第三話 同窓会(3)
「そういえばさ、夏梅は就職した? 今なんの仕事してるの」
「今ゲーム会社を通ってるの。その・・・プログラマーとして」
「いいね。昔からゲーム会社通ったがってたじゃん。夢を叶えたね」
「まあ、そうかな」
夢というほど大したものではなかった。ただゲーム好きだから、ゲーム会社に入りたかっただけなのに。
「純恋、あんたは今なんの仕事してんの」
「フフッ、私、作家だよ」
「作家ってまさか」
「そう、小説書いてるの」
「え、すごいじゃん」
びっくりした俺はつい大声を上げちゃった。だが、もう周囲が騒がしくて俺が大声を上げても、こっちを見る人はたった一人もなかった。
「君こそ本当に夢を叶えたじゃん。小説家って、マジですごい」
「へぇ、覚えてたの。私の夢が作家ってこと?」
「そりゃ、君が口癖みたいに「小説家になりたい」と言ってたから、いやでも覚えちゃうよ」
「へへ、私がそうだったっけ」
純恋は照れくさそうに笑った。
純恋は思い出せないようだったが、俺の言ったことは決して嘘ではなかった。毎日、部活の時間や教室にいる時やお昼休みなど、純恋と一緒にいるたびに、「小説家になりたい」と言われたらいやでも脳裏に刻み込まれる。
「しかも君が小説を書いてくると、無理やり読ませただろ。朝のホームルーム前に渡して、放課後まで全部読んでって無理なお願いをして」
「それは夏梅が私の第一号読者だったからだよ」
これは覚えてるのか、純恋が素直に頷いた。
「でも夏梅はいつも最後までちゃんと読んでくれたじゃん。あと、放課後部活で感想を述べたり、アドバイスしてくれて本当に助けてもらったわ」
「それはアドバイスと言えるもんじゃなかった。小説について何もわからないただの素人の考えに過ぎないから」
「いや、ほんとぉー役に立ったわ。多分、夏梅がいなかったら私は絶対小説家になれなかったわ」
「そこまでは・・・」
急にあんなこと言われて照れくさくなってきた。俺は余計に生ビールをゴクゴク飲んだ。そしてまた店員さんを呼んで生ビールを頼んだ。
俺はそっと純恋の視線を逸らした。なんか純恋と目が合いづらかった。
でもよかった。純恋は夢を叶えて。
本が好きな文学少女は夢を叶えて小説家になった。これだけで十分偉いが、高校の際、俺は純恋が夢のためにどれだけ頑張ってたのか最も近くで見てきたから、さらにで夢のためにさらにジーンときた。
「どころでさ、夏梅が同窓会にくるなんて、珍しいね。絶対来ないと思ったわ」
「まあ、久しぶりに高校の友達に会うのも悪くはないと思って」
「へぇ、そうなんだ」
純恋がヘラヘラと笑いながら生ビールを飲んだ。俺は純恋がビールをテーブルに置くまで待って、会話を続けた。
「そういえば、君はなんでこんなに遅くきたんだ」
「それがね、恥ずかしいけど、降りる駅を間違えちゃって。その上、電車に人が多すぎて駅を乗り過ごしちゃったわ」
「それは、大変だったね」
「ほんーっとそうだよ」
「俺だったら、駅を間違えた時点で、家に帰った」
「夏梅らしいね。でも私はこの同窓会で、どうしても会いたい人がいてさ」
会いたい人? ここに純恋の好きな人でもきてるのか。
「ちょうど約束の十年も過ぎたし」
純恋が小声でつぶやいた。
十年って、どういう意味? 純恋がわけのわからないことを言った。
「もしかして夏梅は結婚した?」
「いや、してない」
「交際してる人は? いるの?」
「いない、けど」
「・・・よかった」
急に結婚とか彼女はなんで聞くんだろう。あと、最後のあの「よかった」って一体どういう意味なんだ。
気になるところが、一つや二つではなかった。しかし純恋はニコッと笑って俺を凝視するだけだった。
「つまり今、夏梅は独身ってことだよね?」
「そう、なんですけど」
ああ言うから、なんか急に不安になってきた。そんな俺の気持ちを知ってるのか知らないのか、純恋は明るい笑顔で「じゃあ」と言葉を継いだ。
「夏梅には約束を守ってもらうわ」
「約束?」
「そう、覚えてるでしょ。十年前、二人で交わした約束」
純恋が身を乗り出して言った。
「十年後、お互いに独身だったら結婚しようって約束を、覚えてるわね?」
「・・・・・・」
突然すぎる約束に、俺は言葉を失った。
結婚なんて、そんな約束したっけ。
正直に言って全然覚えてなかった。しかし純恋の顔は嘘をつくような顔ではなかった。
本当にそんな約束したのか。
俺は記憶の底に埋めておいた古い思い出を探った。