20 空の下
アフリカの空はどこまでも高く、突き抜けるような青だ。舗装されていない石だらけの道を、車が大きく揺れながら進む。飛行機で一日、車で一日半。時折弾む車の中で、少し酔いそうな心地で乾ききった緑の草を見た。
村に着いたのは、三日目の昼。村長―この部族の言葉で、シャハールと言うらしい―は、白髪の老人で、ゴツゴツした手で設楽と握手した。村人の生活取材ということで、一般家庭に泊まることになった。設楽と同じくらいの年齢の二人の娘、ルシュナとニーナ、彼女らの両親と祖母のいる五人家族だ。西川家ではよく食事をとるが、そこで生活することはない。少々不安だ。家族って、どんな生活をするものだっけ?
マルグゼ家に荷物を置きに行く際、一人の少年に睨まれた。設楽と同じくらいの年齢、背格好。彼はサンギェ・トゥールという名で、次期村長らしい。この村では狩りの一番上手い者が村長になるのだそうだ。すらっと背が高く、黒く日に焼けた肌、頭には白い布切れを巻いて結び目から残りは垂らしている。前から見るとカチューシャのようだ。目はとても鋭い。
ここでは女性は皆、鮮やかな布を体に巻いている。男性は汚れたズボンを履いているだけだが、草や木の実や鳥の羽で出来たアクセサリーを身につけている。その中には、たまにプラスチックのビーズも混じっていた。
ルシュナの水汲みについて行く途中、設楽は彼女をまじまじと見た。黒い肌に薄い緑の服が映える。黒い髪は、ひとみと同じく二つにくくられている。額には部族の慣習で、マチェといって、皆と同じく塗料で小さな模様が描いてある。他の者は白いが、ルシュナのだけは赤だ。足は裸足だった。ここは小石が多い。設楽は急に立ち止まった。ルシュナが驚いて振り返る。大きな黒い目がひとみのそれと被った。無言のまま、設楽は靴を脱いで裸足になった。靴を手に持ち、驚いたままのルシュナに微笑み、英語で行こう、と言った。商業用として、この村は英語を使うのだという。ルシュナは微笑み返し、道を指差して、あの向こうに川がある、と言った。黒い木の実で出来たブレスレットが、かちゃかちゃと音を立てる。
村を出て一時間は歩いた。浅い川が、村の命の水だという。ルシュナはプラスチックの大きな容器三つにいっぱいに水を汲んだ。フタを閉め、紐付きの一つを肩からかけ、もう二つを手に持った。設楽は慌ててルシュナを呼び止め、手の二つを奪い取った。スタッフは基本的に手だしは出来ない。撮影の邪魔だから、と設楽の靴を受け取ったくらいだ。通訳も今は村に残って取材している。手伝うから、と呟くと、ルシュナは嬉しそうにした。この道のりを、毎日二回もやって来る。村は井戸を掘ろうにも良い水脈がないらしい。水道がなければずっとこのままだ。気温が高いうえに、水は重い。普段こんな力仕事はしないので、早くも体が痛い。村に戻った頃には、喋るのもおっくうだったくらいだ。
「えっ・・・設楽君、アフリカ!?」
ひとみは自分の声が裏返ったのに気づいた。
「そうよ、十日は戻れないって。」
西川夫人が夕食の準備でテーブルを拭きながら答える。
「大変よねえ、仕事とはいえ。電気も水道もない所に五日もいるんですって。」
電気も?ああ、だったら連絡をとるのは無理だろう。にしても、一言くらい言ってから行けばいいのに。メールだってなかった。なのに、十日も?私なんてどうでもいいってこと?不安で堪らない。息苦しくなってくる。一気に食欲が失せた。
部屋に戻ると、静かに椅子に座った。無意識に地図帳を開く。アフリカって言ったって、広いんだから。少しイラッとした。土色が広がり、わずかに緑で塗られている。窓の外を見た。大気がオレンジに染まっていく。夕日が鮮やかに彩る。空は繋がっているのに―。どこにいるんだろう?




