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氷のロミオと炎のジュリエットは簡単には恋に落ちない。

掲載日:2026/01/30

「ジュリエット嬢、その大人数で道を塞がれると非常に迷惑だ。そこをどいてくれ」


 ヴィットーリア王国の王宮内では、一人執務室に向かおうとするメルクーリオ公爵家の嫡男ロミオと、騎士団を率いて剣術の訓練に向かおうとするマルテ公爵家の令嬢ジュリエッタの一行が対峙しあっていた。


(今日も美しい! それにしても取り巻きが多すぎではないか! ずるい、ずるすぎるぞ。特にそこの男、ジュリたんのいとこのティボルトか、いくらいとこだからってちょっと近づぎじゃないか、クソッっ、俺の女神・ジュリたんから離れろ!)


「まぁ、これはこれはメルクーリオ小公爵閣下、大変失礼いたしましたわ。()()()()()()の小公爵閣下にはわからぬこととは存じますが、我ら騎士団は一心同体が信条。()()()()()()ですと身軽で羨ましいですわ」


(ああ、ロミオ様、鋭い刃を思わせるその双眸。頭が切れるなんてレベルではない我が国屈指の頭脳。何物をも寄せ付けないその孤高の雰囲気も素敵だわ。暑苦しいだけの脳筋男どもとは大違い!)


 ここヴィットーリア王国では、氷をつかさどるメルクーリオ家と炎を象徴するマルテ家の二大公爵家が王家を支えていた。


 が、この両家は建国以来、仇敵の間柄だった。それは現当主の代になっても相変わらずで、何かとぶつかり合うので、王家もほとほと困り果てていた。


 とにかくこの両家は何においても真逆なのだから、良好な関係など築けようはずがないのだ。


 北の守りを固める、芸術、智、商業を貴ぶ家柄のメルクーリオ家に対して、マルテ家は南の要であり、軍事、愛、農業を家訓の柱としていた。


 しかし、そうも言っていられない事態が起こる。王国と西側の国境を接していた共和国が、帝国との戦争に負けて属国となってしまったのだ。次に帝国の餌食となるのは王国、というのがもっぱらの噂だった。


 この国難に立ち向かうには、二大公爵家が手を結ぶ必要がある。そう考えた国王は、ちょうど未婚で年頃の子女がいる両家に、その二人の婚姻を命じた。


 その二人とは、マルテ家のジュリエットとメルクーリオ家のロミオ――先ほどから対峙している両名である。


 ジュリエットは、炎の家の令嬢ということもあって、快活で情熱的、騎士からは絶大な人気を誇る、騎士団の一隊を率いる剣の手練れだった。一方のロミオは、眼光鋭く、冷静沈着、智謀に長けた策士で、将来の宰相と嘱望されていた。


「どうして先祖のしりぬぐいをなぜこの私がしないといけないの! あんな不愛想な能面男、願い下げだわ!」


(うそ、うそー! ロミオ様と結婚できるの! 今すぐ嫁ぐわ、こんな暑苦しい家なんて御免だもの!)


「あの女はまるで品がなく、男勝りもいいところだ。傲慢で派手で騒々しく、貴族の令嬢の風上にもおけない。到底、メルクーリオ家の夫人として相応しいとは思えない」


(ジュリたんが俺の妻になるのか! 国王陛下グッジョブ!! 夢か、これは夢だ! 夢ならば永遠に覚めないでくれー!)


「仮に婚姻を結んだとしても、あの両家のあの二人のことだ、契約結婚になるだけで全くもって無意味だ」


 しかし、いがみ合う両家や二人に対する周囲の見解はこんな感じだった。これでは、仮に二人を娶わせたとしても、両家が親しくなるどころか逆効果である。当然、表向きは対立している二人も意地を張りあったままだ。


 これを知った恋のキューピットとして名高い王妃は、二人にある提案をした。


「ねえ、二人とも、愛はとても素晴らしいものよ。二人にもそれを身をもって知ってもらいたいわ。そこで私からの提案よ。二人とも1日に1度、お互いの良いところをみつけて、褒めあいなさいな。それで、たくさん相手を褒められた方が勝ちね。負けた方は潔く相手の家に入ること!」


 そして、ジュリエットとロミオは1日に1度は、王宮内の人目のある場所で顔を合わせることが義務付けられた。


「クソすぎるわ! あんな男に褒めるところなんてある!? 冷たいので、熱を出したときに氷枕代わりになって便利ですね、ぐらいしかないわよね!」


(ロミオ様、素敵ですわ。熱く燃え上がってしまった私の心のほてりを、どうかその氷のような瞳で見つめて鎮めてくださいませ。ああ、やっぱりダメよ、余計に燃え上がってしまうわ!)


