第八話 初デート(8)
「こっちだよな」
案内図を見ながら辿り着いたところはクジラのいる水槽だった。俺は周りをキョロキョロと見渡して純恋を探した。
「ここにいるはずだ、けど」
もし純恋が十年前のあの約束をいまだに覚えているのなら、ここにいるに違いなかった。
純恋が覚えているか、が大事だけど。
不思議なことに、それについては全く心配なかった。なんとなく純恋ならいまだに覚えている気がしたからだった。
そう思い込んで俺は、人波をかき分けて純恋を探した。
「・・・いないんか」
どこにも純恋の姿は見えなかった。
「やっぱりいまだに覚えているわけない、か」
俺だって普段忘れていてさっき思い出したばかりなんだから。忘れたとしても仕方がない。
「・・・仕方ないけど」
頭では十分理解しているけど、それでも寂しい気持ちになるのはなぜだろう。心の底がズキズキした。
「ってこれからどうするんだ」
ここ以外に心当たりがなかった。どこに行けばいいかわからなかった。
俺はうなだれて人波をかけ分けてトボトボ歩いた。グーグーと鳴る腹を抱えながら歩いていると、いつから周囲に人が少なくなっていた。俺は顔を上げた。
「・・・わぁ」
目の前に広がる光景に、思わず感嘆が漏れた。
大きい水槽の中で一匹のクジラが優雅に泳いでいた。その雄大な姿にうっとり見惚れてしまった。
「これが、クジラァ。いや、クジラより早く純恋を探さないと」
すぐ我に返った俺は、純恋を探すために周りを見渡した。
「いた」
やがて水槽の前でクジラを見ている純恋の後ろ姿が目に入った。俺は純恋の方へ足を運んだ。その瞬間、純恋は振り向いた。
「夏梅、やっぱり来たわね」
まるで俺がここにくることを知っていたかのような口調だった。
「ずっとここにいたんだ?」
「うん。ここで夏梅が来るの待ってた」
「どうして、ここで」
「ふむ、勘かな。なんとなくそんな気がしたよ。夏梅ならきっとここにくるって」
純恋は後ろ手を組んでニコッと微笑んだ。その美しい笑顔についうっとり見惚れてしまった。
「いつまでそこでじっとしてるのよ。こっちきて」
純恋は「こっち来い」って言わんばかりに手招きした。俺は何も言わずに彼女の傍に立った。
「どう? 人生初のクジラを見た感想は? すごいでしょ」
「うん。すごいぃ」
ゲームや動画で見たことはあるが、本物のクジラって想像以上にデカくて威圧感を感じるほどだった。そして何より人生初のクジラを純恋と一緒に見れた。
「・・・・・・約束守れた」
「ん? 夏梅今なんと言った?」
「あ、約束守れたって」
「約束ってもしかして」
「十年前の約束のこと。一緒にクジラ見に行こうって約束しただろ」
「夏梅・・・覚えていたんだ。あの約束」
純恋は少し驚いたのおか、目を見開いた。俺は頬を掻きながら照れ笑った。
「いや、覚えていたっていうか、さっき思い出したばかりなんだ」
普段クジラとか水族館など考えて昔の思い出に浸る暇などないから。と心の中でつぶやいているところ、純恋の小さな声が耳にぼんやりと聞こえてきた。
「・・・・・・やっぱ好き」
「え、今なんと」
「好きだよ。夏梅のことが」
純恋は頬を赤らめて顔を見合わせた。突然の愛の告白に俺は戸惑ってぼんやりとした。
好きだって? 俺のことが。
正直に言って同窓会で結婚しようって言われた時から、俺のことが好きなのかと予想はついたが、実際に言われるのは初めてかも。しかもこれ破壊力がやばい。「好き」って言われてから心がザワザワして落ち着かない。
「あの時は勇気がなくて言えなかったけど、高校の時から好きだった」
「そう、だったんだ」
「その・・・夏梅は私のこと、どう思ってる?」
「おっ、俺っ? お俺は」
いきなりすぎてどう答えばいいかわからなかった。
高校の時は好きだったのは確かだが、今はぁ・・・・・・。
考えていた途中、純恋と目が合った。その瞬間、俺の心の底からジーンとした。俺はわかってしまった。
「・・・俺も、君のことが好きだ。高校の時も今も」
一体どこからこんな勇気が湧いてきたのか、気づいた時は、もはや「好き」って言った後だった。




