3月11日
※作中の人物名について
すべて偽名です。私の名前はここで使っているもの。名字も同様。
かなん→上の妹がネットで使ってる名前。
桃→末の妹が生まれるときに候補に挙がった名前の1つ。
※2 これは一種の記録ですので読みづらいかもしれません。先に謝罪しておきますm(_ _)m
その日、私は珍しく早起きした。
二日前の卒業式を無事終え、前日の合格発表で友人たちと肩を抱き合った。
そしてその日、私はようやく始まった春休みの第1日目を満喫していた。
「さてと、今日から春休みだし、何して遊ぼうかな……」
午前中に溜まりに溜まっていた買い物を一気に済ませ、特にすることもなくなった私は部屋を片付けていた。食器を片づけ、部屋に掃除機をかけ、受験期間中に大変お世話になった参考書をきれいに本棚へと納めた。
家には自分ひとり。妹はまだ学校があるし、母親は普通に仕事。もう一人の妹もいつも通り保育園だ。父はというと、現在宮城県に単身赴任中。本当は一緒に行くはずだったのだが、私が高校受験のため、父一人で単身赴任してもらったのだ。
片付けを済ませてしまえばすることも特にはない。手持無沙汰になった私は適当に机の前に座ってパソコンを立ち上げていた。ちなみに私の愛機はノート型だ。
それから小1時間ほど経った頃だろうか、不意に足元から揺れを感じた。
「ん? 地震? 最近多いなー」
特に気にすることなく私は小さなモニターを眺めていた。
「あれ、何かだんだん大きくなってる?」
私はパソコンを閉じると、ストーブを止めるためリビングのほうへと向かった。震度は4、5くらいだろうか、これはストーブ止めたほうがいいな、と判断したのだ。
「何か地震長いなー……!?」
私がストーブの電源を落とした瞬間、急に揺れが激しくなった。それこそ立っていられないほど。
私は慌ててそのすぐ脇にあるダイニングテーブルの下へと潜り込んだ。テーブルの脚を抱え込み、必死にテーブルと自分の身体を支える。
――――ガシャン!!
テーブルのすぐ横で食器棚が倒れた。中から次々と食器が飛び出し、落下していく。そのすぐ横で冷蔵庫が倒れた。
――――ガタンッ!!
その反対側でテレビが落下していた。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い――――!!」
気がつくと、私はそう口走っていた。何か言っていないと気が狂ってしまいそうだった。
私の周りは食器が割れる音、家具がガタガタと動く音、まるで悲鳴をあげているような建物が軋む音で満たされていた。
――――ああ、私、死ぬのかな。
恐怖に陥いる頭の片隅で、まだ冷静な私がそんなことを考えた。
気がつくと、揺れがだいぶおさまっていた。私はその隙に、自分のカバンを取りに行った。朝出かけたので、一通りのものはカバンの中に入れっぱなしだったのだ。そして恰好も何とか外に出られるようなもの。
カバンを取っていると、また揺れが大きくなった。急いで私はテーブルの下に戻ると、またその脚に摑まった。
――――この社宅、古いんだよな。崩れるかな。
先ほどからミシミシと鳴りやまないこの部屋の天井を見上げて、私はふと思った。
しばらくして揺れが一旦止まった。恐るおそる、私はテーブルの下から這い出た。
ざっと部屋の状況を確認してみる。
すぐ横の台所は食器棚、冷蔵庫が倒れていて、下には割れた食器が散らばっているのでとてもではないが入ることができない。
台所の反対側、リビングは特に割れるものは置いていないのでテレビが落ちたくらい。
自分の部屋。妹共同で使っているこの部屋では、私の机、妹の机が1m近く移動。電子ピアノが倒れていた。私の机の後ろに置いてある本棚は机に向かって倒れていた。
……私、あのまま机の前に座ってたら確実に死んでた。
廊下。置いてある水槽の水で水浸し。幸い、飛び出ている熱帯魚はいなかった。
奥のタンス部屋。親が念のために一番奥に箪笥を固めて置いてある部屋がある。つっかえ棒もしていたおかげか、倒れている箪笥、本棚はなかった。しかし、衣装ケースや本棚の本、つっかえ棒の使えない小さな箪笥が倒れていて、こちらも台所同様入ることは困難。
玄関。揺れがおさまった隙に鍵を開けにいったおかげか、幸い閉じ込められることはなかった。
ここまで家の状況を確認して、私はあるものを探し始めた。薬だ。
当時、私は風邪をひいていた。卒業式は何とか乗り切ったものの、予行練習ではぶっ倒れたばかりだった。治りかけだったものの、一応医師から薬を飲みきるように言われていたのだ。
「薬どこだ……。ケホッ」
薬がいつも置いてあるあたりを数分探し、やっと見つけた。
「また、揺れてる……!?」
私はまた慌ててテーブルの下に潜り込んだ。しばらく揺れがおさまっては物を探しに這い出て、揺れが大きくなっては慌てて潜り込む、ということを繰り返した。
あらかた当分必要なものを見つけ出した後、私は揺れが小さくなったときに廊下にこぼれた水槽の水の上にタオルを敷き、何とか歩けるように道を作った。
そして外からとりこんでおいた洗濯物から靴下を見つけ出して、何枚か重ねて履いた。万が一ガラスを踏んでしまったときに怪我を小さくするためだ。
それから玄関から外に出る。ドアが閉まらないように固定したところで、また大きい地震が来た。今度は抱え込めるものがないのでその場にしゃがみこみ、地面に手をついて何とか体勢を保つ。
――――ガタガタガタ!!
