第三話 在処‐⑩
徐々に空が橙に染まりゆく、昼下がりのキューレパスカ。
円満に──少なくとも表向きはそう見受けられる形で、ノクーラで起きた騒動についての聴取は幕を下ろした。ルクスは一礼ののち、駐屯地を後にする。
そして、しばしの静寂が室内を満たした後。残った白髪交じりの聖教騎士が一際声音を低く落とし、部下に問いを投げた。
「おい、どう思う?」
「……連れの女性を当たってみるのが得策かと」
老騎士は蓄えた髭を右手で撫でつつ、思案に沈む。やがて得心がいったのか、忽ち机を打って立ち上がった。その口端に……含みを帯びた笑みを浮かべながら。
「だな……確か宿に戻ると言っていたそうだな」
「はい。ですが、肝心の宿の場所がわかりかねますので……」
「ふむ……守衛の騎士にき 徐々に空が橙に染まりゆく、昼下がりのキューレパスカ。
円満に──少なくとも表向きはそう見受けられる形で、ノクーラで起きた騒動についての聴取は幕を下ろした。ルクスは一礼ののち、駐屯地を後にする。
そして、しばしの静寂が室内を満たした後。残った白髪交じりの聖教騎士が一際声音を低く落とし、部下に問いを投げた。
「おい、どう思う?」
「……連れの女性を当たってみるのが得策かと」
老騎士は蓄えた髭を右手で撫でつつ、思案に沈む。やがて得心がいったのか、忽ち机を打って立ち上がった。その口端に……含みを帯びた笑みを浮かべながら。
「だな……確か宿に戻ると言っていたそうだな」
「はい。ですが、肝心の宿の場所がわかりかねますので……」
「ふむ……守衛の騎士に聞いて回るか。尾行できれば儲けもの、確認して彼女ではないならそれで構わないわけだ。よし、すぐに出るぞ」
「「「はっ……!」」」
斯くして仰々しく軍靴を鳴らし、雁首を揃えた聖教騎士たちは駐屯地を出立する。
また──その背を物陰よりひそやかに見詰める者の姿があった。
「はぁ……まずいな」
そう零したのは駐屯地の石壁に身を寄せ、密かに耳を澄ませていたルクス。
踵を返すと、向かう先はただ一つ。背を翻した彼は一目散に飛行艇へと駆け出して行った。
ノクーラの支配人より直々に、此度の報奨として品を受け取ったミナカ。軽い聴取の後にノクーラを離れた彼女は、今朝と同様に大鐘の広場へ足を運ぶと、程なく探し人の姿を見つけた。
────商いの道具であろう大きな荷車を引き、行商に精を出すコッケだ。
適度に賑わう広場にて往来する人々と言葉を交わし、にこやかに笑みを振りまくその姿はいかにも手慣れた商人。そんな彼女の日常の光景に、ミナカの口元にも自然と笑みが浮かんでいた。
「コッケちゃーーーーんっ!」
「わっわっ! ミナカ様、おかえりなさいませにゃっ! 思ったより早いお帰りですにゃ!」
「ふふっ! そうなのそうなの! コッケちゃん……! はい、これっ!」
背負っていた木箱をコッケの前へと下ろし、ミナカは静かに蓋を開ける。中より現れたのは、赤と紫が妖しく溶け合い、禍々しさの奥に底知れぬ神秘を湛えた曲線美。
鬼の憐憫──コッケの求めた曲陶器が、寸毫の傷もない姿でそこにあった。
「にゃ、にゃんとこれは……鬼の憐憫にゃ……! 本当に手に入れてくださったのですにゃ!?」
「うん、そうだよ。大変だったんだよ? 約束、忘れてないよね?」
「勿論ですにゃ! かか、か、感激ですにゃ~~~~~っ! ミナカ様、早速神秘の仙薬を調剤するにゃっ!」
両手を腰に当て、胸を張って得意満面のコッケ。その自信ありげな様子で荷車を漁る彼女に、しかしミナカは頭を振った。
「と、お願いしたいところなんだけどね? 薬はもういいの」
「にゃにゃ!? どういうことですにゃ?」
「その代わり、別の物をお願いしたくて────」
その後、彼女の突飛な要望に翻弄される形となったコッケだが……背に腹は代えられぬと腹を括り、やがて荷車に手を差し入れる。
取り出したのは、布に包まれた“とある品”。長い溜息を経て、それをミナカへ手渡した。
「ふぅ……ミナカ様も人が良いにゃ。折角の仙薬を断るにゃんて……はい、これでいいですにゃ?」
「うんっ! ありがとう、コッケちゃん」
「あとは然るべき人に渡せば、必ず役立ってくれるはずにゃ。コッケが相応しいと思う人物を書いておくから、訪ねると良いにゃ」
毛筆を取り出し、羊紙の上に流れるように筆を走らせていく。
その軽妙な筆致は彼女の外観からは想像できないほどの達筆だった。
「はい、これにゃ。御主人にもよろしく伝えておいて欲しいにゃ」
「わかった、伝えとくね。それにしてもコッケちゃん、字綺麗だね……!
