1-1-2 「覚悟」
五、7月21日午後12時30分 王立産業振興センター・ある一室
どうしよう?
突然クラスメイトに銃で脅されて国の役人を襲撃を手伝わされることになったと思ったら、爆弾はかき消され、相手が何らかの方法で銃をねじ曲げてきて、襲撃が失敗し、黒服×5から銃を突きつけられている。というとんでもないぐらい絶体絶命な状況に立たされた壮は、横目で自分を連れだした張本人のほうを見た。いや、いくらなんでも組織に属しているわけだし何か策ぐらいあるだろう。ゆっくりと目を向けると、
少女は両手を上げて震えていた。
「(えぇ~~~・・・)」
戦意がかけらも感じられない。ひたすら手を高々と上げて「助けてください」と連呼している。ちょっと待ってくれよ。この状況はやばい。冷静に考えてみると自分たちの行動は完全に国家反逆行為だし、相手ももう既に「殺す」という単語を発している以上、多分殺すのだろう。冗談じゃない。こんなところで自分は死ぬつもりはない。でもこの状況ではどうしようもない。たぶん一歩動いたら撃たれる・・・どうしよう?
「最後に聞きたいことがある」
メガネ男は深く落ち着いた声で言った。最後にということはもう殺すんですねと壮は絶望したように、というか絶望して下を見た。
「依頼主の名前を教えろ、どうせ最後だ。多少お国のために役に立て」
「い、言うわけないでしょ・・・」
「小僧、おまえは?」
メガネ男は少し期待交じりに聞いてきたようだが、自分は絵真に脅されて半ば飛び入り参加状態なのでそんなこと知らない。が、この状況で「知りません」なんて言うのは癪だったので、「言うわけないだろう!」と言おうとしたら「言うっ」のあたりで、
銃声。銃弾は壮の足もとにぶち当たって粉々に砕け、鋭い金属音だけが耳に残る。
「チッ、ガキだと思って期待してたんだが、無理か。拷問にかけてもいいが、めんどくせェし、お前らにはここで死んでもらう」
メガネ男他、黒服達は銃をこちらに向けてきた。銃口は意外なほどポップな丸みを帯びていて、壮はそれをじっと見つめていたが、やがてその穴から責め立てるように恐怖が湧きあがってきて、壮の内臓の奥を気持ちの悪い冷たさが満たした。
「小僧、最後に何か言うことはあるか?」
「助けてください・・・」
どうにか体裁を取り繕おうと考えたが、それしか出てこなかった。得体のしれない不気味な感所が足元からはうように自分の全身を包んで、どうにもならないぐらい震えていた。どうにかして手を固く握ろうとするが震えでうまく形がとれない。怖かった。
メガネ男は憐れむように壮のほうを見てから絵真のほうを向いて同じ質問をする。
「何か最後に言うことは」
「却下」
「え?」と思わずつぶやいてしまった。場の緊張した空気が張りすぎてはじけたように一変する。「何言ってるんだこいつは?」と全員がはっきりと少女のほうを見た。
「何が却下なのか分からないんだが」
「何が却下って、まず死ぬことは却下、私まだやることあるから。後、依頼主っていうか私の上司の情報も言いたくない。それに何よりこんなところにいつまでもいるのは死ぬほど退屈。怯えたふりしても何の情けもないしこんな所にいても無駄だから却下、全部却下!」
全員が度肝を抜かれていた。壮は「やっぱり痛い子だったんだな」と少女を不思議な目で眺望している。メガネ男は口を4分の1開きぐらいにして呆れていた。
「・・・、自分にそんな選択権があるとでも?」
「もちろん!」
少女は自信満々だ。どこをどうしたらそんな自信がわいてくるのかと壮は思ったがとにかく、今、この状況は彼女に懸けてみるしかない。それ以外に方法もないし、思いつかない。
「なら見せてもらおうか。君がどうやってこの場をくぐりぬけるかを!」
メガネ男は銃を構える。「ついにマジになったか」と壮は身構えたが、一応、もう吹っ切れている。今、自分にできるのはどうにかして生き残る努力をすることだけだ。奥歯をかみしめる。
「つかさ君!」
「なに?」
「逃げるよ!」
「どうやって?」と聞く前に少女は壮の腕を掴んでスカートから取り出した何かを地面に叩きつけた。それは地面に当たると二つに割れて白い煙をまき散らし、部屋全体を瞬く間に満たした。
「(煙幕だっ!)」
「(早くっ!)」