急に大きな音がしたのでびっくりしてその音がするほうへと視線をやると、建物をつなぐ連結部がついたり離れたりしていたのだ。
私の住む社宅は少々変わった造りをしていて、中央にエレベーターホールがあり、その左右に部屋がある棟と連結されている。その連結部分が今にも外れそうになっていたのだ。
私の部屋は9階。その連結部分に出来た隙間から地面が見えていた。私は蒼褪めた。
「美織ちゃん、美織ちゃん!! 大丈夫!?」
揺れがおさまってもまだ放心していた私は、近所に住む知り合いのお母さんに声を掛けられてハッと気がついた。
「今、近所のお母さん同士で子供を迎えに行くことになったんだけど、美織ちゃんも一緒に妹さん迎えに行く?」
私は頷いた。とにかく、家族の誰かに会いたかった。
エレベーターが止まっているので、非常用の外階段を使って一階へと降りる。非常用階段はかなり急で、しかも金属でできているため足を滑らせそうで怖かった。ただでさえ、私は高所恐怖症なのだ。
これでさらに地震が起きたら……と思うとまた顔が蒼褪めたが、幸い何事もなく降り切ることができた。
「美織ちゃん、大丈夫だった?」
「家に一人だったのよね? 怪我はない?」
下に降りた私を待っていたのは、近所のお母さんたちの温かい声だった。みんな私が卒業式を終えて今日から家に一人だということを知っていたのだ。私はとても嬉しかった。
すぐ近くの小学校に妹を迎えに行く途中、私は小学校に子供を迎えに行くお母さんたちをたくさん見た。その中の一人が私を見つけると、声をかけてきてくれた。
「美織ちゃん、今回の地震の震源地、宮城県だったらしいわよ。しかもかなりひどかったらしいの」
「え、嘘、そんな……。お父さんは……」
思わずその場で泣き出してしまった私の頭を、一緒に来てくれた近所のお母さんたちが優しく撫でてくれた。
「大丈夫。美織ちゃんのお父さんはきっと大丈夫だから。妹さんも怖がっているだろうから早く迎えに行ってあげよう」
小学校につくと、そこにはもう全校生徒が校庭に並んでいた。中には泣き出している子もいる。
私はその中から妹のクラスを見つけると、その担任の先生のところへと近づいて行った。
「すみません、咲坂です。妹を迎えに来ました」
「あら、お姉さんね。咲坂さん! お姉さんが迎えに来ましたよ!!」
妹は泣いていなかった。学校の様子を聞くと、やはり妹のクラスでも泣き出してしまった子がいるらしい。卒業式の準備中だった妹のクラスは、体育館で作業中だったため、照明が落ちてきそうで怖かったと言っていた。
「今回の震源地、宮城だったらしいよ……」
「え、嘘!! お父さんは!?」
さすがの妹も我慢の限界だったらしく、泣き出してしまった。私もつられて泣いてしまった。姉妹で抱き合って泣いている私たちを、周りの大人たちは黙って見守ってくれていた。
「災害用伝言版、見てみなきゃ」
私が小学生の時、夏休みの自由研究で地震についてまとめたことがある。その時に知ったのがこの災害用伝言版だ。父が勤めている会社の関係もあり、私たちはもしもの時の連絡には災害伝言ダイヤル、またはこの伝言板を使うよう言われていた。
「お母さんは無事だって!!」
確認すると、そこにはお母さんの無事だというメッセージ。そして、末の妹を引き取ってから帰るので、近所のお母さんたちの言うことを良く聞いて待っているようにとのことだった。
私も今の状況を簡単に書き込み、父のメッセージがないか確認した。しかし、父からのメッセージはまだなかった。
「お姉ちゃん、お父さん本当に大丈夫かな。死んだりしてないよね」
「お父さんならきっと大丈夫だよ。なんせあの人、結構しぶといし。あんたも知ってるでしょ」