「無理だ。あの女に長所なんぞあるのか? せいぜい、体温が高そうで薄着で済むから、被服費が節約できて無駄が防げる、ぐらいしか思い浮かばん……」


(ジュリたん! いつも薄着の君、なんて滑らかで艶やかで健康的な肌なんだ! 魅力的過ぎるぞー! だが、他の男に見せないでくれ! 薄着は俺の前だけにしてくれ!!)


 お互いの友や同僚も、それは誉め言葉になっていないと諭すものの、とにかく二人はそのような状態だった。


 のだが、実は、この二人、先ほどから心の声が示す通り、本当の性格とお互いへの想いは全く違っていたのだ。


 ロミオが最初にジュリエットに会ったのは数年前の夜会だった。彼はこの時、美女と名高かったジュリエットのいとこを盗み見るべく、悪友のマーキューシオとマルテ家の夜会に忍び込んだのだ。その時、華麗なジュリエットの姿を見て、一瞬にして心を奪われてしまった。しかも、それが仇敵の家の長女だとは。彼はその事実を絶対に周りに悟られてはいけないと思い、特にジュリエットの前ではクールな男を演じていたのだ。


 一方のジュリエットは華やかで悪女を思わせる風貌でありながらも、その実、武に生きてきた剣士なだけあって、恋愛には疎く、一言で言うと初心だった。特に、自分の周りにいる男たちとは異なる、知的なロミオとはどう接していいのかわからず、意地を張るあまり、つい強気になってしまうのだった。


  ◇  ◇  ◇


 よく晴れたある日、王家が、いわば二人のために主催したお茶会が開かれていた。季節の花々が美しく咲き乱れる庭園には、二人だけでなく貴族の子女が集められていた。


 令嬢たちはジュリエットの前でロミオを褒めそやす。逆に令息たちは、ロミオの前でジュリエットを持ち上げる。自然と会話の中で相手を褒められるように、お手本となってうまく誘導していたのだ。


「ロミオ様は、今日もクールでミステリアスな雰囲気でお素敵だわ」

「あの研ぎ澄まされた鋭い瞳で見つめられたならば、心まで射抜かれてしまいそうよ」


 それに対して素直になれないジュリエットはこう返す。


「クールと冷たいは似ていて非なるものだわ。せっかくお天気もいいのに、ロミオ様がいらっしゃると(ひょう)が降りそうね」


「ジュリエット嬢は、騎士団でも多くの男たちに慕われている。面倒見がいい愛情深い女性なのだろうな」

「何とも華やかで美しい。この庭園に咲き誇る薔薇の花も霞んでしまうようだ」


 恋心を秘めているロミオもその想いとは裏腹に、毒舌をやめることができない。


「ジュリエット嬢のことだ。美しい花を霞ませるどころか、嫉妬の炎で燃やし尽くして灰にしてしまうのではないか?」


(そんなこと、言われなくても十分わかってます! 彼(彼女)ほど尊い人はいない! だけど、みんなの前でそんなこと言えるわけがない!)


「はい、二人ともまたマイナス1ポイントよ。今、相手をきちんと褒められたらこの勝負にリードできるのに……。あっ、もしかして、お二人ともわざと負けを狙っているのかしら? 実はドMで、相手に屈服させられたいとか?」


 王妃様にそう言われて、ぐーの音もでない二人。だけど、負けを認めるわけにもいかない。


「ま、まさか! 軍人であるこの私が屈服させられたいだなんて。ロミオ様は、とてもす、す、す……」


「そ、そうです、王妃様。ご冗談はおやめください。常に我が国の利益を考えているこの私がわざと負けを狙うだなどありえません。ジュリエット嬢は、誰よりもう、う、う……」


「す、何? う、何? ほらほら次の2文字目言ってみましょう」


「すて、すて、すて……」

「うつ、うつ、うつ……」


「すて、何? うつ、何? はいはい、その調子よ。続いて3文字目、言ってみましょう!」


 王妃様もノリノリだ。それにうまく乗せられてほしいところだ。


「すて、すて、すてられた子犬のようですわ。いつもお一人でいらっしゃるので」

「うつ、うつ、うつけものとまでは言えないかと……最適な軍略を練ることはできなさそうですが」


(うわーー、私のバカ! 捨てられた子犬なわけないわ! でも、もしそうならば私が拾いたいぐらいよ! それにロミオ様の立てる作戦は神そのもの! ああ、早く彼の指揮の元で戦いたいわ)

(うおーー、俺の愚か者! 軍略なんて俺が考えればいいだけだろ! ジュリたんはその剣技だけでも国宝級じゃないかー! 俺は捨て犬で構わない。むしろジュリたんに拾ってもらいたいぞーー!!)


