22 交錯
「どうしたの?」
彼女は暫くもじもじしていたが、詰まりながらも唇を動かした。
「帰らないで。」
無理な願いだ。当然彼女も分かっているのだろう、暗くても瞳が潤んでいるのが分かる。
「好きなの、あなたのことが。」
ルシュナは俯いた。広場から、サンギェがこちらを伺っている。
「ありがとう。」
設楽はやっと覚えた部族の言葉で言った。ルシュナがぱっと顔を上げる。設楽は今度は英語で続けた。
「でも、ごめんね。」
ルシュナは小さく、いいの、分かってた、と呟いた。設楽は心の底から、ごめん、と繰り返した。それに―。
「それに、君の一番は俺じゃない。」
広場の賑やかさがこだまする。戻ろう、と言うと、彼女は黙って従った。少し元気のないルシュナを見て、サンギェが設楽を睨んだ。
夜、村が寝静まった頃。設楽ははっと目を覚ました。
「声を出すな。」
サンギェの声だ。弓を体にかけ、手に小刀を持っている。
「ついて来い。」
サンギェは森の中へ入って行った。獣の遠吠えが聞こえる。一体どこまで行くき。だいぶ歩いた。サンギェが立ち止まる。少し開けた所だ。まばらに立つ大木が大岩を囲んでいる。月明かりに目を凝らすと、何か見えた。
「骨・・・?」
「そうだ。」
サンギェが答える。
「ここは、裁きの場。罪を犯した者は、ここで死ぬこともある。」
「死ぬ・・・?おい、どういうつもりだ。」
振り返ったサンギェは、弓矢を構えていた。体が固くなる。
「サンギェ・・・!」
「余所者め!お前はガジュナの巫女をたぶらかそうとした!」
ガジュナとは彼らの祭る神の名だ。だが、巫女とは何のことか。ふと脳裏に赤いマチェを思い出した。
「ルシュナ・・・か?」
サンギェが目を細めた。どうやら正解らしい。
「ても、たぶらかそうなんてそんな・・・。だいたい俺は日本に好きなやつがいて、」
「うるさい!巫女はシャハールにガジュナの言葉を告げる者だ。お前のせいで心が曇ったらどうしてくれる!」
ああ、それで。サンギェはルシュナを気にかけていたのか。いや、それよりも、純粋に惚れていると言った方がいいみたいだ。
「ちょっと落ち着け、サンギェ。」
一歩近寄った。だが、サンギェはかなり興奮している。
「来るな!」
矢が手から離れた。危うく避けた矢は、固い音を立てて木に刺さった。森がざわめく。設楽は青ざめた。避けなかったら、胸に刺さっていた。話をしようにも、サンギェは聞く耳を持たない。こんな濡れ衣で。殺されては堪らない。
「俺でなく、ガジュナが裁きを下すんだ。」
その時、後ろで小枝の折れる音がした。光る目が二つ。
「ガジュナの遣いはお前か・・・。」
ハイエナのように見える。一瞬時が止まったかと思うと、それは一気に走り出した。
「あ!」
設楽を無視して、サンギェに襲い掛かった。
「ガジュナっ!なぜ!」
サンギェの叫び声が聞こえた。神の遣いを傷付けることは出来ないのだろう。サンギェは戸惑っていた。だが、獣は再び狙いを定める。
「サンギェ!」
獣が飛び掛かるより早く、設楽はサンギェを突き飛ばした。だが。
「ええええっ!」




