第1章 【2】どーやって外に出ようか?
「不思議だよな」
フールは雲で出来た大きなベッドに横たわり独り言を呟いた。
ハルと一緒にいると外が危ないって理解していても魅せられてしまう。外の世界が実は楽園だったらと望んでしまう自分がいる…相反する気持ちに心揺れるが、フールは現実思考者だった。
「明日、脱出用通路に行ってみよう。扉は開きっこないんだ。そこでハルに外に出られない現実を知ってもらって、この話はもうおしまい!」
翌朝、脱出用通路に誘われたハルは一瞬意外そうな表情でフールを見たがすぐに歓喜の声色をあげた。
「遅ーい!ついに探検隊の一員になる決心をしてくれたんだね、フール君。ちなみに私が隊長だからね」
喜びのあまり調子に乗るハルを苦笑いで躱しつつ脱出用通路に歩き出した。
ドームの一番端にあるトンネルから地下へと続く脱出用通路は、光溢れるドーム全体とは対照的に、とても暗く、湿気ていた。
2人は空中に浮く火の玉をホログラムペンで書いて、それを空中固定プレートに乗せ、ヒト追尾モードをオンにした。炎はフワフワとプレートに乗ったまま2人の周りを照らしてくれた。
ハルとフールは二人で無言でコツコツと歩いていった。
薄暗い通路の雰囲気に呑まれていたし、通路に響く足音が不気味に感じて言葉を発したら何か得体の知れないものが出現するような気がしたからだ。
脱出用通路の先に、扉がそびえ立っているのが見えて、扉の取っての横には、パスワードを入力する装置が設置されているのが見えた。
ここのパスワードは、長いこと使用してなかった為に皆の記憶から忘れ去られ紛失されたままだ。
でも誰もこのドームから出ようとする命知らずはいなかったから、今まで問題もなにも起きなかった。
扉を解除するには、0~9までの10の数字のボタンの中から定められた暗証番号を押し、最後に“Enter”を押せば解錠される簡易的な作りではあった。
しかし、そもそもが何桁に設定されたパスワードなのかすら分からない2人にとっては、広大な海の中から1枚の硬貨を探し出すようなものだった。
「まぁ…さすがに無理だよね〜。闇雲にパスワードを入れて正解を当てられたらそれこそ奇跡だよ。もう帰ろう。」
フールは出来るだけ残念そうに言った。
でたらめに数字を押して何度か試みたハルも「そうみたいだね」と軽く言葉を返したが、フールにはハルの返事から落胆の意志は全く感じなかった。
「こんな感じっていうのが分かっただけで今日は収穫だよ。私こーゆーの大得意な人、知ってるもんね〜。」
「…誰のこと?」
満面の笑みのハルとは対照的にフールはとても嫌な予感がした。
「メイスだよ」
ハルの返答に嫌な予感が当たってしまったフールはため息をついた。
メイスはとても賢くパソコンが得意だった。しかし、彼の祖父が若い頃にハッカーをしており重要機密を他国に流していた過去があったため、周囲の人々は100年経った今でもメイス一家に冷たく誰も接しようとはしなかった。天真爛漫なハル1人を除いて。
「メイスは関わらせない方がいいと思うけど。何か信用出来ないんだよね」
フールがそう言うと、案の定ハルは顔を赤くして怒った。
「何でそんなこと言うの?メイスは頭いいし、私に親切だし、すごい頼りになるんだからね!」
フールはハルがメイスの長所を言っているのを聞きながら、そりゃそうでしょ、と思っていた。
天真爛漫で可愛くて、愛嬌あって、行動だって魅力的なハルに冷たくできる人間なんているわけない。
一説ではメイスの一族のせいで戦争の火種が生まれたとか生まれてないとか。
もはや、昔のデータもパスワードの消失により閲覧出来ていないものの、そんなウワサはずっと伝わり続けている。
今もフールの家系の人は人に冷たくて、どこか自分たちは他の人間と違うという態度をとるのだ。
そういう態度の人は当然皆から敬遠される。
そんな中でも、優しく常に天真爛漫に接するハルは、メイスからすると女神に見えたに違いない。
傍から見ても、メイスはハルに対して特別に懐いていた。
メイスはいつも一人ぼっちだった。
“裏切り者の一族”
“あの子とは遊んだらいけません”
そんな扱いを幼い子供の頃からされていたら、さすがに「僕はみんなと仲良くしたらいけないんだ」と自分に言い聞かせて周囲と距離を置くしか方法はなかった…本心を隠して。