「あらあら、素直じゃないんだから……」


  ◇  ◇  ◇


 今日は王宮が主催する夜会の日。当然例の二人も二人そろって参加することが義務付けられている。ロミオはジュリエットをエスコートすべく、控室を訪れていた。そこには真っ赤なドレスに身を包んだ煌びやかなジュリエットの姿があった。


(う、美しすぎる! ジュリたん、君は俺の太陽だ! その情熱的な愛の炎で、俺の凍えきった心を溶かしてくれー!)


「ジュリエット嬢は性格も見た目も領地も暑苦しいのかもしれないが、ここは温帯にある()()()程度の王都だ。そのドレスの上半身、少し布地が少なすぎではないだろうか?」


「確かに、いつもお淋しくお過ごしの閣下が隣にいてエスコートしてくださるのであれば、涼しいを通り越して寒いぐらいですものね。次の機会があるならば、厚着をしないといけませんことね」


(ロミオ様、なんてスマートなのかしら! 知性と品性とが全身からにじみ出ていらっしゃるわ! まさに氷の彫刻のよう! 次の機会があるならば、ロミオ様カラーのドレスを仕立てたいわ!)


 表向きは文句を言いあいながらも、優雅にジュリエットをエスコートをするロミオ。実に絵になる二人だと、その様子を目にした国王も満足げであった。


 ダンスが始まる。当然、この二人には他のパートナーを探す権利はない。


「インドア派でいつも机にかじりついているあなたが、私のステップについてこられるかしら?」


「ご心配なく。そういうそちらこそ、ダンスを単なるスポーツと勘違いしておいでのようだ。リズム感という言葉をご存じだろうか?」


(ロミオ様のお顔が近い! 私は軍人、私は軍人。剣の打ち合いで相手と近づくことだってあるのだから、何てことないわ。キャーー!)


(ジュリたんの身体に触れてしまった! ジュリたんの手、なんて美しいんだ。この手で剣を握っているなんて奇跡でしかないだろう! 俺の手、絶対に手汗をかくなよー!)


 弦楽器が奏でる軽快なワルツに合わせてステップを踏む二人。


(ロミオ様、とてもリードがお上手だわ。さすがは戦略家、きっと緻密な計算の元、私を導いてくれているのね、素敵だわ)


(ジュリたん、俺の意図をすぐに理解してくれる。これぞ以心伝心! そして即座に答えてくれている、この勘と反応の良さ。なんて心地いいのだ。ああ、愛しい人よ!)


(……私たち(俺たち)案外、相性がいい!?)


「ぱちぱちぱち。お二人とも素敵だったわー! そのお口と違って、身体と心は素直なのね」


 二人のダンスを見ていた王妃様は、手を叩きながら微笑んだ。


「なかなかの腕前でしたわ」

「そちらこそ、まあまあ音感があると言っていいのではないか」


「二人ともいい調子よ。はい、もう一声!」


 王妃も二人を盛り立てる。


「ダンスは屋内でするものとはいえ、いつもお一人のロミオ様がどうやって練習なされたのか、拝見したかったですわ」


「あらー、ジュリエット、そんなにロミオが気になるのですか? のぞき見したいぐらい好きってことかしら?」


「い、いえ、私は別にそういう意味で言ったわけでは!」


 ついにジュリエットの言葉を曲解しだした王妃。ジュリエットは弁解するものの、王妃はまるで聞いていない。


「はい、次はロミオの番よ。ジュリエットはあなたのことをもっとよく見ていたいのですって。このままだとあなたの負けかしら?」


「そ、そのような……。ジュリエット嬢が得意な剣術や馬術もリズム感は大切ですから。ダンスもその延長線上ということではないかと……」


「あら、ロミオ、よく見ているじゃないの。ジュリエットの剣術や馬術の特性をちゃんと把握しているだなんて。もう十分ジュリエットのことが好きね」


(す、好きだなんて! でも、ロミオ様が私の剣技を認めてくださっているだけで幸せすぎるわ!)


「いえ、そ、そういうわけでは、その、ジュリエット嬢に限らず、各騎士たちの特徴を把握して、それを活かすように作戦を練るのが自分の役目ですから」


(ほかの男はだいたい力技で押すだけで、ガサツで、まさにザ・脳筋。それに比べて、ジュリたんの剣技は洗練されていて、まさに舞のようなのだ! もう、ジュリたんしか勝たん!)


