第十話 勇者と軍団長、初めてのオンライン会議
三日後、王都。
事態は動かなかった。
魔王軍は進軍しない。
人間側も動かない。
睨み合い。
膠着状態。
国王は頭を抱えていた。
「どうする勇者よ」
「交渉します」
「交渉!?」
会議室がざわつく。
「魔王軍と!?」
「はい」
「正気か!?」
「正気です」
むしろ正気だから交渉する。
前世で学んだ。
会議できる相手は戦う前に話す。
会議できない相手は最初から戦う。
その日の夕方。
王城の魔法通信室。
異世界版オンライン会議システム。
巨大な水晶、映像と音声を送れるらしい。
便利だな。
なぜ魔王軍より先に導入しなかった。
参加者:人間側
国王、俺、レオン、ギルドマスター。
魔王軍側
黒狼軍団長ゼクト、副官、経理担当。
経理担当?
なんで来てるんだ。
通信開始。
水晶が光る。
そこに現れた男。
黒いスーツ。
銀縁眼鏡。
整った髪。
完璧な姿勢。
ゼクトだった。
第一印象。
強そうではない。
だが、絶対に残業させないタイプだ。
俺にはわかった。
同業者だからだ。
「初めまして」
ゼクトが頭を下げる。
「黒狼軍団長ゼクトです」
「勇者の矢野です」
お互い頭を下げる。
異世界初。
勇者と魔王軍幹部の名刺交換である。
国王が困惑していた。
ゼクトが言う。
「まず謝罪を」
「謝罪?」
「進軍予定通知に誤字がありました」
「そこ?」
人間側全員が固まった。
ゼクトは真剣だった。
「オーク第三師団を第二師団と記載してしまいました」
「どうでもいい!」
国王が初めてツッコんだ。
話し合いが始まる。
俺は聞いた。
「なぜ侵攻する」
ゼクトは即答した。
「予算不足です」
沈黙。
「は?」
「魔王城の維持費が高騰しまして」
「は?」
「人件費も上昇傾向で」
「は?」
「結果として新たな資源確保が必要に」
完全に経営会議だった。
レオンが呟く。
「こいつ本当に魔王軍か?」
俺も同意だった。
さらに驚くべき事実が判明する。
「ちなみに」
ゼクトが資料をめくる。
「現在の離職率は二パーセントです」
国王が立ち上がった。
「低すぎる!」
「ありがとうございます」
褒めてない。
「福利厚生を見直しまして」
「福利厚生!?」
「育児休暇も導入しました」
「オークが!?」
「オークも親ですので」
正論だった。
一方、人間側。
ゼクトが資料を見る。
そして固まった。
「……」
珍しく表情が崩れる。
「どうした」
俺が聞く。
ゼクトが震える声で言った。
「冒険者ギルド欠勤率九十二パーセント」
「昔の話だ」
「国軍残業時間平均百十時間」
「うっ」
騎士団長が倒れた。
「有給取得率三パーセント」
「うっ」
大臣が倒れた。
ゼクトが天を仰ぐ。
「なんてことだ……」
なぜか魔王軍側がショックを受けていた。
会議開始から三十分後。
戦争の話はまだしていない。
組織運営の話しかしていない。
レオンが寝始めた。
当然だった。
その時。
ゼクトが突然言った。
「勇者殿」
「なんでしょう」
「一つ提案があります」
嫌な予感しかしない。
前世で何度も聞いた。
提案という言葉の後には、だいたい面倒事が来る。
ゼクトは言った。
「共同プロジェクトをやりませんか」
沈黙。
「は?」
国王。
「は?」
ギルドマスター。
「は?」
レオン。
全員同時だった。
ゼクトは説明する。
「実はですね」
「うん」
「我々も困っているんです」
「何に」
「新人教育に」
俺は顔を覆った。
まさか異世界で勇者と魔王軍が新人研修の話をするとは思わなかった。
会議終了。
二時間後。
全員疲れていた。
戦争の話は五分。
組織運営の話は百十五分。
比率がおかしい。
帰り際、ゼクトが言った。
「勇者殿」
「なんだ」
「楽しかったです」
「そうか」
「久しぶりに話が通じる相手でした」
少しだけ笑う。
俺も同じだった。
前世ではこういう人間と仕事がしたかった。
資料を読んで、数字を見て、感情論ではなく考える人間。
ただ一つ問題がある。
こいつは敵だ。
通信が切れた後。
会議室。
誰も喋らない。
そして国王が言った。
「勇者よ」
「はい」
「お前」
「はい」
「友達できた?」
「敵です」
「友達だな」
「敵です」
「友達だ」
レオンまで頷いていた。
納得いかない。
だがその頃、魔王軍本陣でも副官が聞いていた。
「軍団長」
「なんだ」
「勇者は敵ですよね?」
ゼクトは少し考えた。
そして言った。
「ライバルですね」
終わっていた。
こうして人類と魔王軍の命運を左右する戦争は、少しずつ奇妙な方向へ進んでいく。
そして一週間後。
勇者のもとに、ゼクトから一通の書類が届く。
その表紙にはこう書かれていた。
『異世界合同新人研修企画書(案)』