絵真は壮の腕を引っ張って出口に突っ込む。が、二人が三歩、走ったかどうかで部屋に突風が吹き、白い煙はかき消された。すると銃を構えた黒服の姿が見え、同時に銃声が鳴り響く。銃声は12発。一発が壮の頭をかすめた以外はすべて外れ、二人は部屋を全速力で出る。絵真はとっさにドアを閉め、部屋に鍵をかけた。
「早くっ!」
「わかってる」
二人は再び走りだした。施設の外へと
六、7月21日午後1時2分 ひるがお市・市街地
「何とか逃げ切ったぁ・・・」
「逃げ切れたわけないでしょ。相手は国の役人だよ?」
「やっぱり、そんなに甘くないかぁ」
二人は王立産業振興センターから400mほど離れた、街の中央部にあるファーストフード店で食事をとっている。本来ならもっと遠くに逃げなくてはならないだろうが、とりあえず巻いたことだしそんなに焦ってもしょうがないだろうということで小休憩をとりながら今後の作戦を立てようということでこの店に入った。一応、外から見えない席をとるくらいの配慮はしたがどの程度効果があるのかは分からない。
壮は炭酸飲料をストローを噛みながらちびちび吸いつつ、右手の甲で汗を拭った。出不精の自分が夏休みにこんなに運動するとは思わなかった。とはいえ今、そんなことを言っている場合ではないのだが、
絵真はホルスターから銃を取り出して弾丸を詰めている。ほかの客たちはどうせエアガンか何かだろうと思っているのか全く取り合わない。富士山も離れてなくては全貌が明らかにならないように今起こっていることが近くで起きすぎていてを越えすぎてそのことに気付かない。自分はニュースの住民ではないと錯覚してしまっているのだ。
「むしろこれからが本番だよ・・・とりあえず現状確認するけど」
「いや、ちょっと待って。聞きたいことがある」
「何?そんなに時間ないよ」
「あのメガネ男何したの?銃弾が全然当たらなかったけど・・・」
「あ、あれ?あれは・・・超能力」
「超能力ぅ?」
「なに不審そうな顔してんの?事実だよ。つかさ君、見たでしょ実際。」
「確かにそうだけど・・・」
正直信じがたい、というか信じたくないが実際自分は見てしまったし、信じるしかない。信じなければ死ぬ、ということだけはうっすらと理解できた。
「あのメガネ男は松岡洋右、常在型操作系能力者、ランクはA、能力は「気流操作」。ほら、銃の軌道変えたり、爆風をかき消したり、煙幕かき消したり、あれは空間の気流を操って風を起こしてるからなの。」
「えーと・・良くわかんない単語がいっぱい出たけど、要は絶対に銃が効かないってこと?」
「うん、もちろん」
「なんてこった・・」
「あー、あとあいつの主な攻撃は銃じゃなくて竜巻だから。こんな人がいっぱいいるとこではさすがにやらないだろうけど、食らったら即死っていうか吹き飛ぶよ」
「対抗手段は?」
「ない」
「どうするの?」
「私たちだけでなんとかなるわけないでしょ?だから今、応援呼んでるの」
「笹村さんの仲間?」
「仲間というか上司」
「頼りになる?」
「もちろん」
「それはよかった」
「なに?私がそんなに頼りないっていうの?」
「正直、さっきの銃だってよけられたのは運だし。普通は蜂の巣だよ」
「心外。わかった、見せてあげるよ私の実力。つかさ君、小銭出して」
「何に使うの?」
「いいから」
壮はポケットから財布を取り出しその中から一番サイズの大きい貨幣をつまんで財布を再びポケットにしまう。
「うん、これどうすんの?」
「それをどっちかの手に隠して。当てるから。」
「?」
なんだかよくわからないが、多分どっちかにコインが入っているかを当てることは確かだ。察しのいい壮は「この人も能力者なんだな」と気付いたが黙って手を後ろに回し、どちらかの手に小銭を移動させる。
「はい、どうぞ」
「こっち」
絵真は片方の手を指差す。その手がゆっくりと開かれると何も入っていなかった。
「あれ?外れだよ・・」
「もう一回」
もう一回、もう一回、と少女は片方の手を指差すが一向に当たらない。ついに16回連続で当たらなかった。
「あ、あの、全然あたらないけど」
「つかさ君バカなの?16回連続で「故意に」外してるの。」
「え?・・・うわ・・・すごい。16回連続だから・・・」
「単純計算で65536分の1、ホントは違うけど」