本当は声を大にして言いたい。
「おじいちゃんが若い頃にハッキングして情報を流したとか、僕にはそんな昔のこと関係ない!僕だってみんなと楽しく遊んだり笑って話したりしたいんだ!」
でも、僕に出来ることは強がって平気なフリを演じることだけだった。
それがいつしか当たり前になって、周囲との溝がどんどん深まってしまいもう後戻り出来ない状況に陥ったことに気付いて初めて後悔して涙がこぼれた。
そんなときに「なんで泣いてるの?」と声を掛けてくれたのがハルさんとの出会いだった。
ハルさんのことは僕でも知っていた。
いつも元気で明るくて誰とでも友達になれてハルさんがいる場所にはいつもみんなの笑顔と光が差しているような…正に太陽みたいな人だとずっと思っていた。
同時に僕とは正反対な人だとも。
「何でもないよっ!」
直ぐに涙を拭って強がってみたメイスに、ハルは一瞬真顔になると、ニコッと笑いかけた。
「泣きたい時もあるよね」
冷たくいつもみたいに突き放したつもりだった。
でも、そんなメイスに対してハルはまるで小型犬のようにキラキラした顔で、まるで昔からの友達に話しかけるように気さくに話しかけてきた。
そして今ハマっている空中に絵を描くペンの事を話し出した。
他の子と遊んだこともないメイスは、いつの間にか興味津々でハルの手元にある銀色に輝くペンを覗き込んでいた。
「見てて、こうするの!」
ハルは空中にハートマークに翼が付いた可愛いイラストを描いた。
イラストはふわふわ浮いていたかと思うと、固まって落ちて来た。それを素早くキャッチすると、ハルはメイスの手の上に置く。
「えっ?」
戸惑うメイスにハルはあでやかな大輪の花が咲いたんじゃないかというような笑顔でメイスに笑いかけた。
「メイスの心が軽くなってどこまでも自由に飛んでいけますように!」
その時からハルはメイスにとって唯一の友達であり、特別な人になった。
一度言い出したら意見を曲げないハルの性格を熟知しているフールは、渋々ながら一緒にメイスに会いにいくことにした。
メイスと話したことは、多分ない。
母親が言うからメイスと話さないだけで、正直どんな奴か知らない。ただなんとなく周りを見下したような雰囲気があり、いけ好かない奴だというイメージだけが先行している。
本当は話してみたら良い奴なのかもしれない…。
「もしそうならハルは俺なんかよりずっと大人だな」と小さく呟いて苦笑した。
メイスはいつも図書館にいる。
「あ、いたいた。」
メイスを見つけたハルは気さくに声をかけた。
ハルの声が聞こえたメイスは嬉しそうな顔で振り返ったが、“同伴者”が目に入ると一瞬でぶ然とした表情になったのをフールは見逃さなかった。
「大きい声では話せないんだけど、秘密のお願い事があってね。頭の良いメイス先生ならサササッと解決できると私は思ってるんだけどね〜…」
ハルはおどけたように持ち上げる。
「ハルさんのお願い事ならどんなことでも即OKですよ。」頼られて嬉しそうなメイスは子犬のようにはしゃいだ。
「それはそうと…フールさんですよね?今日もハルさんの金魚のフンやってるんですね。」
メイスは敵意むき出しにフールに目をやって冷たく嘲笑した。
「やっぱり俺のイメージ通りだったよ。みんなから避けられる理由は身内が情報漏洩したとかどーかは関係なく、性格の問題みたいだな。」
フールは皮肉を込めてメイスを蔑んだ。
ハルはそんなフールをキッとにらんで言う。
「やめてよ、そんなこと言うの!メイスは賢いし、いつも頼りになるし、冷静に物事を見れるし、本当にいい子なんだよ。フールはまだそんなに知りもしないでメイスの性格を決め付けないで!」
ハルがこんなに強い口調でフールに言葉を放つのは珍しかった。
そもそもハルの周りの子達は大抵温厚でみんな楽しむことが好きだ。
メイスの一族が例外に他の人と距離を置いているだけなのだ。
とはいえ、確かに、ハルの言うことも一理ある、とメイスは思った。
どんな人なのか知りもしないで決めつけた言い方したのは悪かったと思う。例え金魚のフンと相手が言ってきたとしても。
「決めつけた言い方して悪かった」
フールが素直にそう言うと、メイスはふふんと勝ち誇ったように笑った。
「後から謝るなら最初から言わなきゃいいんですよ」
なんだって?!こっちが下手に出てやったのに!!
