第三話 在処‐⑪
場所を移して、キューレパスカ・商業区──ノクーラの騒動から落ち着きを取り戻しつつある街中にて。往来の絶えぬ街路の一角では、四名の聖教騎士が一人の人物を固唾を呑んで見据えていた。
中でも一層の威厳を放つ白髪交じりの老騎士が、低い声音で部下へ確認を促す。
「ふむ。……あの女性だな」
「はっ、間違いありませんっ!」
「……ミナカ様だった場合は彼女を保護した後、先ほど聴取を行ったルクスと言う男の捕縛にかかる。良いな」
「「「はっ!」」」
黄昏に輝く、白縹の水晶色をした髪を揺らした少女。恰好は一見ただの町娘にも見えるが……その程度の偽装が老騎士に通じることはない。
「よし……行くぞ」
彼女が宿へと戻っていくのを見届け、物陰より姿を見せて後を追う。その足音は迫り来る影の如く、街路に低く尾を引いていた。
”宿屋カタリナ”と記された扉が騒々しく開け放たれ──次の瞬間、居並ぶ四名の聖教騎士が堅牢な鎧姿のまま雪崩れ込む。
静穏を破られた店内に、軍靴の音が容赦なく響き渡った。受付では物々しい雰囲気にカタリナの店主が困惑の色を浮かべる中……白髪交じりの聖教騎士が一歩前へ進み出ると、有無を言わせぬ口調で問い質す。
「失礼。貴女がここの店主で間違いないか?」
「せ、聖教騎士様!? は、はい……私が店主でございますが……」
「こちらの宿に男女で利用している旅の者はいるはずだ。諸事情により彼らを捜索している」
「ええっと……何組か利用されていますね。ほ、他に何か特徴は……」
「ふむ。特徴か。……男の方は柳色の髪をしたルクスという人物だ」
「あぁ……! そ、そうですね、彼でしたら、4階の2号室に……」
「そうか。もう一人の連れの女性の方はどうだ?」
店主の言葉を遮るように白髪の老騎士は問いを重ねる。その声音は鋭く──威圧に気圧された彼女は肩を落とすようにして視線を伏せ、恐る恐る口を開いた。
「は、はい……同じく4階の3号室になりますが……」
「助かる。これは謝礼だ、受け取っておけ。……行くぞ」
「「「はっ!!!!」」」
聖銀貨一枚を受付の勘定台へと無造作に放ると、老騎士は不穏な気配を纏ったまま踵を返した。そして部下を従え鎧の擦れる金属音を鳴らしながら、階段をゆったりと上がっていく。
後に残された店主は、腰を抜かしたまま椅子から転げ落ち、力なく床へと崩れ落ちるのだった。
聖教騎士一同は四階まで赴き、三号室と記された客室の前で足を止める。一拍置いて彼らは互いに顔を見合わせ、無言のまま頷きを交わす。
そして白髪交じりの老騎士が一歩進み出ると、扉の叩き金を二回。確と聞こえるように強く鳴らした。
「ルクスく〜ん? 開いてるよ〜? って……」
来客の報せに旅仲間の名を呼びながら、扉を開けて顔を覗かせる彼女。
だが──その先に立っていたのは、彼ではなかった。
「……当たって欲しくはなかったですな、ミナカ様」
「グレッグ……どうして、あなたが……」
ミカがそう呼んだ白髪交じりの聖教騎士は、眉一つ動かさず彼女を凝視していた。
その眼差しは冷然として揺らがない。もはや戯れはここまでだと、無言で宣告するかのように。
「…………お願い、今は帰って。終わったら、帰るから」
「蛇神の祟り、ですかな?」
「知ってるならっ……! わかるでしょ!?」
彼の口からその言葉が発せられるとは露ほども思わず、ミナカは思わず目を見張った。
そして伏し目がちに睫毛を落とすと、物憂げな影を瞳に宿す。
「無論です。そして貴女様が懸念されているヴィオラの村へも、状況の確認のため封書を送りました」
「…………!」
「ミナカ様。蛇神の祟り……そう呼ばれる症状の原因は掴めていません。ですが、ヴィオラの村にもまた異変はございません。どうかここは────」
グレッグの言い分は尤もだ。理路整然として封書を手配する周到さも抜かりがない。彼の言ったことは事実なのだろう……だが。
それでもミナカは──理屈ではなく、自らの感情で動いていた。
「くっ……あなたに止められても……この目で確かめるまでは……っ!」
「ミナカ様…………。あの男……ルクスという者に誑かされているですか?」
「……! 違う、違うよ。これは、わたしの意志だよ……!」
一拍置いて、部屋には芯の強い声音が響き渡る。そしてまた、その言葉にグレッグも覚悟を決めた眼差しを宿した。
「そうですか。………………残念です」
グレッグ、そして後ろに控える聖教騎士が一様に腰に携えた直剣を振り抜くと、その切っ先をミナカへと向ける。
「あなたたち、何をしてるのかわかってるの……!」
マーレ聖教会の勇者に刃を向ける──その意味を、理解していないはずがない。しかし彼らは躊躇の色も見せず、ただ粛然と構えている。恐らく──彼らには教皇より勅命が下っているのだろう。
ミナカは逃げ惑うように後退り、グレッグたちは一歩、また一歩として彼女に這い寄る。気付けばミナカの背は窓際へと追い詰められ、退路を断たれた状況となっていた。
「ミナカ・アイリーン様。大人しく付いてきてくださるだけで良いのです。それだけで事は済みます。ご同行して下さるのならば、お連れである彼にもある程度の融通は利かせましょう」
だが、従わない場合は剣を提げても構わない。傷をつけることも厭わない。
強大な力と地位を前に、刃傷沙汰となろうとも──止めてみせろと。
「どうして……どうしてッ!」
「貴女様のためです。さぁ……」
「くっ────こうなったら……っ!」
そうしてミナカが拒絶を示すように祈術陣を展開した────その須臾に。
無意識の中で願い、彼女の求めていた────彼の声が、轟いた。
「飛び降りろッ────ミナカッ────!」
次回の更新は3月6日の21時を予定しています。
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