「一体何やったの?運がいいようにしか見えないんだけど・・・」
「そう、これが私の能力「すさまじい幸運」よ!」
「さっきの銃弾もたまたまじゃなくて能力によって・・・ってこと?」
「そういうこと。大抵は私に都合のいいように能力が働くの。でも起こるのが0%の事は無理、こめかみに拳銃当てられてるのに発砲されても避けれるなんてことはないから。あくまでもありえるレベルで、ってこと」
「すごいなぁ・・・」
「ダメだよ。私の目標はあくまでも「みんな」を幸せにすることだから。自分一人が降伏になってるようじゃまだまだなんだから」
「十分すごいよ。これでメガネ男とも対抗できるんじゃない?」
「甘い、私の能力はあくまでも「幸運」に過ぎないんだから「願いをかなえる」じゃない。取り押さえられて絶対に銃がよけられない状況で銃をよけるのは無理なの、でなんとかするために応援を頼んでるんだけどぉ・・・全然出ない・・・?・・・へ?」
「・・・どうしたの?」
「つかさ君、冷静に聞いて・・・」
「う、うん」
「・・・組織に見捨てられた」
「・・・・・・マジ?」
「なんか一人で頑張れって・・・」
「ど、どうするの?対抗策とか」
「今、考えてる!」
「ご、ごめん」
だめなんじゃないか、と壮は直感で感じた。絵真は裏切られたことを知ってかなり動揺している。銃口を向けられているのに平然としていたことを考えるとかなり異様だ。それだけ自分の組織に依存していたからなのだろうが、それにしても先ほどまであった妙な余裕がない。普通のパニクった、ただの中学生だ。
「と、とりあえず店を出よ」
「やみくもに逃げてもしょうがないよ」
「う、うるさいなぁ!黙っててよ!」
だめだ、だめだ、だめだ。何も考えていない、怯えきった眼。引きつった表情。どう考えてもこれでは助からない。はっきりとわかった。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ」
「君に何がわかるの!?今日来たばかりの素人でしょ!?黙って連いてこればいいの!!」
気づくと二人とも大声になっていて、客な彼らのほうを異様な目で見ていた、が痴話げんかか何かだろうと思って誰も話には介入してこなかった。
「・・・確かにそうだけど」
「分かったんなら店を出るから早くして!」
「でもさ」
「何?!はっきりしてよ!」
「とりあえず怒ってても解決しないよ」
「うるさい!怒ってない!私に指図するな!!」
「しっかりしてよ!!!」
「!」
強烈に大きい声が店内に響く。客はもちろん、絵真も怯んだ。
「連いてくよ!ああ連いて行くよ。どうせ俺には何もできやしない。でもさ、僕が笹村さんについて行くのは助かりそうだからだ!焦って助かる可能性を捨てるような人に連いてく気はない!誤った判断に身を任せるなんて御免だ!そんなのは自分で歩くことも知らないバカがやることだ!」
「じゃあ」
「?」
「・・・どうしろっていうの?」
絵真は顔を下に向けてしまった。「うわ、泣かせちゃった」と一瞬反省する壮だったが何を血迷ったかいきなり絵馬の胸ぐらをつかんで思いっきり平手打ちした。パシン!という音が店内に響く。
「ふ、ふえ?」
絵真は口を開けて茫然としている。涙が少女の頬を濡らしていたが眼から流れている涙自体はもう止まったようで、少しずつ乾き始めている。どうやらいきなり殴られたためいろんな感情を引き出す以前にまずびっくりして声もでないらしい。ここまでポカンとされると逆に罪悪感がぶり返してきてやりきれなくなった。
「あ、あの、殴ってごめん。で、でもっ、今はそんな事態じゃないっていうか、そのっ」
「いたい」
「ご、ごめんなさい」
「ありがと、目が覚めた」
少女は強い表情に戻っていた。
「じゃあ、これから生き残る作戦を考えよう」
「もしかして説得するだけして私に丸投げってことはないよね」
「うーん、一応考えたんだけど。まずどうしたら助かる?」
「それを今、考えてるんでしょ」
「「結果」だよ。笹村さんが考えてるのは「結果」じゃなくて「過程」だ。まず最終的なビジョンを求めたうえでそこから作戦を練っていくのは重要なことだよ。要はどうなったら生き残れる?」
「あいつらを返り討ちにする・・・とか」
「そうだ、それ。それを成功させるためにどうするかだ」
「ムリに決まってるでしょ?」
