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1-2-2 「対 瞬間移動能力者 其の2」

八、7月21日午後1時41分 ひるがお市・路地裏(厳密には工事の材料置き場)


笹村絵真は正直、勝利に酔っていた部分があった。

これまで自分にまかせられていた仕事と言えばそれこそ誰にでもできるようなことばかり。自分の夢を自分でかなえている感覚はなかった。だからこそ自分ひとりの力で勝つことができたのは大きなことだった。油断していたかと言えばそうではない。しかし、自分の生きている本当の意味で何が起こっても何の不思議もないこの世界に対して自分に付け入るすきを与えていたのは確かだ。

詰まる所、「この世界をナメていた」

しかしそんな甘い幻想は直ぐに打ち砕かれる。

絵真の横腹に太い拳が入った。次の瞬間、鈍い痛みが殴られた部分から全身に響く。そのまま路地裏の壁に叩きつけられる。痛みを必死にこらえながら自分がさっきまでたっていた場所に立つ黒服に向かって発砲するがもうそこに姿はなく、自分の前に現れ次の瞬間脇腹を強烈な蹴りが襲う。またもや壁に打ちつけられて、頭痛とともに全身に痛みが響く。意識が朦朧としていた。口が切れたようだがそんなことは大きな問題ではない。もうボロボロだった。

わかったことは「瞬間移動能力者テレポーターは強い」ことだ。圧倒的すぎる。どうやら座標選択のタイミングが変わったらしく、もう鉄パイプ作戦は使えない。銃を構えれば構えた瞬間に銃の当たらないところに移動して攻撃を食らう。どう考えても勝てる要因が見えてこない。

「(調子に乗り過ぎちゃた・・・かな?)」

「もういい」とでもいうように壁にへたり込む。このままなぶり殺しにされるのか。「いやだな」、もちろん嫌だったがこうなったからにはしょうがない。誰かから殺される場合には相手から殺されることを考慮しなくてはならないのだ。

激痛。黒服は倒れこんだ自分をなおも忌々しそうに蹴っている。一発一発ごとに意識を保つのが少しずつつらくなってきた。

「(もう・・・・だめだ)」

眼の前がすべて真っ白になって、笹村絵真の意識は飛んだ。


八、7月21日午後1時41分 ひるがお市・路地裏(厳密には工事の材料置き場)


式場壮はただただおびえていた。

さっきまで笑顔だった少女の顔が苦痛に歪んでいる。一発一発と拳が少女を襲いそのたびに彼女の命が削ぎ取られるように力がなくなっていく。それでもあの黒服の男は絵真を殴り続けるのだ。何度も、何度も・・・

黒服は許せなかった。しかしもっと許せないのは自分だった。あの子がどれだけ傷つこうとも一歩も動けない。足は震えて、鉄パイプを持つ手はひどく汗ばんでいる。

思えば命の危機に瀕するのは二回目だったが実際に傷ついたわけではなかった。自分は骨が折れたわけでもねんざしたわけでもない。かすり傷一つ負ってはいない。しかし、今、彼女は実際に殴られ傷ついている。なのに自分は何にもできない。

怖い、怖い・・・怖い、怖い

ついに少女は壁にへたり込んでしまった。しかし、なおも黒服は彼女をその太い足で蹴り続ける。そのたび少女は更にぐったりしていく。

助けたい。助けたいが、今自分が出て行っても何ができる。結局殴られるだけだ。殴られて何になる。絶対傷つきたくない。誰だって自分の身の安全が大切なのだ。卑怯なのはわかっている。卑怯だってわかっていてもできないことがある。そもそも「卑怯」なんてものは勇者が傍観者を蔑むときに使う言葉だ。自分はしょせん傍観者だ。使われる筋合いはない。絵真はついに気を失ってしまった。もういっそのこと命乞いでもしようか。もしかしたら助かるかもしれないし、生きるためなら気高くいる必要はない。そう思うと心が楽になった。

絵真を散々蹴ってついに気絶させた黒服はつまらない顔をして、そして

「ガキが、イライラさせやがって!」

と言ってもう一度、蹴り上げ、絵真の顔につばを吐きかけた。つばはぐったりした絵真の顔にべたりとついて垂れる。壮の眼にその姿がはっきりと焼きついた。

その瞬間、壮の何かが切れた。

「オマエ、なにやってんだ?」

気付くと立ち上がって、黒服の方へ歩み寄っている。自分でも何をやっているか全く分からない。怖い。確かに怖い。ただ、ここで怯えていては自分がだめになってしまうような気がした。何か自分の中の絶対的なものが崩壊して、奥底にある細く、強靭な糸のような「心」が自分を引っ張っている。そんな感じだ。多分、自分は怒らなくてはならないんだ。という脅迫観念に近いものが今の壮を突き動かしていた。