だから大丈夫。自分にも言い聞かせるように私は言った。
それから私たちは近所のお母さんたちにひっついて社宅まで戻った。社宅の敷地内にはすでに帰ってきたらしい中学生たちがいた。現在私の近所に住む中学生たちは男の子ばかりなので、かなり騒がしい。しかしその騒がしさに、私は少しほっとした。
「あ、美織お姉ちゃん!」
「美織さん、大丈夫でしたか?」
年も近く、仲もいい中学生たちは戻ってきた私たちを心配してくれた。卒業式にはこいつらも参加していたため、私が家に一人だったことを知っているのだ。
「大丈夫も何も、めっちゃくちゃ怖かったんだから!!」
私がちょっと大げさな身振りも付けてそう言うと、周りに集まってきていた子供たちが一斉に笑った。私も笑った。
それからしばらくして、私の携帯電話が鳴った。慌ててメールを開く。
「お父さん無事だって!!」
そのメールは父からだった。すぐ側にいた妹はもちろん、近所のお母さんたちまで一緒になって喜んでくれた。
それから怒涛の帰宅ラッシュが始まった。仕事にいっていたお父さんたち、そして私の母のように仕事に出ているお母さんたちが次々と帰ってきたのだ。
「美織!! かなん!!」
「お母さん!!」
しばらくしてお母さんが末の妹を連れて帰ってきた。助手席に座る末の妹は、意外にも泣いていなかった。
「あのね、桃ちゃんね、保育園でいっぱい揺れてね、えーんってしちゃったの」
「そっか、怖かったね」
そう言いながら末の妹を抱き上げる。
「みおちゃんは平気だった? おうちに一人だったんでしょ」
「お姉ちゃんは平気だよ。だってお姉ちゃんだもん」
えー、嘘だーとか言いながら末の妹がキャッキャと笑った。私はほっと胸をなでおろした。笑えているのなら大丈夫だろう。
「お母さん、お父さんからメールきた?」
「うん。無事だってね」
それから親たちは相談に入ってしまったので、私たち年長組は妹たち年少組の子守りをする。とはいっても男の子たちは一緒になってギャイギャイ騒いでいるだけなので、面倒を見ているのは私の年齢以上の女の子たちだ。
しばらくして大体のことは話し合い終えたのか、親たちがそれぞれの子供を呼んで何か言いつけている。
「で、どうなったの、お母さん?」
「とりあえず、家に入れるようになるまで車中泊。お母さんたち、必要なものとかとってくるから子供たちのことを頼むわね」
そう言うと、お母さんは近所のお父さんやお母さんたちと一緒に必要なものを取りに非常階段を上がって行ってしまった。丁度空がオレンジ色に染まり始めたころだった。
「寒……。さすがに日が落ちてくると寒いな……ケホッ」
思わず身を震わせる。周りを見ると、小さい子たちも薄着で身体を震わせていた。
「あんたたち、他に着るものないの?」
「急いで避難したから学校。それに、午前中はそんなに寒くなかったから」
私は自分の身体を見下ろした。自宅にいたので少し余分に上着を持ち出していた。
私は小さい子たちを適当にまとめると、自分の上着を脱いで着せかけてやった。私が着ても少し大きいくらいだから、私よりも身体が小さい小学生なら余裕だろう。現に身を寄せ合ってキャッキャと騒いでいる。
「あ、でも美織お姉ちゃんは?」
「私はいいの。中に着こんでるし」
実際には薄いTシャツに普通のパーカー1枚といういでたちだったのだが、身体を震わせる小さい子たちを見て自分だけぬくぬくとしているわけにもいかない。
私はお母さんに子供たちに何か着せるものを持ってくるようメールで頼んだ。
「あいつら、大丈夫かな……」
携帯電話を取りだしたついでに知り合いの何人かにメールを送った。
日が沈み、あたりが本格的に暗くなり始めたころ、お母さんが唐突に言った。
