千年樹
一度投稿したのですが、間違えて削除してしまったので再投稿しました。初めて、書いたので、文章が変な所もあると思いますが、読んでみて下さい。
−千年樹−
それは、深緑の葉を付け、千年に一度、10月6日に、光輝く美しい黄金の実を実らせる。そして、その実を食べた16歳の娘の願い事を、一つだけ叶えるという不思議な力を持つ樹。ある一族に、代々、内々に受け継がれてきた。
その一族の名は、…御厨家。そして、今年、千年に一度の特別な日がやってくる。
「ねぇ、麻美。来週の日曜、暇?久しぶりにカラオケ行かない?」
「ん、ダメなんだよね。来週は…なんか、代々伝わる木の実がなるから本家に行かないといけないんだ」
残念そうに首を振りながら、麻美は答えた。首を振る度に、肩上で揃えた髪が頬撫でる。
「はっ?何それ?」
珈琲片手に、親友の香奈が、目を丸くする。その反応は、頷ける。
麻美自身、親から聞いた時
(なんだそれ?)
と思った。
日曜のお昼の為、ハンバーガーショップは、若者でいっぱいだ。皆、思い思いに、話しに花を咲かせている。二人の話しを聞いている者は、いない。ただ、一人を除いては…
「千年に一度、実がなるらしいんだけど…その日が、ちょうど来週の日曜、10月6日」
ハンバーガーを頬張りながら、麻美が話す。
後ろの席の少女がキラリと目を光らせた。どうやら、二人の話を聞いている一人とは、この少女のようだ。
「で、なんで、麻美がいないといけないの?」
「その実を16歳の娘が食べると願い事が叶う…らしい。今年、親族の中に、16歳って、私しかいないんだって」
香奈はうつむいて、プルプルと肩を震わせている。
下を向いてしまっているので、ここからは、表情がみえない。
突然、黙り込んでしまったので、心配になって、声をかける。
「香奈…?」
「……ぷっ…な、何、それ…そんな…迷信みたいの信じてるの?…ブハッー」
必死で笑いを堪えていたが、最後には吹き出し堰を切ったように笑い出す。
どうやら、笑いを堪えていただけのようである。
「そんなの信じてるわけないじゃん。信じてるのは、年寄りだけ…そんな笑わなくても…」
ツボに入ったのか、お腹を抱えて笑っている。
「…ご、ごめん…」
笑い過ぎて、ハァハァと息を切らしながら謝った。
「本家が、うるさいから、とりあえず、行けって、親が言うからさ…まぁ、行ったら、お小遣いくれるって言うしー」
ガタリ
後ろの席の少女が立ち上がり、二人の横を通り抜ける。見たことのない制服。セーラー服だ。
普段だったら、気にも止めないのだが、何となく麻美の目に留まった。
真っ黒な長い髪を背中になびかせ、店内より出ていく。
麻美は、その姿を何気なく目で追う。
「……いいよね」
「…えっ?!何?」
笑い収まった香奈が、麻美に話しかけていた。
少女に気を取られていた麻美は、話を聞いていなかったのだ。
視線の端に少女を移しながら、香奈に視線を戻した。少女は、スカートの裾を翻し、お店から出て行く。
「だーかーらー、どうせ何も起きないだろうし、お小遣い貰えるならいいよねって、言ったの」
眉をしかめ、はっきりとした口調で香奈が言う。
「ごめん、ごめん」
今度は、麻美が両手を合わせて、拝むように謝った。
「あっ!もしかして、カッコいい人でも、いた?」
誤解をした香奈は、後ろを振り返り、麻美が見ていた方をキョロキョロと探していた。
−月曜日−
「なんか、先生、遅くない?」
前の席の香奈が、椅子に横座りをしながら、話し掛けてくる。
朝のホームルームの時間は、とっくに始まっている。
(何かあったのだろうか?)
そう思っていた時だった。教室の前のドアが開く。
香奈は、慌てて、前を向いた。
いつも通り、担任の先生が入ってくる…が、その後ろには、いつも通りでは、無い光景。セーラー服姿の少女が、続いて入って来る。漆黒の長い髪がとても綺麗だ。
(誰…?)