「あっ、私思いついちゃったわ。次は狩猟大会を開きましょう! ね、陛下。二人の活躍が楽しみだわ」


 二人の距離を縮めるべく、次々と行事をけしかけてくる王妃様。


  ◇  ◇  ◇


 狩猟大会は、索敵役と仕留める役、二人ペアを組んでの参加とされた。どちらかだけの能力が優れているだけでは勝つことは難しい。二人の息があっていないと獲物を逃がしてしまうからだ。王妃は、勝者には豪華賞品を用意すると告げた。


 騎士服を着こなす凛々しくも華麗なジュリエット。一方、ロミオもいつもの優美なコート姿ではなく、随分とくだけた動きやすい服装だった。


(ジュリたん、まさに軍神! 戦の女神!! まぶしすぎる! こんな近くでジュリたんが剣を振るう姿を拝めるなんて、生きていてよかったなんてレベルじゃないぞ!)


(ああ、いつもとはまた違うロミオ様。ザ・貴公子のうるわしいお姿も素敵だけど、ラフな格好もお似合いになるのねー!)


「念のため注意しておくが、貴女は少々急く癖がある。無駄な攻撃をして獲物を逃さぬように、慎重に狙いを定めて確実に仕留めるように」


「そちらこそ、魔物に怖気づいて見逃すなどということがないようにお願いしたいですわ。この辺りにいる程度の低級な魔物、全くもって私の敵ではありませんのでご安心を」


 一見すると意地の張り合い、実はお互いに良いところを見せたくて、二人はいつも以上に頑張った。そして、多数の魔物を倒し、見事勝利を勝ち取った。


「じゃじゃ馬と噂される通りの見事な暴れっぷりといったところか」

「遠回しに私が強いと褒めてくださっているのかしら? そういうあなたこそ、お得意のポーカーフェイスで、怯えずによく堪えたと褒めて差し上げてもよろしくてよ」


「二人とも! 本当に息ピッタリね。素晴らしかったわ。はい、これ、優勝したお二人に豪華賞品を贈るわ」


 こうして二人は王妃の用意した豪華賞品――海辺のリゾートホテルのペア宿泊券、馬車での送迎付きとYes・No枕をゲットした。


「もしご要望であれば、大サービスでとっておきの媚薬もつけちゃうけど」

「「いりません!」」

「あらっ、本当に二人は息ピッタリね。じゃあ、二人で楽しい休暇を満喫してきてちょうだいね。お土産は……そうねぇ、ハネムーンベイビーでいいわ」


 ジュリエットとロミオは、気が付いたら二人きりで馬車に揺られていた。お互い、目を泳がせながらも、決して目線を合わせようとしない二人。


(何か話さねば。このままでは気まずすぎる! いや、俺はクールなキャラで通しているんだ。黙っていても問題はあるまい。じゃないだろう! ここは男の俺がリードすべきだろう!)


(どどど、どーしよう! このまま黙っていたら、まるで意識しているみたいじゃない! まるで意識……っていうか、むしろ意識しまくっているんだけど!)


「「あの」」

「「いえ(いや)、お先にどうぞ」」


 タイミングと発言が被るというまさかの事態に、話そうと思っていたことが全部飛んでしまった二人。ロミオは咄嗟に馬車の窓から外を覗いた。満月に近い月が目に飛び込んでくる。


「月が綺麗ですね」


(しまった! 「月が綺麗ですね」など「好きです」と言っているようなものではないか!)


 そう言われて、ジュリエットはロミオと同じ方向の窓から外を眺めた。確かに、月が見える。


「そう、ですね。少しだけ、欠けているようにも見えますが。明日か明後日辺りが満月でしょうか」


 ジュリエットは純文学を嗜む女子ではなかったので、「月が綺麗ですね」の言葉を文字通り受け取っただけだった。


「そうですね。月の出の時刻を考えると、明後日が満月かと」

「えっ、月が出る時間で、満月かどうかわかるんですか?」


 月の動きも知らないなんて馬鹿にされると思ったジュリエットだったが、意外にもロミオは真面目に月について解説をしてくれた。


 ロミオはロミオで少しほっとしていた。彼が口走ってしまった言葉の意味を、彼女が理解していないようだったからだ。その上、月の動きのようなつまらない話を、彼女に真剣に聞いてもらえたことに。


