ひとみの出て行った方へ駆けていく。意外にもひとみは階段横の掲示板前にいた。委員会のことで浜原と何か話している。浜原が先に設楽に気づいた。
「ひとみ!」
ひとみはビクッとして体をこちらに向け、それから俯いた。
「別れてもいいよ、別に・・・他の人がいいなら。」
「何言ってんだよ、あんなのガセに決まってんだろ!」
たがひとみは聞く耳持たずといったふうで、またどこかへ行ってしまった。
「くそっ。」
ポケットから仕事用の携帯を取り出し、高橋に電話した。コール音が二、三回あって、相手が出た。
「もしもし、設楽君?ちょうど良かった・・・週刊『WAVE』の中に、」
「もう見た!何あれ?どういうこと?」
高橋が電話に出てほっとした。またひとみを探したが、どこにいるのかも分からない。
「平井さんの方もこんなこと言ってないって、さっき連絡がきて・・・。」
「じゃああれは捏造ってこと?」
「そのはずなんだけど、出版社の方が認めてなくてね。」
その時、担任がやって来た。仕方なく設楽は電話を切った。
結局その日は誤解が解けなかった。笹井や他の生徒からは白い目で見られる。一日中イライラとしていた。やっぱ人間なんて信用ならない。けど、ひとみにどうしても信じてほしかった。エゴか?だが、とても怖かった。
そして、失うかもしれない、という恐怖に三日もびくびくしていた。
四日目の朝、学校で高橋から電話が入った。ため息をつきたい気分で受話スイッチを押した。
「はい・・・何なんです、朝っぱらから。」
「設楽君、単刀直入に言うね。週刊『WAVE』が捏造を認めたよ!」
ぼうっとした頭が一気に覚醒する。
「え、それ、本当。」
「うん、今事務所の方に連絡があって・・・。」
目の端にひとみが映った。目があった瞬間、ひとみはまた逃げようとした。だが、設楽の方が速かった。腕を掴み、ひとみを教室の後ろの壁に押さえ付ける。
「離して!」
皆が何事かと見ている。構わない。
「高橋さん、今のもっかい言って!」
抵抗するひとみを押さえ付けながら大声で言う。電話の向こうで高橋が混乱している。
「早く!」
設楽はそれだけ言うと、携帯をひとみの耳に押し当てた。高橋がどう言ったのかは分からないが、ひとみは暴れなくなった。驚いた目をしている。少しして設楽は携帯の電源ボタンを押し、ひとみの腕を離した。
「こんなことしないと・・・俺、信じてもらえないの?」
その時、携帯が鳴った。
「設楽君、どうしたの!?いきなり電話切れて・・・。」
「え?あれ?電話切った?すみません・・・。」
教室中がしんとしている中、設楽の声が響く。
「ああ、はい。もちろんです。・・・俺にはちゃんと付き合ってる人がいるんですよ。」
今日の放課後に行きますと言って、今度はきちんと電話を切った。再びひとみに向き直る。
「ありがと・・・。」
ひとみが小さく呟いた。
「ったく・・・俺の方がびっくりしたよ。いきなり別れてもいいなんて・・・。俺ってそんなにどうでもいいの?」
「違うよ!大切に決まってるでしょ!」
二人は皆が見ていることを忘れているようだ。ひとみは照れたように俯いた。
「大切だから・・・大切な人には、誰よりも幸せになって欲しいでしょ?別の人がいいなら、私はいいから・・・設楽君がそれでいいなら、私は十分だから・・・。」
とぎれとぎれに聞こえる言葉に、設楽はふっと笑った。
「馬鹿だなあ。俺はお前がいいんだよ。・・・もし本当にそう思ってるならさ、ほら。笑ってよ。」
ひとみは顔を上げ、微笑んだ。目尻に涙が集まる。設楽は目を細め、ひとみの額にキスした。だが、ひとみが先に現実に引き戻された。
「ちょ、ちょっと待って!ここ教室――。」
言い終えないうちに、教室の前方から声がした。
「何やってんのお前ら・・・。」
皆が一斉に振り向いた。三十代半ばの担任が唖然としている。
「うーん、とりあえず・・・設楽と西川、お前ら二人揃って昼休みにでも数学科に来なさい。」
設楽はしまった、と思った。いつも撮影の時なんか大勢の人がいるのが当然すぎて、人前でキスするのも抵抗がなかった。ひとみはなんて思ったろう。
「先生ー、何も聞かない方がいいと思いまーす。」
設楽の前の席の男子が言った。担任が眼鏡を押し上げてこちらを向く。
「あ?何で?」
「だって最終的にはのろけ話になるから――、ってえ!」
設楽が顔を赤くしてその生徒の背中をバシッと叩いた。教室中から笑いがこぼれた。