皆、興味津々で、少女を見つめている。少女は、教壇の前に立ち、こちらを見る。
何故だか、どこか、見覚えがある。
「突然だが、今日から、転校生が来る事になった。御厨花子さんだ」
左手で少女に挨拶を促す。
(御厨…私と同じ名字だ)
麻美は、机に頬杖を付きながら思った。
「御厨花子です。宜しくお願いします」
ペコリと頭を下げて、ゆっくりクラス中を見回す。
そして、ピタリと視線を麻美の所で止める。
目が合い、思わず、頬杖を止め背筋を正す。
(ちょっと、だらしなかったかなぁ)
「じゃあ、席は、御厨麻美の隣だ。同じ名字のよしみで、色々教えてやってくれ」
花子に続き、担任も、此方に視線を止める。
「はい」
先生に、言われて渋々頷く。
(なんで、私が…)
「高山、大杉、悪いが机を運ぶの手伝ってくれ。急だったから、用意していないんだ。御厨、少し待っててくれ」
「はい」
その場に花子を残し、先生と生徒二人は、出て行った。
香奈が、こちらを振り返り話し掛けて来る。
「名字が同じだけど、親戚か何か?」
「違うと思う」
否定したものの、見覚えがあるような気がたので、もう一度考えてみる。
(親戚、どこかで見た感じがするのは、親戚だから?…イヤ、違う。親族の集まりでも、見たことがない。見たとしても、もっと最近…それに、16歳は、私しかいないはず…だから、日曜に私が行くことになったんだもん)
右手の人差し指でこめかみをコンコンと叩きながら考える。
(やっぱり、親戚じゃない)
近くのクラスメイト達が、こちらに聞き耳を立てているのを感じた。
皆、香奈と同じ事を考えていたのかも知れない。
「そっか、御厨家なら、学校が急な転校生の受け入れをしても、納得が行くんだけどな」
呟くように香奈が言う。
御厨家は、昔からの大地主の富豪。
古いしきたりとなどを大切にする厳しい家系だが、麻美の家は、分家といっても末端なので、一般家庭と一緒。しかし、親戚の集まりには、度々呼ばれている。
この辺りの者は、誰も御厨家に逆らう事が出来ない。
皆、心の中では、煙たがっているのが分かる。
その為、麻美が御厨家の親戚だと知ると、皆離れていく。
面倒に巻き込まれるのがイヤなのだろう。
唯一、香奈だけは、普通に接してくれた。
香奈がいるから、独りにならずにすんだのだ。
ガタガタと音を立てながら、後ろのドアから、机を運びこむ。
麻美の席は、窓際の一番後ろ。その横に、もう一席作る。
「じゃあ、御厨は、この机で」
「あっ、はい。ありがとうございます」
ツカツカとこちらに向かって歩いて来る。
先生が御厨と呼ぶ度に、ドキリとする。
同じ名字が、クラスにいるのは、かなりやりづらい。
「御厨さん、宜しくお願いします」
座席に着くと花子は麻美に挨拶をし、ニコリと微笑む。
「こちらこそ、宜しく」
麻美も慌て、挨拶を返した。
「さっそくだが、授業始めるぞ」
ホームルームの始まりが、遅かった上、机を運んだりしていた為、既に一時間目が始まっている時間だ。
都合の良い事に一時間目は、担任の授業、国語だ。
「御厨、御厨に教科書を見せてやれ」
クラスで、どっと笑いが起きた。同じ名字なので、訳が分からない。
先生は、ガシガシと無造作に頭を掻き、苦笑いをして言い直す。
「麻美、花子に教科書を見せてやれ」
先生も、やりづらそうだ。
先生に言われるまま、ガタンと机を付けて、麻美は真ん中に教科書を広げた。
「ありがとう」
花子がお礼を言う。
(やっぱり、どこかで会ったような気がするんだけどなぁ…)
麻美は、思った。
