第四話 約束(1)
古い思い出の中から、一つ思い浮かぶことがあった。
それは約十年前の冬。卒業を目の前にしていた時だった。
「私たちもうすぐ卒業だね」
「そうだね」
その日は例によって、俺は部室でゲームをやっていて純恋は本を読んでいた。もう受験結果が出た後だったので、俺と純恋はのんびりした日々を過ごしていた。
「そういえば夏梅は学部なんだっけ」
「工学部」
「そっか。私と正反対ね。私は文学部なんだから」
「そうなるのかな」
俺は忙しくゲーム機のボタンを押しながら、純恋の話に適当に相槌を打った。
純恋は本を閉じて机に置いた。
「これから私たち、別々になるんだ」
「まあ、仕方ないだろ。大学が別なんだから」
「夏梅は冷たい。そこは悲しむべきだわ」
「わぁすごく悲しい。純恋と離れたくない」
「わー、すごい棒読み」
純恋が呆れた表情で俺を見つめた。俺は「なんだ、君が望んだんだろ」と言わんばかりに肩をすくめた。すると、純恋はため息をつき、顔を振った。そして窓の外に目を向け静かにつぶやいた。
「二週間後に卒業、か」
俺はゲーム機から少し目を離して、純恋をちらっと見た。
卒業を目の前にしていた純恋の横顔は、どこか寂しそうに見えた。
「夏梅、私たちどんな大人になるんだろう」
「知らん」
俺はまたゲームに夢中になり、適当に答えた。
「こっちは真面目に聞いてるんだわ。真面目に答えてよ」
「ええぇ、はぁ、わかった」
俺はちょっとゲーム機を机に置いて目を瞑ってじっと考え込んだ。
正直に言って、興味なかった。どんな大人になりたいとか、こんな人がなりたい、と思ったことがたった一度もなかった。
「まあ大人になっても変わらないと思う。今のままでも別にいいんじゃない?」
「確かに夏梅は大人になってもゲームとか好きそう」
「当たり前だろ。ゲームは俺の人生で絶対離れないもんなんだから」
俺はテーム機をまた手にして、画面をオンにした。
「またゲーム? もうすぐ卒業だわ。私たちに許された時間は残り少ない。なのにゲームで許された時間を費やすなんて、もったいないと思わない?」
「思わない」
そう言って、俺はまたゲームに夢中になった。純恋も諦めたのか、それ以上俺がゲームやることに口を出さなかった。
「ね、夏梅」
「なに」
「私はどんな大人になりそうなの?」
「知らん。考えたことない。どうせ小説家になるんだろ」
俺はゲーム機に視線を固定したまま、そう返した。
「それは、もちろん、なるんだけど」
純恋が小声が呟くのが耳に入ってきた。
「じゃあ結婚は? 私、結婚はできそう?」
純恋が期待に満ちた表情で自分を指さしながら聞いた。俺はゲーム機からちょっと目を離して、純恋をじっと凝視した。
客観的に見ると、純恋は可愛い方なんだから・・・
「純恋はその気になれば十分できると思う」
「その根拠は?」
「可愛いから」
「え?」
「・・・・・・あ」
ちょっと、俺、今なんと・・・。
ボタンを押していた指が止まった。あまりにもゲームに夢中になりすぎたため、つい頭の中で考えていたことを口に出してしまった。しかも即答で。
自分のやっちまったことを気づくと、瞬く間に顔が熱くなって顔を上げられなかった。
「そ、そう、なんだ。夏梅は私のこと、可愛いと思うんだ」
「いやっ、客観的にね。客観的に」
俺は顔を上げて必死に否定した。
その時、純恋の両頬が普段より少し赤くなっているのが目に入った。
純恋のやつ、まさか慌ててるのか。
そういえば、声も普段より高かったし抑揚もちょっと変だった。
そのため、俺たちの間にはしばらく気まずい静寂が流れた。俺はゲーム機に目を逸らした。ゲームでもしながら落ち着くつもりだった。
そしてお互いある程度落ち着いた後、純恋がまた話しかけた。
「夏梅は結婚する気ある?」
「知らないけど、そういうのは彼女ができてから聞いてくれ。あ、さっきやばかった」
俺はゲームをやりながらそう言った。
死ぬところだったが、幸いに死ななかった。
忙しく指を動かしてボタンを連打している中、純恋から深くため息を漏らす声が聞こえた。
なんでそんな深いため息をつくのか、ちらっと純恋を見た。純恋が両手に顎を乗せて複雑そうな表情をしていた。
「私、本当に結婚できるかな。十年後にも独身だったらどうしよう」
「まあ仕方ないのよ」
「ひどいね。その言い方」
純恋から痛い視線が感じてきた。ゲームをやってるから顔を上げられなかったが、俺を睨みつけているのはわかった。
精々無視しながらゲームに夢中になってる途中、純恋が「ふーむ」と息を漏らすのが聞こえてきた。
「いっそ夏梅と結婚しちゃおうか」
「ん? 今なんだと」
ゲームに集中しててよく聞こえなかった。そんな中、ゲームの画面の上にいきなり手が一つ現れ画面を掴んだ。白くて綺麗な手。純恋の手だった。俺は顔を上げてぼーっと純恋を見た。
「夏梅、私と結婚する?」
「えっ」
突然すぎる提案に、俺の思考が止まっちゃった。