 意外にも二人は初めてまともな会話ができていた。


 二人に必要だったのは、二人きりになる時間だったのかもしれない。人目がないのであれば、無理に自分の気持ちを偽って、虚勢を張る必要はないのだから。


 満月に少し満たない月がそれほど高く昇らないうちに、馬車は海辺のリゾートホテルに到着した。


「私は改めて宿に部屋を取りますので、王妃様が贈ってくださった部屋はジュリエット嬢がお使いください」


 表情一つ変えずにロミオはそういうと、先に馬車を下りて姿を消した。ジュリエットは一人、部屋に向かいバルコニーから月明りに照らされ、揺らめく波を眺めていた。


「ロミオ様、あなたはどうしてロミオ様なの」


 少し感傷的な気分になったジュリエットの口から、そんな言葉がこぼれた。


 誰も聞いていないと思っていたこの独白を隣のバルコニーで耳にしてしまった者たちがいた。ロミオを揶揄おうと隣に部屋を取ったロミオの悪友、マーキューシオ。そして、同じく反対隣に部屋を取ったジュリエットのいとこで、彼女に密かに想いを寄せているティボルトだった。


 ティボルトは腸が煮えくり返る思いだった。


 顔を合わせるたびに、愛しいジュリエットに対して皮肉を浴びせてくるあの冷酷な男に、まさかジュリエットが懸想しているのか。ジュリエットをマルテ家に取り戻す。そのためにはあの男に消えてもらうしかない。そう考えたティボルトはありったけの怨念を込めて、「果たし状」をしたためるのだった。


 事件は翌朝に起きた。


 果たし状を持ってドア前待機していたティボルトと、ロミオを揶揄うべく隣室を訪ねようとしたマーキューシオが鉢合わせしてしまったのだ。


 ロミオと異なり血気盛んなマーキューシオは、ティボルトが手にしていた「果たし状」を見て、親友の代わりに俺がやってやるとなる。


 爽やかな海辺の朝だというにもかかわらず、ホテル前のビーチには人だかりができていた。二人の決闘を見物に来たのだ。偶然、朝の散歩をしていたロミオもこの騒動に気が付き、駆けつける。


「一体どうしたというのだ。二人とも、剣を収めろ」


 そう諭されて引き下がるような二人ではない。


「ロミオ、お前も男だろ! 男だったら、そいつからジュリたんを奪ってみせろよ!」

「貴様! 我らのお嬢に向かってジュリたんだと!」

「マ、マーキューシオ、お前なぜ、俺がジュリたんと呼んでいることを知っているんだ!」

「そりゃ、お前がよく寝言で言ってるからだろ? なんだ、自覚なかったのかよ」


(クソ―ッ、マーキューシオのやつ、俺の恥ずかしい秘密を公衆の面前でバラしやがって!)


「ジュリたん……ジュリたんですって!!」


 気が付いたら、そこにはジュリたんことジュリエットがいて、男たちの会話を聞いたジュリエットはつかつかと大股でこちらへ向かってきた。


(ジュリたんに、ジュリたん呼びしていることが知られてしまったー! しかも、寝言で! これはもう終わりだー!)


「ロミオ様、これからは私、あなたのことを、ロミロミと呼ばせてもらいますので。お覚悟くださいませ、ロミロミ!」


 不敵な笑みを浮かべながら、ジュリエットはそう宣言した。ロミオは、ジュリエットに馬鹿にされたと思い、もともと白い顔をさらに青ざめさせていた。


(はあ、まさかロミオ様は私のことを寝言でジュリたんと呼んでくれているなんて! もう胸キュンだわ。私も彼をかわいいあだ名で呼びたいわ)


(クッ……。絶対に馬鹿だと思われた……。だが、それでもかまわない! ロミロミだと! 俺はロミロミだ! ジュリたん、かわいすぎる! もっと呼んでくれー!)


「ロミロミ、せっかく海に来たのですから、泳ぎませんこと? まさか氷は水に溶けてしまうから怖くて泳げないなんてことはありませんわよね?」


「望むところだ、ジュ、ジュリたん……。氷は、水よりも密度が小さいので水に浮くのだ。そちらこそ、この広大な海の水によってその炎が消え、急にしおらしくなったりしないでくれよ」


 二人の間は一歩前進したのだろうか。


 今日も氷のロミオと炎のジュリエットは簡単には恋に落ちない。


 ように振る舞う。


 だけど、本当はもうとっくの昔に恋に落ちてしまっている、とも言えるのだけど。

読んでくださりありがとうございました。

評価などしていただけると嬉しいです!


他にも、短編・長編ともにラブコメばかり書いていますので、よろしかったらご覧ください。

よろしくお願いします!

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