一時間目、終了後、転校生、花子の周りには、人集りが出来ていた。
やはり、先程の麻美と香奈の会話を盗み聞きしていたようだ。
親戚だったら、絶対に近づく訳がない。
世話好きな女の子達が集まり、色々聞き出そうとしているようだった。
やれ、前の学校は何処だの。家は何処だのと言う会話が聞こえてくる。
質問攻めで、ちょっと可哀想だと思ったが、自分が面倒見る必要がなさそうなので、ホッとしていた。
二時間目は、理科で移動教室だ。
「香奈、そろそろ行こうか?」
「そうだね」
教科書を持ち、席を立つ。廊下に出ようとした時だった。
「御厨さん、待って。私も一緒に行く」
麻美と香奈は、足を止めた。
女の子達に囲まれていた花子が、声をかけたのだ。
その場が、シーンと一瞬静まり返る。
「大丈夫だよ、花子ちゃん。私達が案内するから」
その中の一人の女の子が邪魔をするなと言いたそうな目でこちらを睨みながら、花子に声をかける。
「いい、御厨さんと行くから…」
周りにいた女の子達は、しらけたように散って行く。
「何あれ、せっかく人が親切に教えてあげようと思ったのに。やっぱり、親戚なんじゃないの」
先程、声をかけた女の子が去り際に捨てゼリフを残して言った。
「御厨さん、行こう」
花子は、クラスメイトの冷たい言葉を気にする様子もなく促す。
かなり、神経が図太いのか、それとも鈍いのかのどちらかだ。
「う、うん」
麻美は、戸惑いながら、頷いた。
「御厨さん、いいの?」
麻美は、花子に尋ねた。
自分の名字をさん付けで、呼ぶのは、変な感じだ。
香奈が、そんな麻美の様子に気が付いたのか、ニヤニヤしている。
「うん、いいの。あーゆーの苦手だし、それに御厨さん達と仲良くなりたかったし…」
ちょっと困った顔をして花子は答え、続けて、
「名字だと呼びづらいよね、自分と同じだと。花子でいいよ。私も麻美ちゃんって呼ばせてもらっていい?」
気分を切り替えたように、笑顔で訊ねた。
麻美は、コックリと頷いた。
どうやら、花子も呼びづらかったようだ。
「えっと…」
花子は、そう言って、ニヤニヤしている香奈の方を見る。
視線で、察した香奈が答える。
「宮沢香奈。私も花ちゃんって、呼んでいい?」
「もちろんです」
人懐っこい、笑みを浮かべた。
結局、花子はあの一件以来、クラスで浮いてしまい麻美達と行動を共にする事になった。
放課後、行き付けのハンバーガーショップへ、三人は来ていた。
仲良くなった花子との親睦会の為だ。
「ここ、良く来るんだよね。安いし、おしゃべりするには、もってこいなんだ」
香奈が得意気に話す。
花子は、ニッコリ笑い言った。
「知ってるよ。昨日もいたよね」
「えっ、なんで知って……、あー」
麻美は、突然大声を上げた。
(何処で、会ったのか、やっと思い出した。昨日、ここで見かけた子だ)
店内、一斉に、こちらを注目する。
頬が、カッと赤くなる。
(は、恥ずかしい)
「何、大声出してんのよ。恥ずかしいなぁ」
香奈がすかさず突っ込みをいれる。
三人は、おとなしく席に着いた。店内の人々も、各々の世界に戻る。
胸のつかえが取れてスッキリした麻美が言う。
「花ちゃんも昨日、ここに来てたよね」
「えっ、そうなの?」
香奈が驚いた顔で、麻美の顔を見た。
「そうだよ。香奈はイケメンと勘違いしてたみたいだけど」
茶化すように言った。
「あぁ、あの時か…」
思い浮かべるように空を見上げる香奈。
「明日から、通う学校の制服だって思って見てました。まさか、同じクラスになると思わなかったけど」
クスリと花子は笑った。
