13 森の狼
「設楽先輩、めっちゃ緊張するんですけどぉ、どうしたらいいっすか。」
楽譜を抱えたまま、ぽっちゃんが隣に座った。
「中川・・・どうしたらって、」
言いかけて電話が鳴った。仕事用の携帯だ。
「あれ、先輩、携帯変えました?」
後輩の声を無視して電話に出た。高橋の名が表示されている。何があったのだろう。
「設楽君?今、お昼休憩中だよね?」
「そうだけど・・・何かあったの?」
「いやー、豊田さんにねー・・・あ、マサキさんね。今日設楽君が演奏会あるって、つるっと口が滑ってね、言っちゃったんだよ。」
「はあ・・・それで?」
「うん、そしたら、今から差し入れ持ってメンバーで行く―、なんて・・・。ドッキリにするつもりらしいけど、設楽君に迷惑になるといけないから、連絡しちゃった。」
「はあ!?今から!?」
「でも、近いしそろそろ・・・。」
高橋が言い終えないうちに、廊下から悲鳴のような女子の甲高い叫び声がした。こちらへ来る。
開きっぱなしの楽屋のドアから、ロックバンド『OCEANS』のメンバーが顔を見せた。五人全員いた。
「やっほー、元気?」
能天気な挨拶。
「ちょっ・・・『元気?』じゃないですよ!何なんですか!」
女子が取り囲んでいるメンバーに近づいていく。
「びっくりした?」
「普通びっくりしますよ・・・。」
豊田がクッキーの箱を二つ、差し出した。
「差し入れだよ。皆で食べて下さい。一人二つしかないけど。」
「ああ・・・どうも。」
後ろから、ありがとうございます、と口々に聞こえる。
「いやー、本当は生で見たかったけど、夕方から仕事が入っててね。」
「ちょうど良かったですね。」
設楽がにっこりと笑うと、メンバーはまたそんなこと言っちゃってえ、と笑い返す。
OCEANSのボーカルが、集まった人々を見回して言った。
「結構人数いるんだね。」
「OBもいますから・・・。」
「男女比も同じくらいなんだね。楽しそう。」
この人は歌も上手く、顔もいいのに、ナンパ癖がある。設楽は嫌な予感がした。
「可愛い娘もいるし。」
そう言ってみる先には、五年生の女子が何人か集まっている。設楽はひとみが隠れるように立った。
「ナンパするなら帰って下さい。」
「はは、冗談、冗談。俺は年上好みだからっ。」
他のメンバーは慣れたように笑っている、
「さあ、ヒロ。行こうぜ。運転手が待ちくたびれてる。」
「じゃあね、設楽君。今度のドラマもよろしくね。」
豊田達は手を振って去って行った。たちまち女子が設楽の回りに群がる。
「えーっ、先輩、OCEANSと仲いいんですかあ?」
「初めて本物見ちゃったよー!」
「サイン欲しかったー!」
「先輩今度何のドラマするんですか?」
設楽は耳が痛くなった。
「西川っ。こいつら、何とかしてくれ。」
「ごめん無理。」
ひとみはくすっと笑った。だが、作り笑いであることはすぐ分かる。簡単に目を逸らされた。設楽はむやみに掴んでくる手を解き、興奮の冷めない女子の輪から何とか抜け出し、ひとみの方へ行った。
「どうした?何かあったか?」
「別に・・・。そういえば、笹井君と木村君が探してたよ。」
「笹井と木村・・・?あっ、いっけね。」
お茶を頼んでおいたのを忘れていた。きっとこの人だかりに入るのが嫌で、地下のロビーにでもいるのだろう。設楽はひとみを気にかけながら、地下へ向かった。ひとみはそんな視線にも気づかず、どこかへ行ってしまった。