「辺りを見てこよう」
「辺りって……どこを?」
「地震でどうなってるか周辺を見に。ついでに物資調達に行こう」
幸い、私の家では卒業式の日に父が帰ってきていたので、ガソリンを入れたばかりだった。というわけで、燃料的にはだいぶ余裕があったのだ。
大通り沿いに真っ直ぐ進む。いくつかコンビニがやっていた。駐車場に車を止めて店内に入る。中には結構人がいて、みんな何かを買い求めていた。棚に商品はほとんど残っていなく、あるのは飴やチョコレートなどの嗜好品のみ。食料や飲み物は残っていなかった。
「とりあえず、子供用に飴を買っていこうか」
飴の袋を一つ持ってレジへと向かう。末の妹はそれだけで喜んでいた。
それからまた車に乗り込んで、大通り沿いを進む。
「ひどい……」
「……」
私たちが住む地域はまだお店にぽつぽつと明かりが灯っていた。しかし、隣の地域に入ると辺りは真っ暗だった。そこ一帯は停電しているらしい。
家の瓦は落ち、ところどころ垣根も崩れていた。中には庭に出てひどい有様になった家を茫然と見上げている人もいた。
私たちは静かに辺りを見て回り、自宅へと戻った。
「よかった。大通りの道路は通れそうだね。他の道は隆起してて通れないところもあるみたいだし」
「道路がよくてもガソリンスタンドがやってないから、そう何回も車出せないよ」
帰り際に大通り沿いのよく利用するガソリンスタンドを見て回ったのだが、どこも明かりはついておらず、入れないようになっていた。
「ただいま」
「辺りの様子はどうでした?」
「隣の地区は停電してるようですね。お店もガソリンスタンドももうやってないみたいです」
簡単に情報交換をすると、夕食の時間になった。それぞれの自宅から何とか持ち出すことが出来たカップ麺やパン、菓子類を子供たち優先で配る。
お湯は家から引っ張り出せたカセットコンロを提供。鍋は借りた。水は昨日買って家に運べず車につけっぱなしだったものを使用した。2ℓのペットボトルが1箱。近所の人みんなで使っても無駄遣いしなければ十分数日はもつだろう。昨日無理に運び出さなくてよかった。
「ケホッケホッ。お母さん、水貰える?」
「薬持ち出せたの? 咳ひどくなってるみたいだし、車の中に入ってなさい」
私はお母さんから水を受け取ると、錠剤を一気に流し込んだ。そして一人車の中に入ると、お母さんが家から持ち出してくれた毛布をかぶって座席に沈み込む。
「ケホッ、ケホッ。……咳止まってくれない。苦し……」
私は車の一番後ろの席に身体を横たえると、毛布を頭から被って止まらない咳に耐え続けた。
午後7時。辺りはすっかり暗くなった。暗くなっては出来ることもないので、みんな早々に休むことにしたらしい。それぞれの車の中に入った。
「寒い……」
「でもエンジンつけっぱなしにするとガソリンなくなるし、身体に良くないし……」
その時、私の携帯電話が小さく震えた。明かりが妹たちに差し込まないように気をつけながら、そっと開く。
「よかった……」
友人たちからのメールの返信だった。みんな無事だったらしい。私の体調を知っているので、みんな心配してくれていたらしく、どの文面にも、お前のほうこそ大丈夫か、と書き添えてくれていた。
私はそのメール一つ一つに、現在の状況と他の地域の様子を書きこんで返信した。
……明日は部屋片付けて入れるようにしなきゃな。
私は小さく決意すると、目を閉じて、自分の身体を休めることに集中した。明日からもやること、やらなきゃいけないことはいっぱいある。
1年前に起きたことを忘れたくなくて、私なりに考えてこの話を書きました。
将来、大きくなった末の妹や自分の子供が生まれたときに読ませてあげたいな、と思います。




