第九話 同窓会(完)
純恋の顔はどこか拗ねたようだった。口が尖らせてるし、眉間に皺を寄せていた。
これどう見てもヤキモチ妬いてるだろ。
これは純恋のことを知らない人でも、一目でわかった。
しかし純恋は認めまいとするように、ぷいと顔を背けて背を向けた。
「ちっ、違う。焼き餅なんかじゃ」
「そう? でも連絡先ぐらい交換しても別にいいじゃない? どうせ小川さんと連絡するつもりもないし」
「それはダメッ」
純恋はぷいと振り返って言った。俺と目が合った瞬間、またぷいと顔を背けた。そして純恋は「実は・・・」って小声で言って言葉を継いだ。
「楓は昔夏梅のことが好きだったんだから・・・その、ダ・・・メなの」
「・・・・・・なんだ、やっぱ嫉妬してるんだろ」
「だだから嫉妬じゃな・・・あ、もー知らん」
純恋は拗ねたような口調で強く言った。俺の視界には純恋の後頭部しか見えなかったが、それでも純恋の顔が赤くなっているのは見なくてもわかった。
「私もう行く。家に着いたら連絡するわ」
「あ、うん・・・」
純恋は逃げ出すように駅の方向へ走っていった。俺は呆然と立ち尽くし、ものすごいスピードで遠ざかっていく純恋の後ろ姿を見て手を振った。
なんでそんなに恥ずかしがるんだろう。嫉妬してるなら、素直に認めればいいのに。
でもまあ悪くない気分だ。
「俺もそろそろ帰ろっか」
ちょうど電車の時間だったので、急いで駅へと行こうとした。しかし、一歩足を踏み出した瞬間
「おい、高村〜」
突然人混みの中から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。反射的に振り向けると、人混みの中から黒岩がこっちへ走ってきていた。
あいつがなんで。ああ、もう相手するの面倒くさいのに。
俺は素早く顔を背けて聞こえなかったふりをした。そして同窓会所から早足で歩き去った。
「え、なんで逃げるんだ。おい、高村! 高村!」
背後から俺を呼ぶ呼び声が何度も聞こえてきたが、精一杯無視して駅へと歩いていった。
幸いに大通りに出ると、やっと黒岩の声が聞こえなくなった。
「しつこいな、あいつ。昔もああだったっけ」
俺は荒い息を吐きながらスピードを下げた。再来年に三十路だからか、少し早足で歩いただけですぐ息切れがした。体がクタクタで重かった。
「やっぱ仕事後に同窓会は無理だった」
でもまあ悪くはなかった。
久々に純恋に会ったんだし、なんだかんだ付き合うことになったし。
マジ色々ありすぎた。
「はあ、疲れた。早く帰ろ」
大きく息を吐きながら駅へと向かった。
******
電車を乗ってついに家に帰った俺は、シャツを放り投げ力なくベッドにダイブした。
「うう・・・眠い。お風呂面倒くさい」
もうこのまま眠りたかった。しかし、入らないと明日の朝が面倒くさくなるから。
「シャワーだけ浴びよう、シャワーだけ」
俺は大きく息を吸い込みパッと立ち上がった。そしてトボトボと歩いて浴室に入った。
シャワーを浴びた後、タオルで体を拭きながら片手ではスマホを取った。画面をつけると、通知が二つきていた。
『家着いた』
『夏梅もちゃんと帰れた?』
二つとも純恋からの連絡だった。俺はタオルを頭にかけて返事した。
『うん。帰った』
そう返してちょっとスマホをテーブルに置こうとした瞬間、すぐ返信が来た。
『何してる』
返信はやっ。さっき送ったばかりなのに。
『さっきシャワー浴びて』
『出てきたばかり』
そう送って純恋から返信が来る前にタオルを洗濯かごに放り投げ、ベッドに横たわった。するとタイミングよく純恋から返事がきた。
『夏梅は明日出勤なの?』
『うん。金曜日だから』
『そっか』
『もし空いてたらデートでもしようと思ったのに・・・』
その文章と体育座りして落ち込む白い猫のスタンプが一緒にきた。そしてまた連絡が来た。
『もう寝るの?』
『もしよければ』
『寝る』
俺が返信を送ると、純恋側の「・・・」マークが一瞬消えた。そしてしばらくして返信が返ってきた。
『そっか』
『じゃあ明日何時に起きるの?』
うーむ、九時まで出勤だから・・・
『七時半?』
そういえば今、何時。もう一時半か。これ、起きれるかな。
そんなことで心配する中、スマホが通知を鳴った。
『そっか』
『わかった』『じゃあ私はここで退場するわ』
『おやすみ』
今度は黄色のパジャマを着た白いウサギが眠い目を擦りながら「おやすみ〜」と手を振っているスタンプがきた。
『おやすみ』
って俺は返信を送って画面を消した。
今日色々ありすぎたな。ただ久しぶりに会いたいなと思って気軽に行った同窓会で、危うく結婚するところだったし、十年ぶりに再会した女友達と付き合うことになった。しかも初恋と。
実感が湧かない。夢みたい。
「どころで本当にいいのかな。純恋と付き合っても」
正直、今俺が感じてるのが恋なのか、昔の感情の残骸か区別がつかない。
感情をはっきりしないまま、付き合うのは失礼じゃないかな、って思った。
「でもあの時は仕方なかったし。あと、結婚よりは付き合う方が・・・あ、知らん」
寝る前だからか、しきりに余計なことが頭に浮かんだ。
「もう寝よう」
俺は頭を空っぽにした。そして目を瞑って眠りについた。
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