第十五話 モーニングコール(完)
純恋は頬に手を当てて美味しそうな顔でショートケーキを食べた。
「美味しいー」
恍惚な表情を浮かべる彼女を見て、俺はそっと微笑んでラテを飲んだ。そしてカップを置きながら言った。
「本当ごめん。三時間も待たせちゃって」
「大丈夫よ。たかが三時間だけなんだもん。私待つのは得意だから。十年に比べたら三時間くらいはまあなんでもないわ」
「ん? 十年? どういうこと」
「気にしないで。何気なく言っただけなんだから」
そう言って、純恋は忙しくフォークを動いてケーキを食べた。そんな彼女をじっと見ている中、彼女の隣のパソコンが目に入った。
「そういえば純恋は小説家だって言ったよね?」
「うん。こう見えても作家デビューしたわ」
純恋は誇らしげにえっへんとした。
俺はパソコンを指さしながら言った。
「じゃ今書いてるのも小説の一環なの?」
「ん? あ、そう。次期作だよ。読んでみる?」
「いや、今後発汗したら」
さっき職場でコードという文字を呆れるほど見たせいで、もう文字なんか見るだけで吐き気がした。
「ところでどうして会おうと言ったんだ。なんか用があった?」
「いーや、ただ顔が見たくて。夏梅は私に会いたくなかった?」
「正直に家でゲームしたかった」
「えぇ、ひどい。彼女よりゲームに会いたかったってわけだよね」
「まあそういうことかな」
「もー、私帰る」
純恋はパソコンを閉じてパッと立ち上がった。俺は帰ろうとする純恋を引き止めた。
「冗談だよ。冗談だから座って」
「じゃあ夏梅も私に会いたかった?」
「それは・・・・・・そういうことにしとこう」
「なんだ、それ。まあでもわかった。今回だけは許してあげるわ」
純恋はまた席に戻りパソコンをテーブルに置いた。そしてパソコンを開きながら言った。
「夏梅明日何するの? 予定とかある?」
「明日? 明日はーー」
ゲームしてご飯食べてトイレ行ってまたゲームしてご飯食べてまたトイレ行く、そういう生活を送るつもりだから
「ーー予定ある」
「その予定ってゲームの予定?」
「え、どうしてわかった」
まだ何の予定だと言ってないのに。ちょっと驚いた。
「夏梅の予定なんて、聞かなくてもわかるわ。高校の際からずっと同じだから。ゲームしてご飯食べてトイレ行く。こういう感じでしょ」
「・・・正確」
「フフッやっぱり」
純恋は腕を組んで偉そうに笑った。
「とにかく」
純恋は手をバンと叩いて目を引かせた。
「明日デートしよう」
「デート?」
突然のテート誘いに俺は首を傾げた。しかし純恋は全然気にせずに話を続けた。
「デートコースは私が全部決めておいたから、夏梅は黙ってついてくればいいんだわ」
純恋はパソコンを示した。自然にそっちに目を向けた。そこにはデートコースみたいなのが時間ごとにまとめられていた。学校でよく作る夏休みの時間割っぽいだった。
しかもなんか多い。
「純恋いつの間にこんなの作ったんだ?」
「夏梅のこと待っている間に、筆が止まったたび、少しずつこれ作ったわ」
「そうなんだぁ」
俺はパソコンに顔を近づけてスケジュールをざっと見ようとした。しかし読もうとした瞬間、純恋はパタンと閉じた。俺は顔を上げて純恋を見上げた。
「詳しいのは秘密だわ。明日の楽しみにとっておいて」
純恋はニッと笑った。
「でも待ち合わせの時間くらいは知っておかないと」
「それもそうだね。ふーむ、十一時はどう?」
「午後?」
「いや、午前に決まってるじゃん」
「ごめん、無理。休日の十一時はちょっと、いや、結構きつい」
「まさかゲームのせいで?」
「まあそれもあるけど、それより今日は疲れて、明日十一時には絶対起きれない」
「そういうことなら仕方ないね。じゃあ何時がいいの」
「二時はどう」
「二時? ふーむ」
純恋はパソコンをじっと見て顎に手を当てて少し考え込んだ。やがて純恋はおもむろに頷いた。
「いいわ。じゃお昼はそれぞれ家で食べて、二時に駅前で待ち合わせしよう」
「わかった」
俺は軽く頷いた。そして純恋はしばらくパソコンを打ち、やがて閉じた。
「これでデートも決まったし。帰ろう」
純恋はパソコンを持って立ち上がった。俺は彼女の後に続いて立ち上がった。
俺たちはカフェーを出た。
「私はこの歩いて帰るけど、夏梅はどうやって帰るの」
「電車で」
「じゃ駅まで一緒に行こう」
「いいの? 遠回りをするんじゃ」
「大丈夫。同じ方向だから。じゃ早く行こう」
純恋は駅の方へ先に歩き出した。俺は慌てて彼女の横に立って並んで歩いた。しばらく何の会話なしに歩いた。
まだ冬だし、一月だから天気がすごく寒かった。その上に会話もないから、なんかもっと寒い気がした。
しばらく後、俺たちは駅の前に着いた。
「じゃあ行くね」
「うん」
俺は純恋に簡単に挨拶をして駅に向かって足を運んだ。階段を降りろうとした瞬間、背後から純恋の声が聞こえた。
「夏梅、その・・・今日はありがとう。仕事で疲れたはずなのにわざわざ会いに来てくれて」
「俺こそ待たせちゃってごめん」
「じゃまた明日」
純恋は笑顔で手を振った。俺はおもむろに首を縦に振って階段を降りていった。
******
夜の十一時半。やっと家に着いた。
俺はマンションの階段を上った。
「案外楽しかったな」
正直に残業で疲れて会いたくない気持ちもあった。早く帰って休みたかった。
しかし案外純恋と話すのは楽しかった。高校の頃に戻った気もした。流石に疲れはあったけど。でも今は純恋に会ってよかったと思う。
純恋のことを考えながら階段を上ると、あっという間に家の前に着いた。
俺は鍵を挿してドアを開けた。
「ただいま」
「・・・・・・」
俺の声が家に静かに響き渡った。そしていつものように返ってくる返事はなかった。
まあ誰もいないから返ってこないのは当たり前だが・・・。
なぜか今日に限って家がいつもより暗くて静かな気がした。なんか空っぽな感じがした。
「なんだろう。この気持ち」
こんなの初めてだった。今まで一度もこんな気持ちになったことないのに。
「ただの気のせいか」
俺はベッドに仰向けになって天井を見つめて独り言をした。
この感情はなんだろう、と考えてると自然に目を瞑った。頭がぼーっとなり強い睡魔が襲ってきた。
「まだ眠ちゃダメ、なのに。今日のゲームやらなきゃ・・・」
起き上がろうと思った瞬間、記憶が途絶えた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークと評価していただけると幸いです。