「とりあえず、何か買わない?小腹、空いたぁ」
香奈が、お腹を擦りながら言う。
育ち盛り(?)の為、食欲旺盛なのである。
「そういえば、麻美ちゃん家って、偉い方がいるの?やたら、先生に親戚かって訊かれたから…」
ポテトを摘みながら、花子が質問してきた。
「家ではないけど、本家が、この辺りの地主でね。皆、逆らえないみたい」
「本家?」
「そうそう、代々続いてる古臭い家なんだけど、皆に犬猿されてて、そのせいで、この子、クラスで浮いた存在なの」
「ちょっと、香奈、本人目の前にして、普通、そんな事言わないでしょ」
「いいじゃん、別に、本当の事だし」
麻美は思った。
(こうゆう、香奈の裏表のないとこが好きだ)
「花ちゃんも、名字が同じで迷惑かけちゃったね。ごめんね」
「迷惑なんて…逆に得しちゃった。急な転入なのに、すぐ受け入れて、貰えたし。なんか、勝手に勘違いしたみたい」
香奈の言葉で、先生が、何故麻美に花子の面倒をみるように言ったのか、納得がいった。
(親戚と勘違いしてたんだ)
「そういえば、昨日も本家の話してたでしょ?」
麻美の変わりに香奈が答える。
「してた、してた。昔から、代々続いている家って、凄いよね。迷信とか信じちゃうんだもの」
昨日の話しを思い出して、香奈が笑いながら、説明する。
「千年に一度…ぷっ…実を付ける木があって、…その実を食べると…願い事が叶うとか。凄いよね」
「ちょっと、香奈、花ちゃんに、そんな事、教えなくてもいいじゃん。御厨家は、変な人の集まりと思われるじゃん」
プーッと頬を膨らまして、麻美はむくれるふりをした。
香奈と花子は笑った。
最初は、花子を面倒だと思ったが、気が合いそうだ。麻美は、ホッとした。
朝日が眩しく、照りつける。
雲、一つない晴天。
こんな日は、学校に来るのがイヤだ。何だか、損をした気分になる。
ブレザーの制服を来た生徒達が続々と校門をくぐって行く。麻美もその中の一員だ。
その中に一人、別の制服を着た生徒、花子の姿もあった。
セーラー服姿の為、かなり目立っていた。
「麻美ちゃん、おはよう」校門を越えた所で、花子に声をかけられた。
「おはよう」
麻美と花子は、二人並んで、教室へ向かう。
花子の黒髪が、朝日に反射して艶やかだ。
「麻美ちゃんの家、学校から近いの?」
「うん、近い。花ちゃん家は?」
「近いよ。近いのはいいけど、一人は、やっぱり寂しいかな」
後半は、ボソリと呟くように言う。
(一人…)
「一人暮らしなの?」
麻美は、驚いた。
「うん、両親は海外だし、おばあちゃんと一緒に住んでたんだけど、先月亡くなっちゃって、こっちに母の親戚がいるから、それで、急に転校する事になったの」
(凄いなぁ、花ちゃんは)
麻美は、花子が急に大人のように思えた。一人という事は、自由な反面、家事全般を自分でやっているという事。麻美には、とても真似出来ない。
「そうだ!明日、遊びに来て。部屋に一人は寂しくて…そしたら、今日、部屋片付けておくから」
花子は立ち止まり、麻美の瞳を食い入るように、見つめた。麻美も花子に合わせて立ち止まる。
他の生徒達が、急に止まった二人を邪魔そうに避けて通る。
「うん」
麻美が、首を縦に振る。
花子は、嬉しそうに微笑む。二人は、同時に歩き出した。
「えー、いいなー。私も行きたかったなぁ」
香奈が、お弁当の卵焼きを箸でつつきながら、残念そうな声を上げる。
今は、ランチの時間。
机をくっつけて、お弁当を広げている。
明日、花子の家に行くので、誘ったのだが、用事があって行けないのだ。