「なんで?」
「何でって、相手はAランク能力者だよ!?」
「少し凄さがわからない」
「人=能力を持たない者が「重火器を持てばなんとか対抗できるレベル」がBランク、あいつはその二段階上、「一個中隊と対抗できるレベル」のAランクだよ!物理的に無理!」
「笹村さんも能力者だろ?」
「私は国に属してないからランクはわかんないけどせいぜいC+からC、もしかしたらDランクくらいかもしれない、そんなに有用性のない能力なの。そもそも人数だって相手の方が多いし、話にならないよ・・・」
「・・・と、敵も思ってるはずだ」
「!」
「あれぐらいならそんなに苦労しない・・・って思ってるはずだ。そもそも君が能力者であることもバレてないはずだ。運がいいようにしか見えない。だから僕らはただの子供だと思われてる。銃の弾も撃ち尽くしてるしね」
「待って、銃弾はまだあるよ!」
「ということはまだ、こっちにもチャンスがあると思うんだ。多分増援も呼ばない。そして、敵はきっと全員一人行動であたりを広く探し回っている・・・はずだ。それを一人一人叩いていけばいい。銃弾はあと何発残ってる?」
「10、いや11発ある。」
「敵は五人だ。慎重に使おう。無駄撃ちしないで」
「わかってる」
「それとさ、国の役人っていうけどあの人は厳密にはどういう役職の人なの?」
「ああ、あの松岡っていうメガネ男は王立「神」親衛隊っていう組織のメンバーで他の人はその下請けみたいなとこの人だと思う」
「警察とか呼べたりする?」
「思いっきり暗部組織だったと思うけど…」
「よかった、それなら応援とか呼ばれたりしないな。ほら、可能性見えてきたじゃん」
「結構気楽なのね・・・」
「実際に実行するのは9割笹村さんだ。俺はただの役立たずにすぎない。実際に銃の引き金を引くわけでもないし特別な力もない。むしろ、そっちの方が物事を客観的に見れるような気がするんだ。」
「そう・・・そうだ、結局は私が何とかしなきゃ。・・・頑張るから」
「OK、じゃあ行こうか?」
「あ、あのさ。つかさ君?」
「何?」
「あ、ありがとう・・・」
「・・・俺は死にたくないだけだよ」
壮は炭酸飲料を飲み干し、二人は席を立つ。トレイを片付けて、店のドアを開ける。湿った熱気が顔を撫でた。途端に汗が吹き出してきて体をじっとりと濡らす。
「とりあえず頑張ろう。幸いこっちは攻撃を待てる」
「カッコつけすぎ」
「ごめん」
「でも・・・ちょっと格好いいよ」
「ありがとう。・・・じゃあ行こうか」
「あ、ちょっと待って。靴ヒモ結ぶから」
そう言って絵真が屈むと頭上をちょうど何かが通り過ぎた。
銃弾だった。
運がいいのか分からないが周りの人々は全く気付いていない。ただ何事もなく各々の道に向かって歩いている。異変に気づかぬまま。
「どこから!?」
「多分、ビル」
「ビルって・・・周りに凄い高いのしかないよ。あんなとこから他の人もいるのに笹村さんだけを正確に撃つなんてできるの?」
「松岡の能力だと思う。気流をコントロールして銃弾を正確に誘導してるんだよ。」
「そんなことまで、できるのか・・・」
「相手は「一個中隊と対抗できるレベル」だよ。それぐらいできて当たり前。問題は・・・私たちの居場所がバレてることだよ!」
「とりあえずこの場から離れよう!」
「動いたら撃たれるよ!?」
「気流を操ってるといっても動いてたら十分当てにくいはずだ、運に身を任せよう!」
「何そのテキトー加減!?」
「いいから!」
壮は強引に絵真の手を引っ張る。今日起こった一連の事件で学んだことは「躊躇したら死ぬ」ということだけだった。しかしそれがわかった時に少年は「常識」という拘束から抜け出せてだいぶ心に余裕が持てていた。
「ちょっ、引っ張らなくてもいいでしょ?」
急いで路地裏に逃げ込むと案の定、黒服が立っていた。壮の予想通り一人だった。
「あれも能力者?」
「多分」
「そうかー・・・じゃ、頑張って。俺も死なない程度に頑張るから」
「それは心に余裕を持てってことなのか、ただ単に無責任なのかどっちなの?」
「受け取り方は人次第だよ。答えが一つとも限らないし」
「わかったわ、・・・じゃあ、どいてて」
「了解」
絵真はホルスターから銃を取り出して、安全装置を引く。ビルの谷間に風が流れた。