第四話 灰祷‐④
夜の帳が降りた頃。不意に目が覚めたルクスは、旅仲間に保護布を被せていなかったことを思い出す。身体を起こし蠟の残った燭台を手に、寝床を発って灯りひとつない村の外へと出た。
秋虫の鳴き声が静かに響く中、昼間と変わらぬまま傍の木陰に泊まっていたアトロに布を掛ける。ここで脚を欠かすわけにはいかない。それに、この飛空艇はタルムの力作でもある。孔雀緑の輝きを失わないように、大切に扱わなければ。
程なく用を終えて村に戻ると、寝床がある家屋の前に誰かが佇んでいた。灰色の外套に身を包んだ白髪の女性──村の住人だ。
「こ、ここ……こんばんは」
「この夜更けに、なにか用か」
無愛想にも視線を向けると、女性はびくりと萎縮してしまう。それでも彼女は何とか用件を伝えようと、慌てたように頭を下げる。
「っと、とと、フ……フォーさんのお願いを聞いてくださり、あ……ありがとう、ございます」
緊張を宿した面持ちのまま感謝の言葉を伝えられ、ルクスはそんなことかと拍子抜けしたように小さく息を吐く。
警戒を解いて眼差しを和げると、それにつられるように彼女もまたぎこちない笑みを浮かべた。
「礼はいい。一晩泊めてもらう対価とでも思ってくれ」
「そ、そそ、それでも……あ……あなた方が来てくださったお陰です。か、かか、彼もきっと報われます」
彼。フォーを指しているのか、或いは他の誰かを指しているのか……言葉の真意を掴みかねたが、ルクスは首を縦に振る。
続けて女性は懐から木のペンダントを二つ取り出すと、恐る恐る差し出した。
「ここ、これ……村の民の、証です……。うう、受け取ってください……ひ、ひとつはミナカ様に……」
何かの番号──証だろうか。受け取ったペンダントの片一方には”34”と数字が彫られており、もう片方には”35”と刻まれていた。彼女の首元を見ると同様のペンダントが提げられている。
女性が何かを期待するようにルクスを見詰め、その視線に忽ちルクスはペンダントを自身の首に掛けた。
「これでいいか?」
「あ……は、はい……! ああ、ありがとうございます……!」
「もう時間も遅い、明日またいい報せを持ってくる」
「は、はい。…………お、おお……おやすみ、なさい」
彼女は再度深く頭を下げると、自身の住まいへ戻っていく。戒獣による被害が出たとフォーは口にしていたが、彼女の身近にも被害を受けた者がいたのだろうか。
そんな考えが頭を過ぎる中、ルクスは寝床へ戻り……静謐な村の中で、深い眠りに就いていった。
翌朝。陽気な鳥獣の囀りが木霊する、どこか湿気を帯びた樹海で迎えた早朝。眠りから覚めたミナカが村の外へ足を運ぶと、ルクスは既に出立の支度を始めていた。
「おはよ、ルクスくん。今日は早起きだね」
「時間も惜しいからな。昨晩はゆっくり眠れたか」
「うん。ばっちりだよっ! いつ出るの? もうすぐ?」
「アンタの準備が出来次第だな。快眠の割に、どうも疲れが顔に出てるようだ」
こくりと頷いた後。少しの間を置き、観念したように語る。
苦笑いを浮かべる彼女の目元には薄い隈ができていた。
「え、えへへ……。昨日は大丈夫って言ったけど、あれ、やっぱ嘘」
「…………だろうな。これを着けておけ、村の人からの贈り物だ」
ルクスは昨晩預かった木のペンダントをミナカへ放り投げる。
不意を突かれた彼女は慌ててそれを受け止め、そのまま手の中のペンダントに視線を落とす。
「わわっ……! 手作りの首飾り……? ん? 35? ……って書いてある」
「この村の仲間としての証だそうだ。数字はそいつの番号ってところだろう」
「番号、か……。多いのかな、実験体になった人」
「さあな。だが教皇の為したことだ。レムナシア全土で、同じ被害者はいるはずだ」
「……わたし、何も知らなかった。聖教のことも、この村の人たちのことも。……預言の勇者、なのにね」
「それだけ秘匿されていた情報なんだ。世界中で聞いて回っても、知っていると答えが返ってくることはきっとない」
「そうだね。でもそれは……ううん、今のわたしが言うべき言葉はこれじゃないね」
深呼吸を一つ挟み、ミナカはパチンと両手で自身の頬を叩く。そしてペンダントを首に掛けた彼女は、強い眼差しを宿し……決意の言葉を口にする。
まだ、戸惑いの色が消えることはない。それでも今、自分にできることは明白だから。
「行くよ。君が戦う理由も、聖教の咎も。わたしには知る必要がある。知る権利がある。償う必要がある。償う義務がある。それから…………」
「それから?」
「それから、戒獣。二人で倒して、村を救おうね」
「ふっ……当たり前だ」
絶え間なく降り注ぐ真実に、しかし彼女は前を向いた。一歩ずつ、ゆっくりでいい。
その足を進めた先に、待望する未来があると信じて────今はただ、歩み続けよう。
しばらくして。村の広場には、出立を控えたルクスたちを見送るフォーと村人たちの姿があった。昨晩彼らにペンダントを贈った女性も、少し離れた場所から送り出している。
人体実験の被害者として様々なものが欠落してしまった彼らセレニタス。二人へ心から戒獣の討伐を願いながら……感情を失ったかのようなその眼差しには、期待と不安、そして憂慮が入り混じって揺れていた。
「それではミナカ様、ルクスさん。お怪我にはどうかお気をつけて……ワタシはここで、吉報をお待ちしています」
「ああ。約束は果たす」
「フォーさん、行ってきます!」
ひとつ首を縦に振ったルクスは、にべもなく背を向けそのまま歩き出した。その無愛想な態度とは対照的にミナカは笑顔で両手を振り、出立の言葉を告げる。
そんな二人を見送るフォーの視線には、どこか惜別の想いが滲んでいた。そして彼は……そっと、祈りの言葉を唱えて。己が望みを、彼らに託した。
「ご無事の帰還を祈っています……ディーリア」
視線を上げ、天を仰ぐ。迎える結末が如何なるものだろうと──道は定まった。
自身の為すことに変わりはない。まずは村の者全員をここへ。
そして、その後は。皆と、彼と。同じ蒼穹のもとで、一緒に────。
次回の更新は3月26日の21時を予定しています。
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