フールは滲み出る怒りと力が入る拳を必死に抑えていた。
メイスとは仲良くやって行けそうもない⋯⋯。
それがメイスと出会った時のフールの第一印象だった。
「と・に・か・く!2人とも仲良くして!もう…喧嘩しに来たんじゃないんだから本題に入るからね」ハルは強引に話を進めた。
ドームを出て外の世界を探索してみたいこと、脱出用通路の暗証番号が分からないから助けてほしいこと、メイスも探検隊のメンバーに加えたいことを手短に説明した。
3つめの本題はフールも知らなかったため、さすがに口を挟んだ。
「いやいやいや。最後の話は聞いてないけど…コイツが入るなら俺は抜けるぞ」
「よし、それは僕にとっても好都合。フールさんがいなければハルさんと二人で探検隊ですね」
「はいストーップ!!」
2人がヒートアップする前に早めに間に入った。
「隊長としてフールが抜けることは認めないよ。ケンカばっかりして…探検隊を結成してお互いを知っていけば絶対二人は親友同士になれるよ。だって二人とも私の大事な友達なんだから。」
根拠なんて何一つなかったが、ハルの自信の満ちた笑顔を見ていると二人は(そんなわけないだろう)と心で思っていても言葉にはしなかった。
この先ハルの直感が当たるとも知らずに。
「一番の問題は通路の暗証番号なんだよね。」
ハルが腕を組んで悩む素振りをすると、メイスは軽い口調で言った。
「マザーコンピューターにハッキングすればいいだけです。」
「出来ないだろそんなこと。というか、犯罪だろそれ?」フールの言葉を無視してメイスは続けた。
「無尽蔵のパスワードの組み合わせを一からしらみ潰しに探すなんて無能のすることですよ。
最初から正解が載っている情報を得た方が時間も労力も無駄がない。記憶から忘れられていたとしても記録は存在します。」
得意気に話すメイスにフールは繰り返した。
「犯罪だけどな。」
「あのねぇフールさん…もし明日にでも木々にドームが壊されて侵入されたらどうします?その時に誰も脱出用通路の暗証番号を知らなかったら?みんな殺されるんですよ。僕がハッキングすることでみんなに暗証番号の公示をする、僕がやろうとしていることは正しく英雄的行為なんです。」
フールは何も反論できなかった。
黙ってしまったフールを横目に見ながらメイスは話し続ける。
「計画はこうです。まず、マザーコンピューターにハッキングできるマイクロノートパソコンが昔のデータ保管庫の所にあります。今保管庫はほぼ警備などなく入れるので、そこで僕はマイクロノートパソコンからマザーコンピューターへの侵入を試みます。2人は念の為外を見張っていてください。その間に僕が通路用のパスワードを格納されてるエリアへのハッキングをして、無事パスワードを探り当てます」
「別に誰も今さら気にしてないんだから、見張りなんていらないだろ、何でわざわざ俺まで駆り出されるんだよ!」
フールがここぞとばかりに反論すると、メイスは冷静に答える。
「それは隊長のハルさんが何としてもついて行くって言うからですよ。ハルさん1人見張りさせて何かあったらどうするんですか?」
メイスにそう言われると、フールは黙るしか無かった。
「決まりだね!」
2人の話の行方を見守っていたハルが、フールが黙った事を肯定と捉えたらしい。
明るい口調で言った。
「じゃあ、早速今夜決行しよう!」
今夜なのかー?というフールの心の声は誰にもとどかず、パスワードハッキング大作戦はその日の夜に決行されることになってしまったのだった。