「どうしたんだ?そこで怯えていたんじゃねぇのか?」

黒服に慌てた様子はない。せいぜい勇ましいバカを見ているような感じだ。

「質問に対して質問で答えるな。何やったんだって、聞いてるんです」

「ガキの始末」

「そういうことじゃないんですよ!あんたさっきまで何やってた!?」

「ああ、あれか?こんなかよわい女の子をそんなボコボコにしていけませんってか?わざわざそんなことを言いに来てくれるとは勇敢な男の子だ。そもそも俺はこいつに殺されかけたんだ。貫通位置があと十数センチずれてたら死んでた。自業自得だ。」

黒服は自分の肩の傷口を抑えながら不愉快そうに言う。それが壮の怒りをさらに増長させた。鉄パイプを強く握る。

「謝罪してください」

「あ?」

「彼女に謝罪しろって言ったんですよ!」

普段はありえない自分の怒りの部分が自分を追ってくる。言葉に激しい感情が現れえてくる。棘棘しい、怒りの感情が・・・

「さっきまでそこで震えてたやつが大層なこと言うねぇ」

「さっきの俺と今のおれは違います」

「何が違うんだ?」

返答はない。壮は黒服をじっと見つめていた。その眼に映るのは激しい怒り。

「ああ、そう・・・残念ながら答えはNOだ。自分を殺しに来た奴に何で謝罪するんだよ?バカか?そもそもお前らは国にとって敵だろ?国家反逆者は制裁されて当然なんだよ!!俺は国のために正しいことをやった!おれの方が正しいんだ!!」

「ちっぽけな思想ですね」

「なんだと!?」

「ちっぽけですよ!国のため国のためって、それはあなたの思想なんかじゃない!他者の考えでしか正当性を見出せない、ちっぽけな人間ですよあなたは!」

「それがこの国だ。この国は「神」の意思で動いている。そのルールから外れる奴は排除される。それだけのことだ。おまえらに正当性なんかない」

「そんなこと話してないでしょ・・・!」

「何?」

「正当性とかそういうことじゃなくて、あなたにはこの女の子を国のルール云々じゃなく「ひとりの人間」として思いやってやる気兼ねもないんですか!!?」

「ないね」

「なら・・・いいです。・・・あなたを倒します」

壮は鉄パイプをさらに強く握り、構えた。

「倒す?殺すって言葉も使えない臆病者に俺が殺せるのか!?」

「言葉だけ強くても仕方ないでしょう」

鉄パイプを構える壮を黒服は鼻で笑う。

「謝らないからって殺すのは野蛮な考え方だな」

「じゃあ、謝ってください」

「いやだ」

「なら殺す」

壮の目つきが変わった。もう、怒りでもない。暗く、冷たい殺意。

「そんなことできるのか?体格差を考えてみろ。リトルリーグとメジャーリーグだ」

「勝てるか勝てないかじゃない。自分の意志を通せるかどうか・・・だ」

「精神主義は嫌いだ」

「そんな大層な物じゃない」

「まあいい、殺そうとしてるんだから、殺される覚悟も持ってるんだろうな?」

「勝てると思ってるのか?」

「何言ってる?それはこっちのセリフだ!ただの中坊が俺に勝てるのか!?」

「俺は確かにただの中学生だし銃も持ってない。でもおまえは手負いだ。倒せるのは何の抵抗もできない女の子だけ・・・鉄パイプで殴り続けたらどうなる?」

「確かに俺の飼うではもう機能しない。普通の人間だったら勝てないだろうな。でも、それは俺がただの人間だったらの話だろ?俺は能力者だ!しかも貧弱な能力じゃねぇ、俺の能力は瞬間移動!1対1ならどんな敵にも対応できるこの状況で最強の力だ!!」

「知るかそんなもん」

壮の顔が思いのほか真剣になったが黒服は取り合わない。

「知るかそんなもんじゃねぇ!おまえはこれからそれを体験すんだよ。ほら!!・・・・・・・・何だ?」

黒服は瞬間移動しようとしたのだろうがなぜか失敗に終わったようだ。

「そっちが来ないなら、こっちから行くぞ」

「何でだ?何で能力が発動しない!?」

びっくりしている黒服をを無視して、壮は何の躊躇もせず鉄パイプで、黒服の顎を思い切り叩き割る。骨の砕ける音がして、顎を叩き潰した鉄パイプは変な方向にへしゃげたが壮はそんなことに気付かない。そんな余裕はない。黒服の顔が本気になった。

