16 飛んで火に入る
一歩下がった所に、花壇がある。ここには花ではなく、背の低い木が植えられ、刈り込まれている。流れるような動作で一歩退き、新芽の枝を一つ摘み取る。ゆっくりと右回りで振り向く。相手に近づき、髪留めにひっかける。本当は、白い小さな花のついた枝だった。そのまま右足を半歩ほど後ろへ引き、左手を差し出し、屈んだ。次のセリフはこうだ。
「許してくれますか。」
相手はこう答える。
「永遠に。」
そして手をとる。暫く間があって、わっと拍手が起こった。設楽は何が起きたか飲み込めずにいた。
「この野郎、今度何か奢れーっ。」
「設楽ー、何だよ今のクサイ演技は!」 友人が次々に絡み付いてくる。目を上げると、時岡と目が合った。見れば、アルトサックスを持っている。時岡だけではない。六年生は、皆自分の楽器を持っていた。あのBGMは彼らだったのだ。おそらく合わせたのもさっきが初めてだ。
「先輩・・・。」
「設楽君、どうだった?俺達からの最後のプレゼント。」
「いや、本当に・・・あの・・・。」
涙声に自分で驚いた。
「ははっ、時岡が昼にすげえこと思いついた、なんて言うから。」
「ああ、時岡が音感あって良かった。昼に手書きの楽譜渡されてさあ。一発で合わせるからって。」
「いろいろ・・・すみません。」 六年生は笑いあっている。
「いいのいいの、おかげで面白いもの見せてもらったし。」
「ああ、良かったな、設楽。こっからも頑張れよ。」
興奮覚めやらぬまま、一人、また一人と帰途についた。
設楽はひとみと並んで歩いて帰った。さとみは、同じマンションの同級生と少し離れた後ろを歩いている。
「あの・・・ありがとう。」
切り出したのはひとみだった。
「いや、それ俺のセリフだ。」
暫く黙って歩いた。後ろからの話し声だけが夜空に吸い込まれる。
「あのさ、俺、本当は知ってたんだ。」
「何を?」
設楽は空を見上げた。星がせわしなくまたたいている。
「五月初め頃に、三八回目に言った日の晩。ベランダで電話したろ?」
「さあ・・・覚えてない。」
ひとみは首を捻った。
「あの時誰かに言ってた。俺のことが、その・・・好きだって。」
ひとみは思い出した。たしか、笹井との会話だ。
「一つ聞きたい。何で、三九回も断ったの?」
「それは・・・。」
目を逸らした。
「それは?」
「笑わないでね・・・小さい頃に、お祖母ちゃんがこう言ったの。大きくなって、四〇回以上お前のことを好きだと言ってくれる奴じゃないと、一緒にいるなって。」
「・・・は?」
設楽はびっくりした。本当に?
「それだけ?」
「・・・悪い?」
ひとみが突っ掛かるように言った。ムキになっている。そういえば、西川のお祖母ちゃんは、占い師もどきのようなことをやっていた。だが、良い悪いではなく・・・。
「四〇回なんて、んな無茶な・・・。」
「でも、設楽君言ってくれたじゃない!」
たしかに。俺は馬鹿みたいに、四〇回も好きだと言い続けた。あまりのことに、ため息が出そうだ。
「じゃあ、確認するけどさ。」