第1章 【4】外の世界
「はい、仲良し2人組ー認定しまーす!」
ハルが嬉しそうにそう言うと、フールとメイスは不服そうにお互いを見合った。
「そんなことより、暗証番号が分かったんです。ハルさん、早速扉に向かいますよね?」
メイスは話題を即座に変えると、ハルに質問した。
ハルはぶんぶんと勢いよく頭を縦に振る。
「もちろんだよっ!これで私たちの探検隊の栄えある第1歩を踏むことが出来るんだねっ!」
「そうです、ハル隊長、どこまでもついて行きますよ!!」
はしゃぐハルとメイスを見て、フールは暗い気持ちで心が覆われているのを感じた。
考えた末、やっぱりハルとメイスを見捨てられない
と思った。
もしパスワードが分かってしまい、外へ出て2人が危機に遭遇したらと思うと自然と足が集合場所に向かっていた。
それでも、本当はどこかでパスワードなんて見つからなければと思っていたのだ。
そんなフールの願いも虚しく、3人は脱出用扉の前にたどり着いてしまった。
薄暗い通路の中を、自動追尾プレートの明かりがゆらゆらとハルたちの周辺を照らしている。
ハルがごくりと唾を飲み込むと、扉の横の4桁の暗証番号を入力する金属の数字キーに触れる。
「2589よね?」
念押しするハルに、メイスは頷いた。
「はい、そうです」
ピッピッピッピッ
ハルが暗証番号を入力する間、つかの間の沈黙が流れた。
そして……。
ガチャ··········。
フールの願いも虚しく、錠が解錠される音が辺りに響いたのだった。
「今の音、鍵が開いたってことだよね?それじゃあ、夢にまで見た外の世界へ!!」ハルは扉の把手に手を掛けて元気よく言った。
「ハルさん、ちょっと待ってください!」
メイスが今にも外に飛び出しそうなハルを静止した。
「外に行く前に少し気になるものを保管庫の映像で見つけたのでお二人にも情報共有しておきます」
メイスから差し出された1枚の紙をハルとフールは覗き込んだ。
自動追尾プレートに照らされたものは緑色に輝く球体の写真だった。
「なんだよ、これ?」
フールは眉をひそめて訊いた。
「リアルタイムの衛星写真を印刷してきたものです」
「地球の写真ってこと?私、子供の頃に“地球は青い”って授業で教わった記憶があるけど」
「僕もそう教わりました。でも今の地球は海という水が木々に完全に飲み込まれて緑色になっています。外の世界が100年経った今もまだ危険な可能性が高いということです。ハルさん、今日は外の様子を少し窺うだけにしてすぐ帰りましょう」
「あー…実は隊長も今そう思った」
ハルはやや残念そうな表情を見せたもののメイスの言葉に納得した。
「(ガキンチョ、“外で確認したいことがある”とか言ってたけど冷静な判断をするんだな)」
フールはそんなメイスの言葉を受けて感心して、2人のやりとりを見守っていた。
「さぁ気を取り直して今度こそ!夢にまで見た外の世界へ!」
ハルは元気良く扉を押し開きながら言う。
三人は生まれて初めてドームの外へ踏み出したのだった。
バタン!
扉を開けた瞬間、シュゥゥゥと突風が三人に吹きかかった。
そして―――
「…綺麗…」
ハルが最初に目にしたのは、満天の星空と辺り一面ピンクや黄色の美しく咲き誇る花々と甘い香り。優しい風が心地よく頬を撫でる。
恐ろしい木々なんて周りに1本もなく、見渡すかぎり美しい花畑が水平線の先まで広がっている。
ハルの想像していた世界がそこにあった。
「すごいですね、これなら…」
外の世界にはメイスが望んでいた“人が住める環境”が整っていた。近くには湖が見え、家を建てられそうな平地もたくさんあった。
ドーム内という閉ざされた空間ではハル以外は誰も自分を見てくれない哀しく寂しい閉ざされた世界だったが、外へ行けば自分自身を変えることが出来るかもしれない。
「ねぇ、どう?フール!だから私言ったでしょ、外の世界はこぉ〜んなにも美しくて綺麗だったでしょ?」
「お、お前たち…さっきから何言ってるんだ!」
ハルとメイスとは対照的に、フールの目前には恐怖が広がっていた。
フールの目の前には、1面に木がそびえ立っていた。茶色い樹木の木、黒い樹木の木などが無数に高く乱立していて、木の枝からは青い煙が出てもくもくと上空に流れていっている。
そのせいで、視界は青いというのがフールの一番のドームの外の感想だった。
そして、2番目に感じたのが一面に広がる砂漠だった。
足元はサラサラと乾いた砂漠の砂が靴に絡みつき、どこまで行っても土も川も見えなさそうだった。
最も、この青い煙のせいで実際遠くはどうなっているかは分からないけどともフールは感じた。
青い煙はもしかして有害ではないのか?フールはハッと思い当たると、即座に鼻と口を腕で覆う。
急いでハルとメイスに注意しようとした時、2人の能天気にはしゃぐ声が聞こえてきたのだった。
「外の世界が美しく綺麗だって?!2人とも何言ってるんだ!!」
フールが何度見ても、青い煙をもくもくと吐き出す太い木々に、砂漠地帯が広がっているようにしか見えない。
こんな所に住めるはずもない、いやそれより原因不明な煙が危険すぎる!