「ふふんっ、商人の嗜みにゃ。羊紙に記した御仁に会う時は、コッケの名前を言えばいいにゃ」
「何から何まで、ありがとう……! 本当に……!」
「おあいこさまにゃ。……もうキューレパスカを出るのにゃ?」
「うん。ルクスくん次第だけど、早ければ今日中……遅くても明日の朝にはそうなるかな」
コッケは辺りに視線を巡らせる。平時より巡回の聖教騎士が多い……今この街には失踪中の勇者も滞在している。彼らが何かを察知しているのならば……その目的は、目の前の少女かもしれないと。
「はぁ……本当のことを話しておくにゃ。コッケは実のところ、初めはミナカ様を探すよう聖教騎士に頼まれて二人に近付いたんだにゃ」
「コッケちゃん……。知ってたよ、わたし。そんな気、してた」
「にゃ、にゃんと……聡い御方にゃ。……こほん。けど……ミナカ様は何か大きなものを背負ってる気がしたんだにゃ。それに……御主人も。だからコッケは、二人を助けることにしたにゃ」
「ルクスくんも……? ふふっ、確かに……うん。彼も、そうなのかも」
「だから……許して欲しいにゃ。ごめんなさいにゃ」
「……? 許すって……なにを?」
ミナカは呆気に取られた面持ちで、ただじっとコッケを見詰めている。取り立てて変わったことを口にした覚えはない……はずなのに。なぜかコッケの方が気恥ずかしさに襲われ、視線を泳がせた。
「にゃにゃ、それは……企みを持っていたことにも、強引に近付いたことにも。二人を、騙していたこともにゃ!」
「あははっ! おかしなコッケちゃん。そんなの、別にいいよ。お陰でわたしも助かったんだもん。コッケちゃん言ったよね。おあいこさま、だよ」
「ミナカ様…………」
再び長き溜息を吐き出すと……やがて憑き物が落ちたかのように、晴れやかな笑みを浮かべた。己の選択が間違っていなかったと。そう証明するために、ミナカへ歩み寄る。
そうして彼女の手をそっと握ったコッケは、小さな声で告げた。
「広場に聖教騎士の数が増えてきてるにゃ。きっと何かに気付いてる……そんな嫌な予感がするにゃ。だから、今は早く宿に戻るべきにゃ」
「嫌な予感……?」
「コッケの勘にゃ。でも、よく当たる勘にゃ。今は、信じて欲しいにゃ」
「うん、わかった。ありがとうね……コッケちゃん!」
「こちらこそですにゃ、また世話になるにゃ!」
「あはは……じゃ、行くねっ! ばいばいっ! また会えたら、次は一緒にノクーラで遊ぼうねっ!」
コッケに別れを告げ、手を振りつつミナカは宿へと駆け出す。その背は見る間に人波の中へと溶けていった。
コッケもまた応じるように手を振る。だが────その胸中に宿る想いは、ただ一つ。
キューレパスカに、大きな鐘の音が響き渡る。黄昏に満ちる空のもとで────これより先の彼女の旅路が、波風立たぬものであれと。そう……祈るばかりだった。
次回の更新は3月3日の21時を予定しています。
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