第三話 在処‐⑨
「あ、ありがとう……!」
一瞬、聖教の者が連れ戻しに現れたのかと脳裏を掠めるが────しかし逡巡している暇はないと、その思案を振り払う。
痛みを解さぬ人形は即座に立ち上がり、再び剣を振り翳す。だがその刃が下ろされることはないのだと──ミナカはそれを宣告するかの如く、氷海の中階祈術を発現させた。
「いい加減に……してッ! 『ラクリモーサッ!』」
それは青よりも蒼く、白よりも皓い。絶氷の堅牢が吹雪とともに立ち昇り、天地を閉ざす。
その身を囚える氷獄と絶え間なく縛め続ける白嵐により……人形はもはや一歩も動き得ず、完全に凍てついた。
『うあああああああああああああああああああああっ!』
「っ────! ルクスくんっ! まだなのっ……!?」
彼女の声を背に受けたルクスが、迷いなく駆けたその先。揺らぐ視界に映ったのは一人の芸者の姿。舞台裏に膝をつき、両手で頭を抱え込むその様は正気の沙汰とは思えない。十中八九、彼こそが仕掛人──人形を操る祈術師だろう。
ルクスはその背後に回ると、腰に差した杖剣の石突で首筋を的確に打ち据えた。一撃のもとに意識を刈り取り、仕掛人は力なく崩れ落ちる。
昏倒して倒れ込む彼を左腕で受け止め、ミナカへ声を投げた。
「今……終わった。人形はどうだ」
「うん……ありがとう、もう大丈夫みたい」
氷牢の中に囚われた金色の人形は、祈術師の気絶に反応してエナの粒子となって霧散していく。
仕掛人へ視線を落とし……あまりに前兆のない異変に、これもまた蛇神の祟りなのだろうかとルクスは眉を顰めていた。
「いやぁ、危なかったなぁ! ノクーラがぺしゃんこになるところだったぜぇ!」
声のする方へ視線を向けると、先ほどミナカの窮地を救った聖職者の女性が立っていた。そして……彼女の姿に、ルクスは見覚えがあった。
「アンタ……玄関広間で暴れてた聖職者か」
「ん? っと、はは……あー見られちまってたか、恥ずかしいぜ」
「あ、あの時の人……! でもほんと、助かりました……! ありがとうっ!」
聖職者はルクスの言葉に目を丸くさせ、しまったとばかりに顔を強張らせる。頬を掻いて羞恥の色を滲ませながら、先刻の軽挙を悔いている。
一方のミナカは静かに歩み寄り、その手を取って微笑みを向ける。彼女の助力がなければ自分は巨大な剣に押し潰されていたことだろうと、感謝を告げた。
「へへっ、姉ちゃんが無事で良かった。……っと兄ちゃん、ちょっくらそいつの顔を見せてくれっ!」
意識を失いルクスに抱えられた仕掛人へ近付き、聖職者はまじまじと見詰めている。
「……アンタ、何かわかるのか」
「いやぁサッパリだ! けどよ、似たような症状を耳にしたことがあるんだよな。ああ、今回は兄ちゃんが気絶させたのはわかってるが……少しそれに似てるんだ」
常軌を逸した発狂に、失神。恐らく、彼女の言っている症状は蛇神の祟りのことだろう。聖教も噂は把握しているということだろう。
と、ルクスが思案を巡らせていると、案内人が聖教騎士四名を伴い戻って来る。常に余裕を崩さない彼が息を切らしている様子は、少しばかり珍しく思えた。
「はぁ……! はぁ……! ぞ、増援の聖教騎士を……って、もう片付けてしまいましたか……さすがでございます……!」
「ありがとう、案内人さん。実はこの方が……って、あれ?」
不意に視線を移すと、つい先ほどまで傍にいた祭服の聖職者はその場から姿を消していた。
「……? ど、どうかいたしましたか?」
「う、ううん。……何でもないです。こ、この方がグロリアスドールの、芸者さんです」
「今は気を失っているが、薬師に見せた方が良いだろう」
「そのようですね。聖教騎士の方、お願いできますでしょうか」
気が付けば視界から消えていた彼女。その素性が気に掛かるが────今は事態の収拾を優先した。
その後。案内人の呼び掛けに応じた聖教騎士数名が会場内の精査する中、ルクスへ声を掛ける聖教騎士がいた。
「そこの男性の方、ご助力いただきありがとうございました。ええと、今回の騒動について、少しお話を伺っても?」
「ああ、問題ない。駐屯地まで同行すればいいか?」
「はい、そうしていただけると助かります。ご協力、感謝します」
離れず側にいたミナカの表情に不安が宿るが、ここで断る訳にもいかないと、ルクスは大人しく従うことを選択する。
「……ミナカ。先に受け取って宿で待っててくれ」
「うん、わかった。コッケちゃんにも渡しておくねっ!」
「頼んだ」
ルクスの意図を汲んでのことか……一抹の不安を覚えながらも、彼女は平静を装って返事をした。
聖教騎士に同行するルクスは、ノクーラ入口付近に構える聖教騎士団の駐屯所へと足を運んでいた。
恐らくノクーラ内の騒擾|に即応するための詰所だろう。規模こそ小さいが、厚みある石畳の造りは堅牢そのもの。遮音と耐久を兼ね備えた、いかにも実務向きの建物であった。
程なく内部の一室へ通され、先ほどの四名と相対して聴取が始まる。矢面に立つのは、白髪交じりの壮年の騎士。彼が淡々と、しかし一言一句を逃すまいとする目で、騒動の経緯を問い質していた。
「なるほど。催し物の最中に芸者……グロリアスドールの仕掛人に突如異変が現れ、人形が暴れだしたと……」
「……人形を止めるには仕掛人を意識を奪う必要があった、彼には申し訳ないことをしたな」
「いえ、適切な対処だったと思います。仕掛人の様子に異変が起きる前、何か気付いたことはありませんでしたか? 些細なことでも構いませんよ」
「気付いたことか。そうだな……ノクーラを満喫するために昨日キューレパスカに来たんだが、今日はツイてない日だと思ったくらいだな」
「ははっ。それはお気の毒だ。っと、仕掛人に関しては他の方も同様に話されておりました……旅人の方には些か不幸な出来事でしたな」
「本当にな。だが……不幸なのは、仕掛人もだろう」
「ふむ。しかし、この一件は本人の意思によるものかどうか……本人の意思では無い場合、裁く側は難しい問題に変わってしまう」
この老騎士の意図は、ルクスにも察しがつく。被害こそ最小限に食い止められたものの……騒動の火種が曖昧なままでは、顛末に収まりがつかない。
大衆の心証を思えば、矛先を向ける“明確な悪”があった方が都合が良い──暗にそう示しているのだろう。
「……この街の秩序を、正しく護るのがアンタらの仕事だ。そこに口を出す者はいないと思うが……市井の民は皆、騎士は潔白だと信じている。俺も含めてな」
「かははっ! いやいや、冗談が過ぎる愚痴でしたな。……ご協力、ありがとうございました。また何か思い出されましたら、ここ詰所までお越しください」
「ああ、わかった。協力は惜しまないつもりだ」
「あっと……申し訳ない。聞き忘れていたのですが、調書に必要でして。最後に顔と名前とを伺っても?」
僅かに胸の内が波立つもルクスは表情を殺し、身に着けていた仮面を静かに外した。
「ルクスだ。……ルクス・メディス。ノクーラにいる連れと旅をしてる」
「そうでしたか……ルクスさん。再度になりますが、ご協力いただきありがとうございました」
次回の更新は2月28日の21時を予定しています。
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