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第一話 百九十八社目の不採用通知

「誠に残念ながら――」


そこまで読んだところで、俺はメールを閉じた。

見慣れた文章だった。


四十七歳。

独身。

職歴多数。

正社員歴三か月。

その会社は倒産。

以降、契約社員、派遣社員、アルバイトを転々としてきた。

そして今日もまた、不採用だった。



「百九十八社目か……」


コンビニの休憩室で缶コーヒーを飲みながらつぶやく。

隣の大学生アルバイトが言った。


「矢野さん、また面接だったんですか?」


「まあな」


「今どき人手不足なのに不思議ですよね」


俺は笑った。

人手不足。

その言葉を聞くたびに思う。

人は足りない。

だが俺は要らない。

それだけの話だ。



求人票にはこう書いてあった。

未経験歓迎。

年齢不問。

やる気重視。

アットホームな職場です。

しかし面接ではこう言われた。


「若い方が欲しいんですよね」


「即戦力じゃないと」


「今回もっと条件の良い方がいまして」


「またご縁がありましたら」



若い頃も同じだった。

二十三歳。

就職氷河期。

面接官に言われた。


「新卒採用は今年五人だけです」


応募者は二千人。


笑うしかなかった。



友人たちは消えていった。

一人は引きこもった。

一人はうつ病になった。

一人は借金を抱えた。

そして一人は起業して成功した。

人生は平等ではない。

そんなことはとっくに知っている。



店長が声をかける。


「矢野さん」


「はい」


「明日のシフトなんですが」


嫌な予感がした。


長年の経験が告げている。

こういう予感は外れない。


「売上厳しくてですね」


来た。


「シフト減らします」


やっぱり。



帰り道。

夜風が冷たい。

スマホを開く。

求人サイト。

もはや習慣だった。

呼吸みたいなものだ。

働かなければ生きていけない。

だから探す。

何度でも。



一件の求人が目に入った。


【経験者優遇】


思わず笑う。


「経験者優遇ねえ……」


俺ほど経験してる人間も珍しいだろう。

派遣経験。

倉庫経験。

営業経験。

接客経験。

警備経験。

配送経験。

クレーム対応経験。

土下座経験。

謝罪経験。

始末書経験。

経験なら山ほどある。

評価されないだけで。



信号待ち。

赤だった。

スマホを見ながら歩いていた。

危ないとは思った。

だが考え事をしていた。

これからどうしよう。

五十歳が近い。

貯金も少ない。

親も高齢だ。

この先どうなる。

そんなことを考えていた。



クラクションが聞こえた。

振り向く。

トラック。

近い。

近すぎる。



「あ」



それが最後だった。



気がつくと真っ白な空間にいた。

雲の上のような場所。

目の前には金髪の女性。

羽根。

光輪。

白いドレス。

どう見ても女神だった。



「おめでとうございます」


女神が言った。


「死にました」


「おめでたくない」


「確かに」


女神はあっさり認めた。



「ここは?」


「死後の世界です」


「そうですか」


「驚かないんですね」


「面接で落ちるよりマシです」


女神は首を傾げた。

意味がわからないらしい。



「あなたには選択肢があります」


女神が言った。


「天国へ行くか、異世界へ転生するか」


「異世界」


即答だった。

天国に行っても暇そうだ。



女神が少し嬉しそうな顔をした。


「では能力を授けます」


「能力?」


「チートです」


「ほう」


「剣術SSS」


「いりません」


「え?」


「超級魔法適性」


「いりません」


「え?」


「無限収納」


「いりません」


「え?」


女神が混乱し始めた。

俺は真顔だった。


「仕事あります?」


「はい?」


「異世界の雇用状況は?」


「知らないです」


「失業率は?」


「知りません」


「労働法は?」


「ありません」


「終わってるな」


女神は目をぱちぱちさせた。


「普通、もっと別のことを聞きません?」


「例えば?」


「勇者とか」


「興味ないです」


「魔王とか」


「興味ないです」


「ハーレムとか」


「もっと興味ないです」


俺は女神を見た。


「正社員になれます?」


女神は長い沈黙のあと、

ぽつりと言った。


「なんか……大変な人生だったんですね」


その言葉だけは、

少し胸に刺さった。



女神は巨大な本を取り出した。

人生記録らしい。

ページをめくる。

めくる。

めくる。

めくる。



「うわ」


女神が言った。


「なに?」


「百九十八回も面接落ちてる」


「数えたのか」


「途中で泣きそうになりました」


「読むなよ」


さらにページをめくる。


「派遣切り七回」


「うん」


「サービス残業月百時間」


「昔はな」


「上司に土下座強要」


「まあ」


「休日出勤百三十二日連続」


女神の手が震えている。


「これ本当に人間界ですか?」


「日本だ」


女神は本を閉じた。

そして真顔になった。


「わかりました」


「何が?」


「あなたに最強の能力を与えます」


ついにチートか。

遅い。

女神は厳かに告げた。


「あなたの能力は――」


光があふれる。

世界が震える。

神々しい音楽が響く。



「社会人経験EX」



「帰るぞ」


「待ってください!」


「ふざけてるだろ!」


「違います!」


女神が必死に叫んだ。


「異世界では本当に強いんです!」


「そんなわけあるか!」


「だって報告書書けますよね!?」


「書けるけど」


「クレーム対応できますよね!?」


「できるけど」


「会議進行できますよね!?」


「できるけど」


「部下育成は!?」


「できる」


女神は満面の笑みを浮かべた。


「それ全部、異世界では伝説級スキルです」


「嘘つけ」


「本当です!」


その瞬間。

足元に魔法陣が現れた。

転生の時間らしい。



女神は最後に叫んだ。


「頑張ってください!」


「嫌な予感しかしないんだが!」


光に包まれる。

意識が遠のく。


そして俺はまだ知らない。

この世界で、

ドラゴンを倒すよりも、

魔王を倒すよりも、

はるかに恐れられている存在がいることを。



その名は――


『報連相のできる社会人』。



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