「香奈ちゃん、また次の機会に来てくれる?」
「勿論」
麻美は、既にお弁当を食べ終え、ペットボトルのお茶を一気に飲み干した。
(いい事、思い付いた)
突然、閃いて麻美が言う。
「ねぇ、今度、花ちゃん家で、お泊まり会しない?花ちゃんさえ、良ければだけど…」
「いいねー。勿論、オッケーだよね、花ちゃん」
有無を言わせない、勢いで香奈が言った。
−水曜日の放課後−
麻美と花子は、二人並んで歩く。学校から、徒歩10分の所のクリーム色の三階建てのマンション。
少々古そうだが、なかなかお洒落な建物だ。
「良さそうなマンションだね」
「うん、ちょっと古いけど、意外に住心地いいよ。此処が私の部屋」
そう言って、二階の一室に入って行く。
1LDKの狭い部屋…しかし、一人で住むには、十分な部屋だ。
室内には冷蔵庫とテレビと机。それと、まだ片付けられていない引越しの段ボールが数個置かれている。
余計な物など、何もない。女の子の部屋にしては、少々、殺風景だ。
「どうぞ、上がって」
「おじゃまします」
靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
花子に椅子に座るように、促される。
「珈琲と紅茶、どっちがいい?」
「じゃあ、珈琲で」
コトリとカップを机に置く。珈琲の美味しそうな香りが、部屋中に広がる。カップからは温かそうな湯気が立ち上がっている。
「散らかってるでしょ?まだ、引越しの片付け終わってなくって」
花子は、珈琲を片手に麻美の向かい側の椅子に腰掛けた。
「十分綺麗だよ。私の部屋、もっと凄いもん」
部屋の中は、とても静かだ。確かに、此処で一人は、かなり寂しい。
(私には、一人暮らしは無理だな)
物音一つない部屋に、一人でいる自分は、創造出来ない。
「麻美ちゃん、来週の日曜日暇?暇なら、街中を案内して貰えると助かるんだけど。まだ、何処に何があるかも分からないから…」
「ごめんね、来週は、本家に行かないと行けなくて」麻美は、申し訳なさそうに謝った。
「本家?」
「うん、この前、香奈が言ってたでしょ。願い事がって」
数秒の間−
「あぁ、ハンバーガーショップで」
花子が思い出したように言う。
「そう、それ」
麻美は、珈琲を、一口すすった。珈琲の香りとほろ苦い味が口いっぱいに広がる。
「麻美ちゃんは、もし、本当に願い事が叶うのだったら、何、お願いする?」
真っ直ぐな瞳で、こちらを見つめる。
考えた事もない。
宙を仰ぎ、ゆっくりと考えながら、答える。
「うーん、お金…地位と名誉かな…あっ、不老不死とか、いいね」
花子の肩がピクリと震える。
「駄目、不老不死なんて」
強い口調で、花子は言った。
真剣な瞳で、何だか怖い位だ。
「不老不死なんて…良い事ない。親も兄弟も友達も、そして好きな人も、皆、先にいなくなっちゃうんだよ。年を取らないから、同じ所に留まれない。友達も恋人も一時だけ…いつしか、別れが辛くて、友達も恋人も作らなくなる。…いつも一人で…永遠に一人で…」
真っ青な顔で、プルプルと震え唇を噛み締める花子。危機迫る様子…まるで、自分が経験して来た如くに…
(一体、どうしたというのだろう。そんな事、本当にあるわけないのに…)
「…花ちゃん…」
麻美は、恐る恐る声をかけた。
「…あっ…」
花子は、我に返ったようだ。一瞬、うつむき、笑顔を作る。
「ごめんね。ちょっと、どうかしてた。そんな事あるわけないのに、つい真剣になっちゃった」
(もしもの話しなのに、花ちゃん、どうしたんだろう?)