フールが幾度か呼びかけても、ハルとメイスは動じなかった。
ふらふらと木々の方に歩き出す2人の方に、木々の枝がゆっくりと伸びていくのをフールは見た。
それはまるで生きているかのように2人を絡め取ろうとしていた。
「危ないっ!!」
フールは咄嗟に、持ってきていたファイヤースプレーを取り出す。
何か外の世界に危険があった時のために、念の為にバッグに入れておいたものだ。
スプレーは、軽くセンサーに触れると、標的にオートで光でロックした。フールがOKと指示すると、木の枝目掛けて激しい炎を直線で噴射する。
木の枝は炎に当たるとシュルルと熱さを感じているように退いていく。
と同時に、その炎の眩しさに、ハルとメイスはハッとしたような表情をして立ち止まった。
「一旦帰還するぞ!!」
フールはそんなハルとメイスを引っ張って、元の脱出用扉まで連れていくと、即座に暗証番号を入力して扉を開けて、2人を中に押し込んだのだった。
息絶え絶えのフール。ハルは小刻みに震えており、メイスは一言も発さず呆然としていた。
「二人とも大丈夫か?変な青い煙が充満していたけど、苦しいとか体調に変化ないか?」息切れしながらフールは尋ねた。
「私は…大丈夫だけど」
「僕も今のところ痛いとか苦しいとかはないです。一応念の為にスキャナーで身体に異常がないか調べましょう」
メイスはバッグから小型パソコンを取り出して“医療用スキャナー”を起動した。
パソコンから2mほどの長方形の光が投影され、まずメイスがその光をくぐり、その後にフールとハルも続いた。
体温・血圧・血中酸素濃度・脳神経回路動作諸々…興奮状態の脈拍値を除いては正常の範囲内の数値だった。
「一先ずあの青い煙に有毒性はなさそうですね」
「それなら良かった」フールは安堵した。
「フール、メイス、ごめんなさい」
ハルはまだ小刻みに震えながら言った。
「私のせいで二人を危険な目にあわせちゃった。危ないかもしれないって分かってたのに、自分を隊長とか呼んで調子に乗って二人を無理やり巻き込んで、本当にごめんなさい」言い終わるとハルの目から大粒の涙が一気に溢れ出した。
「いや、ハルさんのせいでは…僕も前々からドームの外に行ってみたかったし、調べたいこともあったし」そう言うと続く言葉を見失ったのかメイスは黙ってしまった。
「ハル、もう気にするな。みんな怪我もなく無事だったんだから、とりあえずそれだけで良しとしよう。今日は時間も遅いし家に帰って、また明日三人で会おうぜ」
フールは出来るだけ明るい口調で言った。
「うん…ありがとう」
明日の10時に図書館前で待ち合わせを約束して三人はそれぞれ自動巡回車に乗って帰路についた。
〜図書館前9時45分〜
フールは待ち合わせ時間より早めに先に着いて待っていた。
昨日は一睡も眠れなかったが今更眠気がきた。
次に到着したのはメイスだった。
「おはようございますフールさん。ハルさんは…まだですか」
「ガキンチョ、寝れたか?」フールはあくびをしながら言った。
「そのガキンチョって呼ぶの止めてくれません?非常に不愉快な気分です。でも、ハルさんがいない今のうちに一応ちゃんと伝えておきます…昨日は助けてくれてありがとうございました」
「(へぇ、意外と礼儀はあるんだな)」
「やぁやぁやぁ、二人ともお待たせ。昨日は本当にごめんね!!でも私はたくさん寝たらすぐに回復しちゃったんだよー」明らかに無理して笑いながら元気に振る舞うハルが、到着した自動巡回車から勢いよく飛び出してきた。
「あんまり昨日の話はしたくないだろうけど…俺気になってることがあってさ。二人ともドームの外に出た瞬間にどんな景色が見えてたんだ?」フールがずっと疑問に思っていたことをきいてみた。
「あのね、ドアを開けた瞬間、一面に広がる綺麗なお花畑だったはずなの…」思い出したハルはまた少し暗くなってしまった。
「え?僕には湖と平地が見える景色でしたよ」
ハルとメイスはお互いが魅せられていた情景すら違うことに驚いた。
「どういうこと?」
ハルは困惑したように首を傾げて考え込んでしまった。
メイスも下を向いて考えている。
「見たものが違うなんて、実際の光景は1つしかないはずなのにおかしいですね⋯⋯」
考え込んでいる2人を見ながら、フールも今までの情報を整理していた。
あの扉の向こうには、プールの視点からは怪しげな木々ともくもくした煙が立ち上っているだけだった。
そして、実際に2人がふらふらと木に向かって行った時、木の枝にファイアースプレーを噴射することで、2人は我に返った。
そして青い煙の認識もそこで2人は初めてしたようだった。
ということは⋯⋯。
「木の中に幻影を見せる性質があるものが居るのかもな」
「幻影?ホログラムってこと?」
フールの言葉を受けてハルが聞き返す。
フールは頷くと自分の推論を話し出した。
「ホログラムと同じ原理か分からないけど、人間をプラスの幻影で寄せ付けて、木の養分にしてるんじゃないか?」
恐ろしいフールの推理に、ハルとメイスはギョッとした顔をした。
「まさか、そんなこと⋯」
外の可能性を信じていたハルは呆然と呟いた。
「あの光景は幻影⋯⋯」
外の世界を夢見ていたメイスは希望を打ち下されて打ちのめされたように頭を手で覆う。
そんな2人を見て、フールは思った。
とりあえずは探検隊は休眠かな?と。
これで良かったんだ。
外の世界なんて、行こうとしたのが間違いだった。
俺たちは井戸の中のネズミ。それでいいんだ。
実際外の世界には危険が待っていたじゃないか。
そんな風に自分の意見に確信を持ったフールは、改めてユートピアの中を見回した。
何もかも満ち足りている世界。
いいんだ。ここで。
外の世界になんか興味を持たず、このままここでいつまでも暮らしていこう。
ドームにはいつも通りの平和な青い空に白い雲が流れ、外の驚異など誰も知らないように無邪気な笑い声が響いていた。
1部終