「何してんだテメェ!!」

声を荒げる。表情からは余裕が消えていて、怒りと驚きで満ちている。そして殴られたことよりも、むしろ能力が働かなかったことにびっくりしているようだ。

「うるせぇェェ!!!」

壮は鉄パイプを振りかぶる。表情には殺意しか見られない。黒服は壮の背後に回り込もうと能力を起動させる。しかし、体が移動しない。移動したのは・・・

壮の後ろで「ボトリ」という音がした。彼の後ろには黒服の右腕が転がっていて、当然ながら黒服の右腕は根元からなくなっていた。が、そんなことを気にするほど壮の意識は正常ではない。鉄パイプを思い切り眉間に叩きつける。鈍い音がして黒服の額が割れた。鉄パイプは根元からへし折れる。壮は絵真の近くに転がっている、血まみれの黒服の体を貫いた鉄パイプを素早く手に取る。黒服は思わず眉間を押さえた。もちろん血が出ている。意識が朦朧としてきた。黒服は体を鍛えていたが、頭部というのははそんなに鍛えようがない部分のだ。頭痛が響く。黒服はこの見知らぬ中学生にここまで追い詰められてかなり焦っていた。そんなはずはない。こんなはずではない・・・

「右腕だけ、テレポートした。・・・能力が、正常に・・働かない。何故だ!?」

能力が正常に働かない。さっきまでこの力で少女を圧倒していたはずだ。最初は運よく逃げていた少女もこの力にかかっては駄目だった。ほんの数分で黒服のペースになった。この状況では文句なしに最強の能力のハズだ。なのに、その力がうまく発動できない。

「何故だ?なぜだ?何故なんだぁぁぁぁ!??」

「そんなこと知るかァァァァ!!!」

黒服は、自分がおびえていることに気付いた。「死にたくない」、もうろうとした意識の中でその言葉だけが心の中に反響していた。

オロオロする黒服の反応など全く気にしない壮は鉄パイプをこれでもかというぐらい振りかぶる。頭の中はこの血まみれの大男を殺すことしか考えていなかった。

「地獄で詫びろォォォォ!!」

怖い、死にたくない。そんなギリギリの状況に立たされた黒服は必死の思いで無理やり能力を起動させる。死にたくない、死にたくない、死にたくない!

鉄パイプが黒服の頭に思いッッッ切りぶち当った。

いや、厳密にはぶち当るはずだった、だ。鉄パイプは大きく空を切り、「ガツン」という音を床に響かせる。

すぐに我に返った壮は辺りを見渡して黒服の位置を確認する。

・・・いない、どこにも。一体どこに行ったんだ?

キョロキョロ動きまわっている壮の足が何かにぶつかった。なんだろうと思って下を見る。と、思わずぎょっとした。

黒服の生首だった。

首だけではない右腕、右足、胴、左腕、左足・・・全部で6パーツのバラバラになった黒服の死体。いずれものぞいた肉から血が垂れている。到るところに返り血がついて辺りは壮絶なことになっていた。

なぜテレポートに失敗したのだろうか?さっき飲んでいた薬の副作用だったのかもしれない。ああいう薬には得てして副作用があるものだ。

壮は神妙な顔で黒服の生首を眺めた。表情は口では言い表せない悲愴に満ちており、口は微妙に開いていて、まるで何か言いたげだった。

そのうち、自分の手にも黒服の血が付いていることに気付いてとても嫌な気分になった。

妙だ。不完全燃焼したような、焦げ付いた、なんだかよくわからない感情。心の隅にはまだ燃えカスが残っていたがそれをどこにぶつけたらいいのかよくわからなかった。

「おい!いたぞ!」

振りかえると別の黒服がいる。しかも二人だ。こんなタイミングで来るのかと、「神」を恨んだが、ちょうどいい。このなんだかよくわからない鬱陶しいもやもやを吹き飛ばせそうだ。

「もう一人やられたらしい。応援頼む!」

黒服が作戦だの能力だの何やら話しているがそんなものはもう耳に入らない。

式場壮は血まみれの鉄パイプを掴み、黒服達のほうへ走りだした。


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