その後、花子の様子は、いつも通りだった。
日曜日、麻美は、両親と一緒に、本家に来ていた。
何だか、いつもと様子が違う。麻美達は、異様な雰囲気に気が付いていた。いつもは、沢山いるお手伝いさんが、今日は一人もいない。
屋敷内は、静まり返っていた。
黒のスーツにサングラスの屈強な男が、中庭へ案内する。三人は、黙って着いて行く。
中庭に着くと、どんよりとした曇り空に迎えられる。まるで、これから起こる事を暗示しているかのように…
「よく来てくれたね、麻美ちゃん」
本家の当主、御厨浩三言った。
浩三の後ろで、何か光輝いている。まるで、後光が差しているようだ。その光のせいで、表情が見えない。
浩三の身体で、何が光っているのかは、分からない。
「ご両親から、ここに来た理由は聞いてるね?」
「はい」
麻美はすぐに返事をした。
(何なの、一体)
浩三の異様な様子が怖かった。サッサッと済ませて、早く帰りたかった。
「それなら、話は早い」
浩三は、一歩横に移動した。眩しい光が麻美の目に飛び込んできた。思わず、目を細めた。
(何、この光…)
麻美は、光の元を見極めようと、目を凝らす。
次第に明るさに目が慣れ、うっすらと見えてきた。
麻美ぐらいの高さの細い木に深緑の葉…そして、光り輝く黄金の実…それは、林檎のような形をしている。見たことのない木に、麻美と両親は、目を見張った。
「願い事は、一族の繁栄だ。勿論、この願い事は、麻美ちゃんにも悪い物でもあるまい。御厨家の一員なのだから」
浩三は、満面の笑みを浮かべた。
浩三に促されるまま、千年樹に近づく。妖しい迄に、美しい木の実…麻美は、その実をじっと見つめた。
迷信だと思っていた。しかし、こんな実を見せられたら、つい信じてしまう。
そっと、黄金の実を手に取る。意図も簡単に、木から離れる。
それを待っていたかのように。
麻美の手の中で、光り輝き続ける。
(この実を食べて、私は無事でいられるのだろうか?願い事を叶える実…何の代償も無しに、果たして、そんな都合の良い事があるのだろうか?)
実を持つ手が自然と小刻みに震える。
「大丈夫だ、麻美ちゃん。」
麻美の考えに気が付いた浩三が言う。
「その実は、決して、君に危害を加えない。約束するよ」
「本当ですね?」
麻美の代わりに母が問う。両親も、同じ事を思っていたようだ。
「大丈夫だ」
真剣な面持ちで頷いた。
麻美は、黄金の実を口元に近付けた。
「待ちなさい」
突如、少女の声が辺りに響き渡る。
(何だか、聞き憶えが…)
そう思い、麻美は顔を上げて、声がした方へ視線を送る。
「……は、花ちゃん…」
麻美は、驚いた。
先程、自分が通ってきた中庭に続くドアから、此方に拳銃を向ける花子の姿があったのだ。
頭の中が真っ白になる。
「花…もしや、裏切り者の御厨花子か?」
「そうよ」
拳銃を浩三に向け微動だにせず、答える。
(何故、花ちゃんの名前を知ってるの)
麻美は、訳が分からない。
「二度ならず、三度目まで邪魔しに来たか。強欲な女だ。一度、望みを叶えたというのに…だが、何度来ても無駄だ。お前には、願いが叶えられない。見た目は、十六歳でも、本当は五千歳を過ぎているのだから。千年前に実証済みだろう」
(五千歳…千年前…)
「そうね。分かってるわ。だから…」
花子は、麻美の方へ銃口を動かした。
「麻美ちゃん、私の願いを叶えなさい」
足がすくんで、動けない。感情のない冷たい瞳で、こちらを見る。
浩三と花子の会話から、麻美は全てを悟った。
あの時の言葉は、全て本音という事を…
花子は、不老不死を願ったのだ。
「さぁ、私の願いを叶えて…」
血走った目で、促す。
花子は、願いを叶える為に、私に近づいたのだ。
麻美は、下唇をギュッと噛んだ。何だか、哀しかった。花子は、本気だ。もし、断れば、本気で撃つだろう。
「わかった…」
麻美は、頷きかけた。
パーン
渇いた音が鳴り響く。そして、火薬の匂い…
花子が、ゆっくり崩れていく。
まるで、ストップモーションのように、麻美は感じた。実際は、数秒の事なのだが…
花子の胸の辺りが真っ赤な血に染まる。
「よく、やった」
