21 紫の空
四日目の夕方、設楽は水汲みからルシュナと帰ると、いつものように夕飯の手伝いをした。最後の夜だから、と村人が大勢やって来る。お祭りのような雰囲気だ。貴重な食べ物を出して、皆でご馳走をつくる。狩ってきた動物の肉もあった。ルシュナの母は、焼く準備をしている。
陽が傾きかけている。森の間に、眩しくオレンジの光が見える。太陽が、日本のよりも大きい気がする。北東の空は紺色だ。村人はどんどん集まる。今日はどうやら村の広場で食べるらしい。設楽は改めて人々を見た。よく日焼けした肌、汚れてはいるが大切にされている日用品。健康的で、不便な生活にも関わらず笑みの絶えない瞳。最初の日に靴を脱いでからは設楽はずっと裸足だったが、それでもまだ、自分達が異質に見えた。シャツのボタンに手をかけ、シャツを脱いだ。気温が高いので何とも思わない。村の長老に、お前は村の一員だ、といって貰った木の実でできたネックレスが音を立てて揺れた。高橋が慌ててシャツを受け取る。思えばこの人も気の毒だ。俺のためにわざわざアフリカまで来て。
設楽はその格好のまま広場へ戻った。村の男達と同じ格好をすると、壁が崩れたように思えた。男達は歓迎して、身につけていた枯れ草のアクセサリーをくれた。ちょうど大鍋を運んで今いたルシュナは、目が合うと焦ってそっぽを向いた。
火が大きく焚かれ、人々がその周りに集まった。歌い、踊り、料理が出される。時間の流れを感じないが、たしかに時が経っていく。空を見上げた。びっくりした。絵に描いたような、紫の黄昏。西の空の縁は名残のオレンジに滲んでいる。一番星が瞬いていた。
スタッフが空の映る見晴らしのいい所を見つけ、設楽は村人の輪から抜け、近くの木の根に腰掛けた。カメラの用意をする間、何を喋るかを打ち合わせる。
刻一刻と暗くなる中、カメラに向かって一通りを喋った。再び空を見た。言葉が自然に口をついて出た。自然の法則に従ってこぼれていく。
「世界はこんなに美しいのに・・・どうしてなんだろう。」
何が。誰が。分からない。けれど、それで伝わると思った。地球は丸い。西の空の、ずっと向こうにひとみがいる。何をしているのだろう。何も分からないけれど、たしかに今、同じ瞬間、同じ空間に存在している。初めて思った。全力で守りたい。君を守るために、俺は何が出来るだろう。胸がじんとする。
カメラはその姿を、紫の空以外全てがシルエットになるよう映していた。
撮り終わって、再び広場に戻った。森の中に自生する木の実のジュースを差し出された。日本と違って、水は簡単には手に入らない。飲み水は特に貴重だ。水臭くていかにも植物っぽい味の薄い果汁だが、それすらも美味しく思える。マメと鳥を一緒に塩茹でしただけのスープも、きっと日本では美味しくない。
辺りが闇に包まれる中、火はますます明るい。カメラを回していたスタッフも撮るのをやめ、輪に加わった。少しして、ルシュナが設楽について来て、と囁いた。二人が立ち上がると通訳がついて来ようとしたが、ルシュナの顔を見て、設楽が制した。
森の中、まだちらちらと火が見える場所でルシュナが立ち止まった。じっと設楽を見つめる。彼女の目の中に煌めく星を見つけ、設楽は顔がほてり、心拍数が上がるのを感じた。