浩三が黒いスーツの男に声をかける。
男の手には、黒く光る拳銃が握られていた。
その銃口からは、微かな煙が立ち昇る。
麻美は、恐怖でぶるぶると震えていた。
「驚かせたね。彼は、私が雇ったボディーガードさ。彼女が来るのは、分かっていたからね」
ボディーガードの男は、倒れた花子に近づく。倒れた拍子に落とした拳銃を拾い上げた。
男は、胸から、血を流す花子を前にして、顔色一つ変えない。
「花ちゃん」
麻美は、倒れて動かない花子が心配になり、駆けよろうとした。
「大丈夫だ」
浩三が冷たく言い放つ。
「えっ?」
「彼女は不老不死なのだから」
ピクリと花子が、動きヨロリと立ち上がる。
浩三の言う通り、胸の血は、すでに止まっているようだ。
「さぁ、時間がない。願い事を」
浩三が麻美を急かした。
「麻美ちゃん、お願い…」
苦しそうに、花子は声を絞り出す。
「おい」
浩三がボディーガードに声をかけた。男は、察して、邪魔が出来ないように、花子を押さえた。
「気にする事はない。彼女は、既に願いを叶えているんだ。今度は、我々の番さ」
浩三の事は、一利ある。
(でも…)
麻美は、花子を見つめた。彼女は、何を願おうと言うのか…こんな思いをしてまで。
男に羽交い締めにされ、押さえ込まれる。声を出せぬ用、口を押さえられる。
有無を言わせない強い口調で、浩三は言った。
「さぁ、早くしなさい」
中々、食べようとしない麻美に、業を煮やした浩三は、大きな声を上げた。
手元の妖しい光を放つ黄金の実を眺め、後悔していた。
(こんな事になるのなら、来なければ良かった。何と言われようとも)
恐る恐る、黄金の実を口元へ運ぶ。
瞳を閉じて、思い切って一口、口の中に入れた。
甘酸っぱい味が下を刺激する。シャリシャリと数度噛み、ゴクリと飲み込んだ。
途端に、麻美の身体が光り出す。黄金の実のように。異変に気付いた麻美は、キョロキョロと自分の身体を見回す。そして、気付く。手元の実は、既に光りを失っている事に。
「さぁ、願いを叶えてくれ」
浩三に言われ、そっと瞳を閉じた。
瞳を閉じると、瞼の裏に、先程の花子の姿が浮かび上がる。危機迫る、彼女の瞳…あの瞳を一度、何処で見た事を…そう、花子のマンションへ行った時だ。
(あっ!)
大きく深呼吸をし、そして…願った…
麻美の身体の光りが、徐々に失われていく。数秒もしない内に光は、消えていた。
「うわー」
突然、男が声を上げた。花子を放し、大きく飛び退く。
先程までの無表情とは、うって代わっていた。
慌てて、飛び退いたせいで、サングラスが傾いている。その隙間より、驚きで、目をまんまるくしている様子がみてとれる。
麻美は、花子の方へ視線を向ける。そして、男の行動の理由を理解した。
花子の右腕がサラサラと砂のように崩れていく。
「な…」
浩三が、小さく声をあげる。麻美の両親も目を大きく見開いていた。
何が起きているのか、理解出来ないようだ。
花子自身も一瞬驚きの表情をしたが、すぐに何が起きたのか理解したようだ。
穏やかな笑みを浮かべ
「麻美ちゃん、有り難う」
ゆっくり、頭を下げた。
その間にも、花子の身体は崩れていく。
浩三も、花子の言葉で、すぐに理解し、その場にガックリと膝を落とした。
麻美は、花子の願い事に気付いたのだ。
五千年もの長い間、たった一人で生きてきた花子…
寂しくて、寂しくて…
必ず、願うはず。
安らかな死を…
麻美は、願ったのだ。
「もっと、花ちゃんと仲良くなりたかった…でも、この機会逃すと、また、千年待たなくちゃならないものね」
花子の身体は、ほとんど崩れていた、そして、残されているのは、顔だけになっていた。
麻美の言葉は、花子に届いているのだろうか?
花子の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
その涙が、地面を濡らすのと同時に、花子の姿は消えた。
「もう、寂しい思いしなくていいんだよ」
麻美は、花子がいたであろう場所をじっと見つめ続けていた。
読んでいただき有難うございました。初投稿なので、使い方分からず苦労しました。今後、色々な分野の小説に挑戦したいです。